ティム皇子の章の3 プリンセス・ラーナ

 空中戦艦アルティナ。それはリーナクライン小王国が持つ巨大な戦艦であり、空中はもちろん宇宙も航行できる。

 その戦艦の中にティム達のキャラット号が収納されていく。


「ラーナ!」


 キャラット号が運び込まれ、リーナクライン国軍の整備班がやってきてからすぐ、ティムが姫の名前を叫びながら降り立つ。


「ティム様!」


 パンダの耳のような黒く丸い髪飾りを左右につけた金髪のショートヘアくりっとした丸い碧眼に程よく白い肌の頬を恋心で桃色に染めた、少し背の低めな少女がプリンセスらしい純白のドレスにプリンセスらしからぬ薄汚れたベテラン整備士の装備であるゴーグルや手袋、道具入れのポーチを携えた格好でかけてきた。

 ラーナ・リーナクライン。この話における我らが主人公、ティム・ルネスの許嫁であり、ワール・ティーラー代表国にとって重要な従属国のひとつであるリーナクライン小王国のプリンセス。

 この戦争において、ティム達が真っ先に頼ろうと決めていた人物である。

 ラーナを頼ろうと言う案に同意してここまでやってきた旅の同行人、ティムの親友のアレン・チモシーも実は別の従属国……チモシー皇国の皇子である。

 つまり3人は幼い頃からの顔馴染みである。


「ラーナちゃん、おれもおるよ」


「まあ、アレン! もちろんいますよね! なんてったって今回の件はあなたが教えてくれましたもの!」


「いなかったら怖いっての」


 所属不明で意味不明な軍から襲われたあととは思えないほどに、いや、むしろ……そのあとだからこその談笑がその場に広がる。

 彼らを乗せたアルティナは、リーナクライン城の側にある軍事基地へと向かっていた。


「いよいよここから本格的な統一元首選定の戦争ですよ」


 光に満ちたアルティナの廊下内を歩き、ブリッジに向かいながらラーナはティムに言う。


「ああ、賊やこちらに協力しない従属国軍だけじゃない、外から来るものとも戦う。さっきのドッティ達のようなよくわからない者達もきっと、ずっと襲ってくる」


 その会話を聞いていたアレンは少し俯いて暗い顔をしながら考えていた。

 データベースを参照した時に気づいてしまった、どの軍にとっても絶対に無視は出来ない事実。


「アレン……? どうしたの?」


「……いや、何でもなくはない。ブリッジで話す……」


 ティム達に聞こえるような声で聞いてきたアンズに対し、アレンはそう答えた。

 ティム達はそれにあえて何も言わずに頷く。


 そうこうしているうちに一行はアルティナのブリッジに辿り着いた。

 顔見知りばかりでもあるクルー達がティム達の姿を見て起立し敬礼する。ティム達もそれに対してなるべく重苦しくなく気さくに、しかし威厳を以て敬礼を返す。


「ティム皇子、アレン皇子、長旅お疲れ様です!」


「クルーのみんなもお疲れ様です。みんな、今回の戦いではよろしく頼みます」


 操舵、レーダー探知、管制……様々な役割を持つクルー達がいる。そのクルー達の殆どは普段から外交などで顔を合わせている面々であり、もちろんそのような場にいない正規の軍人もいる。

 だが普段の立場がどうあれ、ティム達のよろしくと言う挨拶に誰も否定的な態度は取らない。


「……廊下での話なんだがな」


 そんなクルー達に挨拶を済ませ、ラーナがゴーグルなどの整備士装備を外して代わりに紫のラインに金色のラインを織り交ぜた白い軍服をあっという間に着込んで軍帽子を被り艦長の席に座ったのを確認してからアレンが口を開く。

 この話は以降の『長旅』にずっと付き合うことになるラーナ達にも伝えなければならないとアレンは言いながら、ティムやラーナ……そしてクルー達に例のデータベースにアクセスするように言った。


