Capriccio of the Ability

@saezima_touki

序章Ⅰ


  星の輝きも沈みきった真っ暗闇、荒れ狂う雪の白嵐の中で少年は鼻先を真っ赤に染めてぼんやりと立っていた。

  待ち人は、約束の昼をいくら過ぎても現れず、少年を此処まで連れて来た大人は、真上の太陽が少し傾いただけで音を上げて早々に立ち去った。数時間後この極東の国に、最北の国にも負けず劣らずの吹雪が吹くと知っていながら、まだ5つの少年を一人残して。

 轟々と呻く風と叩き付けられていく雪。頭や肩に積もるそれを時折払いはするものの、微動だにせず少年は、四肢の感覚がおぼつかない中、トランクの持ち手を握って辛抱強く待っていた。

 この数時間、何度も自分を置いてさっさと帰ってしまった大人に責め苦を一言くらい、と物申してやりたい気持ちが現れはするものの、少年はそれほど恨んではなかった。今までの大人たちからの扱いを考えれば、此処まで自分を連れて来てくれただけ僥倖と言えよう。それに少年は相手の顔をよく覚えていないので、戻ったところで、文句をぶつける先を見つけられないのだ。


 刻一刻と過ぎていく時間と積もる雪、離れていく思考力と燻る不満が少年の心に落ちる影を色濃くし始める。今まで風と鼻をすする痛みしか届かなかった耳に、ごく僅かに別の音が潜り込む。

 不明瞭な暗闇の奥から朧気な明かりが見え、それはやがて人の形を連れて鮮明に現れた。こちらに気づいたのか、途端に速度を上げて近づいて来たのは男だった。何度か会った、少年の頭を掻き回す煙たい男だ。

「…お前っ、付き人はどうした」

 今までに聞いた覚えのある声にしては、少し荒らげた声で、ありえないものを見るような顔をして少年を見つめるが、今の少年の目にその表情までは上手く映らなかった。

「帰った。日が少し傾いたくらいで。えっと…今、鼻とか耳があんま分かんなくて、多分、ルルおじさん、だよな」

 男は少しだけ呆けると二、三歩更に歩み寄り、労わるように少年の肩に手をのせる。

「……長いこと待たせて悪かった、すまねぇな」

 そうして上等そうな上着をまさぐり、大きな節くれだつ手でふたつの石を取り出す。手のひらの中でほのかに橙色を放つそれは、見るからに今この状況において、何よりも求めて止まない暖かさを纏っていた。

 光る石など見たことがない少年は、不思議な光景に目を見張る。

「これはな、炎陽石って言う常に暖かい石だ。こういう吹雪いてる時にポケットに入れて手を温めるだけで、だいぶ違う。お前が持ってろ、手の痺れも少しは楽になるだろ」

 ほら、と促されるがまま両手を揃えて差し出すと、男の手から炎陽石が転がり落ちてくる。凍りついた手にとっては火傷しそうな程熱く、二、三度石を跳ねさせてから少年は目を輝かせた。

「ルルおじさん、これすげぇ!俺こんなの初めて見た!」

 そうか、と少年の頭を無造作に撫でる。年に一二度、少年に会いに来た時と同じように。

「お前、今日なんで連れ出されたかの説明は聞いたか?」

「ううん、何にも。でもなんとなく分かってる。追い出されたってことだよな?」

 少年の返答に顔を顰めた。声色にほんの少しの索漠さを感じたが、少年はただ純粋に事実として現状を受け入れている。これは、初めから何も期待していない少年が、その自身の諦観に対して寂しさを見ただけの、諦寂から来るものだった。年相応の子供らしく、追い出されたことに腹を立てていてくれた方がどれだけ良かっただろう。

「少し違う、いや、だいぶか?お前が追い出されたんじゃなくて、俺が迎えに来たんだ」

「むかえに…?」

「今日から、って言っても家に辿り着くのに数日かかるが、俺とお前は同じ家に帰る家族になる。本当ならお前が生まれた時からそうなってる予定だったんだがな、悪い。色々片付けるのに五年も掛かった」

 少年は意味が分かっているのか分かっていないのか、ぽかんとした顔で目の前の男を見つめていた。その様子に、本当に何も聞かされていないのかと、いけすかない一族への憤りと、自身の五年に渡る愚行への後悔が雪のように積もった。

「家族ってことは、おじさんじゃなくてお父さんって呼べばいいのか?」

「いや、お前の父親は死んでんだ、俺はお前の父親から親権を預かっただけで、お前の父親じゃない。ルル、でいい」

「シンケン…」

「あー…お前の飯とか、住む場所を保証…用意する責任が俺にはある、形式上では確かに親になるが、それだけだ。だから無理して父親だと思わなくていい」

 わかったと、鼻を啜る姿に罪悪感が湧く。男にとっても、実際の家族がどのようなものなのかはよく分かっていないのだ。ただ一つ、自分のような“ロクデナシ“には、人の親が務まらないということを除いて。

「じゃあ行くか。少し歩くが、街に着いたら宿でうまいもん食わせてやる」

「ほんとか!?やった!早く行こうぜ!!」

 トランクを置き去りにして、暗闇を走り出した無邪気な様子に、かつての友人たちの影を見つける。少年を見失わないように、軽い置き土産を引っ掴んで歩き始め、そうして二つの足跡だけがその場に残り、雪に消されていった。


 海上列車に乗り、少年が果ての大海に浮かぶ島、黒猫の街 学園都市フェーレスを目にするのは、ここから七日後。そして“星”を見つけるのは更に七日後のことである。

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