第4話 ブイ・アイ・ピー

「着いたっす。やっぱNEROは凄いっすよねえ。こんなに大きな会場なのに即ソールドアウトっすからね」

 大橋BLACK.Bの裏側、関係者専用の駐車場に颯が機材車を停めた。

「うわあ、夢みたいだ……」

 大橋BLACK.Bは、アーティストなら一度は夢見るであろうホールの一つだ。ステージの組み方にもよるが、最大で四万六千人を収容できる。その会場が一瞬でソールドアウトになるわけだから、V系バンドというジャンルにおいて、NEROはとんでもないバンドなのだ。そしてなぜか海外公演は殆ど行わないので、海外から大勢のガチファンがライブの為に日本にやってくる。さっき車で通った道にも、明らかにNEROのファンであろう全身黒ずくめの人達が大勢いた。

「春さんは所謂VIPなんで、こっちっすよ!」

 颯に案内されて、スタッフオンリーと書かれた鉄製の扉から会場内に入る。既に廊下などでは関係者達が忙しなく動いており、俺は邪魔にならないように体を枝のようにして間をすり抜けていく。

 何回か角を曲がって、迷路のようなバックヤードをようやく抜けるとステージ裏に出た。丁度ドラムセットを組み立てていたようで、スタッフの一人が俺に気付いて挨拶をした。

「あれ?新しいローディーさんですか?」

「いや、この人は椿さんの彼氏さんっす」

「っ?!ち、違います!ただの、友達です!何言ってんだお前……!」

 思わず今日会ったばかりの人を、お前呼ばわりしてしまった。

「本当にただの友達です、多分。犬伏といいます。椿様に呼んでいただいたのでお邪魔してます」

「椿、様?もしかしてゴリゴリの奴隷ですか?」

「あ、はい。音源ギャなんですけどね」

 奴隷とはNEROのファンの総称だ。だいたいのV系バンドには癖の強いファンの総称がある。

「やっぱり。見れば分かりますよ。髪型も椿様っぽくてかっこいいですね。ステージ、良かったら見学してってください。直接楽器に触らなければ大丈夫なので」

「良いんですか?ありがとうございます。ではお言葉に甘えて……」

 こんなチャンス滅多にない。各メンバーのセッティングをこんな至近距離で見られるなんて。隅々まで脳に焼き付けるしかない。

「じゃあ俺、椿さん呼んでくるんで、それまで好きに見ててくださいっす」

 一人取り残された俺は、スタッフさん達の邪魔にならないように各メンバーのセッティングを見て回ることにした。

 まずは下手ギターのかい。海のギターはESPの七弦ギターで、ハムバッカーの力強く荒々しいバッキングが特徴だ。足元にはおびただしい数のエフェクターが連なっており、機械の接続などにはめっぽう弱い俺には何がどうなっているのかさっぱりだったが、見ているだけでテンションが上がる。マーシャルアンプの壁をステージに作っていて、これまたかっこよすぎる。

 次に上手ギターの辰己たつみ。辰己のギターはSkervesenのファンフレット七弦ギターで、こちらもハムバッカーなのだが、海のギターの音と比べて歪みが細かくて滑らかだ。主にギターソロやメロを担当している。足元には大きなマルチエフェクターが設置されていてすっきりとしている。辰己の凄いところは、マルチエフェクターを使用しているのにもかかわらず、音がとにかく通る所だ。クリーンのギターソロでも、海のギターに負けない音抜けを実現している。流石プロ、といった感じだ。ギターソロの安定感もずば抜けている。

 続いてベースのユースケ。俺はベースにはあんまり詳しくないのだが、ユースケが使用しているベースはYAMAHAのBBシリーズの五弦ベースだ。サンバーストカラーのボディとシルバーの各パーツがかっこいい。BBシリーズも沢山あってピンキリだが、とにかく一番高いやつを買った、と何かの雑誌に書いてあったのを読んだことがある。少し脳筋なところがユースケらしい。初期の頃はRickenbackerの4003や、AtelierZなどを使用していたが、今はBBに落ち着いたらしい。ユースケの演奏の醍醐味と言えばやっぱりスラップだろう。ライブ中、ベースソロが必ず組み込まれるぐらいスラップが上手い。

 俺がじっくりと各メンバーのセッティングを眺めている間に、ドラムのセッティングも終わったようだ。ということで次はドラムのK。Kのドラムセットは大小様々なシンバルが大量に設置されていてステージ上で映える。いつ使っているのか分からない小さいタムが四つ並んでいたり、背後にまるでドラのような馬鹿でかいシンバルが吊り下げられたりしていてとにかく派手だ。そんなにセッティングして、本当に全部使っているのか?と疑問に思ってしまうぐらい量が多い。そして何より、Kはリズム感がえぐい。走り気味にもため気味にもならない、ジャストなタイミングでドラムを演奏している。素人耳でも分かるぐらいに安定感が半端じゃない。Kがいるからこそ、ギター二人やベースが伸び伸びと演奏出来ているのだと思う。

 ……最後に、椿様。マイクスタンドにお立ち台、それだけで完成されているこの圧倒的「美」は何だろう。有線マイクに拘っているのもまた良い。マイクのケーブルを手首に巻いて歌うあの姿こそ椿様なのだ。俺は今日、この場所に立って歌う椿様を目撃することになる。想像しただけで心臓がもちそうにない。

「春さーん!椿さん連れてきたっすー!」

 丁度、俺が全員のセッティングを堪能し終えた頃、颯が椿様を連れてステージに戻ってきた。

「あ、どうも、今丁度、ステージを見学、し終え──」

「春様、よく来てくださいました。ステージを見学なさっていたのですね。楽しんでいただけましたか?」

 フルメイクフル衣装の椿様がゆっくりと近付いてくる。黒いロングコートを靡かせながら歩くその姿は本物の魔王だ。

「いつもの椿様だ……やばい……」

 あまりのかっこよさに直視することが出来ない。

「そうですね。いつものステージでの姿でございます。春様にはすっぴんを見られてしまいましたけれど」

 ライブDVDでいつも見ていた通り、いや、それ以上にビジュが良い……!

「本番までまだ時間がありますので、良ければ楽屋に遊びに来られますか?メンバーにも一度会っていただきたいです」

「い、いいんですか?本番前に、邪魔じゃないですか?」

 最終確認の段階で部外者の俺が入ったら流石に迷惑じゃなかろうか。

「邪魔だなんてそんな。各々本番前の腹ごしらえやら仮眠やらしているだけだと思いますので、是非いらしてください」

「そうですか?でもまあ、椿様がそう言うなら……」

 椿様のご好意で、他のメンバーが待機している楽屋にお邪魔することになった。

「ここですね。そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ」

 楽屋の扉が開かれる。俺は椿様の背後に隠れるようにして楽屋に入った。

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