「ティム、さっき戦ったどっちつかずだかどっち道だか言う奴……」


「ドッティくんだよ。ドッティ・トッカドウ・ミッティ」


「律儀だねえ、フルネームを答えるなんて。だがそのドッティの軍はどうもそんなクリアで素直な奴らじゃない」


「おかしさの答え合わせか」


 クルー達の間にはアレンがはっきりした答えを言う前からざわめきとどよめきが小さく起きていた。

 ドッティ達の軍が掲げていた軍旗のエンブレムは……天秤を持った創造神を思わせるような神秘的なものだとティムはあの戦いの中で記憶していた。


 ワール・ティーラーのエンブレムは風の星を抱く大きなフェミリーの女神である。

 タカマガハラは星を守るように背にして飛翔し大きく構える星の竜。

 アイゾンステラは星々を見つめる機械の巨大な瞳、つまり天体望遠鏡を模したエンブレムを持つ。

 ジューヌトリアは双子の太陽を押し上げてくっつけているスカラベとそれを左右から見守るネコの女神とジャッカルの神。

 ビートビートは緑の世界樹に鎮座するようにとまるカブトムシ。

 見事に、どれも一致しない。


「あの軍はいったい……?」


「ざわつくのも無理はない。データベースに情報を提供していない無法者とも取れるだろう。だがおれはそうではないと推測する。あくまで推測であることを重点で聞いてほしい」


 アレンは、今から冗談にしか聞こえないような事を言うがしかし真剣に聞いて欲しいと言う。


「あの軍はおれたちの惑星統一国家並びに太陽系規模文明を維持するために必要だとされるこの馬鹿げた戦争の運営……突飛な事を言うようだが……おれにはそうとしか思えない……ただ……証明するための証拠が足りない」


「運営か……」


 無法者に最高級の機械騎士マキ・キャバリエ、甲クラスの機械騎士やあんなに大量の陸上船などは配備は出来ないだろうと言うところの推測が極めて大きいとしておきつつもアレンは、運営と暫定的に呼ぶ事にした大きな存在がいる事を示唆した。


「ティム、おれたちは誰が相手であろうと勝たなきゃいけない。特にこの運営にはだ」


 奴らを討ち果たした時に戦争の流れを止められるほど都合の良い話はないともしつつ。

 他の4カ国の軍以上に警戒すべき相手だと説明する。


「……だが戦いには段取りというものがある。あの軍勢がこの戦争の運営であると仮定するならば恐らく、おれたちや他の皇子達にも軍事力の提供を何食わぬ顔で行ってくるはずだ」


「ある程度は利用するということか」


「そうだ、全ての従属国が皇国に対してチモシーやリーナクラインのように協力的でもないし他の惑星に行くともなれば物資などは限られるぜ」


 協力的ではない従属国には覚えがありすぎた。特にティムが真っ先に思い出したのは、ドッティ達の前に襲ってきたケイオス軍である。あの軍はリーナクライン小王国から程近い場所にあるケイオス国のものだ。

 ワール・ティーラーの中心であり惑星の名前そのものを国名に持つ皇国の皇子はティムであり、その彼や中心皇国そのものに対して不満を持っていたり反発するものも決して少なくはないのだ。

 ケイオス国の皇子、ロードオブケイオスことダッキスはティムの学生時代の級友でありながらその時から既にダッキスがティムを一方的に嫌悪する仲であった。

 ダッキスは今現在、諸国と連携をとり中心皇国の権威を失墜させたりティムの命を狙ったりしている。先に襲いかかってきたケイオス軍はその行動結果の一部に過ぎない。

 彼らを止めるにはもう、悲しいことではあるが力を示す他はない。


「この星を出る前にまずおれたちがやるべき事は……ケイオス軍の横暴を止めて諸国に力を示し、従属国軍からの支援を十分にしつつワール・ティーラーの治安を安定させる事だ。今のところ……この星の中で懸念すべき事はまだ他にもあるがおれたちが早急に解決すべき事はこれだ」


 つまりその近辺の事情を片付けていきつつ、最終決戦までのタイミングまでは運営の好意的な接触は例え罠であったとしても利用していく。

 運営への接触方針をそう決めつつ……議題をケイオス国の対処に切り替えて会議は続く。


「でしたら、すぐにケイオス国に向かいませんか? 今日中にではないですが1週間以内に対処しなければダッキス皇子の横暴もいよいよ止められなくなると思います」


「ああ、善も悪もなく急ぐ時は急げって奴だな」


 対処は迅速に、とラーナは言う。アルティナとの合流により必要最低限以上の軍力は確保されている。ティムもアレンも、クルー達にも異論はなく、そして迅速に会議は終わった。


 程なくして、ラーナの指揮の元にアルティナは動き出した。光の十字星を思わせるフォルムの空中戦艦はリーナクライン小王国にまず帰還するとひとまず1ヶ月分の資材を積み込んでいく。

 食糧、衣服、医療品、娯楽、通信機器、その他色々なものをアルティナに積み込み然るべき保存庫に配備していく。

 全ての補充が終わるまで3日はかかる……3日もあれば1ヶ月分の資材の補充は完了するとも言う……と言うことでその日はティム達はリーナクライン城で宿泊することになった。


「ふーっ……陸上船ではなく建物の中で1日を終えるのは久しぶりだ」


 夜。ティム達はラーナが案内した寝室にいた。高級なベッドにAI制御の家電があり、露天風呂つきのシャワールームもある。

 ベッドは人間マアト用と妖精フェミリー用とにそれぞれ別個に分けられたものがティムとレイ、アレンとアンズそれぞれのために置かれていた。

 見せかけの剣と魔法の世界の雰囲気に溶け込む気もなく備え付けられたAI制御の家電には冷蔵庫やテレビなどがあった。

 久しぶりの安寧に一息ついたティムは……先にシャワーを浴び風呂に入りに行ったアレンや、高級ベッドではしゃぐレイとアンズを確認すると自分もベッドに腰をかけ、テレビを見ることにした。


『今話題のタカマガハラのアイドル、謎のドーラヒロインガール! ミルクレープ・ルーコちゃんを大特集!』


 偶然つけたチャンネルは……竜の星タカマガハラでの話題を放送していた。どうやらこの戦争の時代には似つかわしくないアイドルの特集番組であり……ティムがテレビをつけたその時、ある1人のアイドルの話題になっていた。

 ドーラとはマアトと同じくこの太陽系にいる人類であり、便宜上、人間に対して振られるルビがマアトであるならばドーラはこのように竜人ドーラとなる。竜の遺伝子を持つ人類、誇り高き竜【ディラガナン】から受け継ぎしツノと鱗と尻尾と翼を持ち合わせる者達である。


『♪〜 夢見るチカラがキミを輝かせる! ウソじゃないよホントのことさ、その手を伸ばして♪』

『ルーコちゃんはアイドルでありながら機械騎士を乗りこなし、戦うためではなくみんなに歌を届けるためにどんな場所にでも飛んでいく! 今話題の、君に会うためにどこからでもどこにでも飛んでいくアイドル!』


 とんでもない事を言っているなと、ティムの空いた口が塞がらなかった。

 紫色の艶やかな髪をツインテールに結び、緑色の瞳を輝かせて歌い、キラキラフワフワモコモコデコデコしまくった『痛MC』の掌の上でファンサービスをしている。

 頭に生えたツノや背中から生やした翼、腰から伸びる尻尾などには何故か皇族のような気品が漂っているがそこにもアイドルらしいアクセサリが派手にデコレーションされていた。

 そしてティムは何故かこのルーコの顔に見覚えがあった。


「……んん? ミルクレープ・ルーコ……どこかで見たかな……」


 その見覚えが今日中のものなのか、子どもの頃のものなのか。一瞬ティムは迷った。

 昼間のアルティナの中での会議中、データベースにおいてタカマガハラの代表として選出されていた皇女がルーコと瓜二つの顔をしているのが今日中の見覚え。

 まだ10歳にもなっていない時にタカマガハラの皇女三姉妹と謁見した事が子どもの頃の見覚え。

 いずれも同一人物への見覚えであり、かつて共に遊んだことのある女の子……巡り巡って元首選定戦争の相手になってしまったタカマガハラ第3皇女、天龍院琉歌古比売てんりゅういんるかこひめへの情景だった。


「いや……このルーコがルカ子なワケはないはずだ……うーん……ルカ子も確かに歌は名前に入っているくらいだから好きではあったようなだけど……こんな思い切ったことできるはずないよな……引っ込み思案だったし」


 複雑な思いがティムの体にまとわりつく。しかし、テレビからBGMとして流れている彼女の歌声がそんな思考を放棄させてきた。


「……まあいいか……本人に会えばわかることだし、良い歌だもんな」


 ちょうどその時、アレンが風呂から上がってきた。と言っても男同士だからと言って全裸で現れるような庶民臭い事はせず、既にバスローブを通り越してパジャマに着替えての登場であった。


「ティム、あがったぜ。って、ルーコちゃん特集やってんのか! おれ、ルーコちゃんのファンなんだよね」


「そうなのか? そういやこの間も配信を見てたな」


 そういえば何かとキャラット号で作業してたりする時に鼻歌で歌っていたりしたのを聞いた覚えがあるなとティムは過去のアレンの行動と今テレビから流れているルーコの歌を思い出し聴き比べていた。


「ティムもルーコちゃんのミリキにハマる時が来るさ」


「みりょくな、魅力。よし、それはさておいて俺も風呂に入る」


「おう、良い湯加減だったぜ。次はいつこうして安定して風呂に入れるかわからんからな、出発するまでの間は堪能しようぜ」


 アルティナにだって安定した風呂などはあるだろうに全く、とティムはにんまりしながら風呂に向かう。


 それから風呂の入り口である脱衣所に入ったティムは早速服を脱いでいった。


「……こんなに死の匂いが染み付いていたのか」


 重苦しく血の匂いが染み付いた軍服。その事は脱衣所で裸になってから自覚した。

 今まで倒してきた相手、これから倒していく相手、それらの怨念はきっと様々なかたちでティムにのしかかってくる。

 だが彼のやる事は背負うべきものは背負い続けつつ、もう良いだろうとしたものは禊いでいく。そうして戦い続ける事である。

 ルーコの歌が何故か締め付けるようにリフレインする。夢見るチカラがキミを輝かせる。そのフレーズがティムに影を落とす。


「俺の夢は……戦いの中で見つけるしかない……」


 そう独りごちて、露天風呂の入り口を開ける。

 開放されてなお音がよく響く、シャワーなども備え付けられている露天風呂の浴槽に何故かラーナがいた。

 巻き戻るようにして脱衣所に戻り、ティムは目を擦った。


「何だ今の?」


 アレンの手の込んだドッキリであろうか。念の為脱衣所に自分以外の衣服がないかを確かめる。

 一応、あるにはあったがそれは洗濯機に回されているアレンの衣服である。

 女性の衣服はどこにも存在しない。


「……久しぶりに会ったからって……」


 そんな事はないとティムは首を横に振ってもう一度風呂の入り口を開けた。

 今度はハッキリとラーナと目が合った。


「あ、お先に入ってますティム様! どうぞこちらへ」


「ぴゃっ……」


 変な声が出た。幼なじみで許嫁、いずれはその体を抱きしめてやらねばならないとは言え。


「ラーナ、何故ここにいる!」


「何故も何も、ここは私の部屋と共用の浴室ですわ……アレンが出るのを見計らって入りましたの」


 昼間の純真無垢で少女らしい顔とは違い、愛する男の前にいる女の顔になってラーナは答えた。

 馬鹿なと思ってティムがあたりを見回すと確かに、自分が入ってきた出入り口とは別の出入り口があった。

 彼女は幼い頃からティムに対して許嫁であるからと言って強引なところがあったが、まさかここまで来るとは。

 誰か入っている、ましてラーナが入っているなど想定もしていなかったティムは当然、タオルすら巻いていない全裸であった。

 ぐっと、競り上がるものを抑える。

 話しながら浴槽から体をあげたラーナの四肢や胸の膨らみなどが顕になる。


「ティム様……このラーナの心と体はいずれあなたに預けるものです」


「そ、それはそうだが……」


 鼓動が早まる。そこに差し出された小さなラーナの右手。思わず左手を預ける。


「今日、抱いて欲しいとは言いませんの」


 それはもしかしたら勿体無い事かもと言いつつ、ラーナはティムと隣り合って立ち……シャワーの元へと連れていく。

 そして優しくティムにシャワーをかけていく。

 ティムはティムで今日抱いて欲しいわけではないと知り安堵した。競り上がるものも下がった。

 それにしても年相応に大きくなったとティムは心の中で思った。許嫁であるが故にティムはラーナの事を将来のお嫁さん、中心皇国の妃になるものと言う意識より自分の妹のように思ってきた節があった。


「ティム様、代わりに今日は互いの体を禊ぎましょう」


「そう、だな……ラーナも……色々な事があったはずだ……俺の体に染み付いた血の匂い……君の体に染み付いた公務の疲れ……互いに禊ぎ合おう」


「ええ、ええ……ラーナはとっても嬉しいです……」


 大きな月が照らす中、2人は共に露天風呂に浸かりその身を委ねた。

 いずれ安心して彼女の全てを抱きしめてやれる日が来るまでは戦わなくてはならない。


「……うん」


 そうか、それでいいのかもしれないとティムは思った。


 その頃。件のケイオス国では……。


「何ィ! ヨミ達がやられただと!」


 暗い王宮と思しき部屋で悲報を伝え聞いて憤るものがいた。誰あろう、ダッキス皇子である。


「はっ……ヨミ様ほどの実力の持ち主でもティム皇子を討伐する事はかないませんでした」


「くぅっ……だが奴は僕様の級友……と呼ぶには忌々しいにも程がある間柄だが、まあ……知っていたさ……僕様でなければ倒せないであろうと!」

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