鋏
「お?なんじゃこりゃ」
そんなこんなで辺りをうろちょろしていた俺は、不思議なオブジェクトを見つけていた。
なんだろう。こう、なんと言うか筆舌に尽くしがたい形や質感をしているのだが、順番に言うのならば……そうだな。
まず見た目としては、全体的に茶色の絵の具が混ざりあわずに縞模様を作っている様な。そんな感じだ。ぱっとイメージで言うなら化石、だろうか。いや、石の表面に骨が見えるというわけではないんだが。地層を想起させるようなこの色合いの縞模様でそう連想しただけなのかもしれない。
そんな材質の岩が、まるでしゃもじに二つ穴が空いた様な形をして俺の目の前に屹立しているのだった。
次いでその質感についてなのだが、こちらもかなり不可解だ。こんな山に有る様な石は、大抵割れて、風化した結果ここに有るものが多い。つまり、その断面は普通滑らかである筈なのだ。
それなのにこの石は鉄に吸い寄せられた液体磁石の様に表面にたくさんのトゲが生えているかのようになっていたのだった。
確かに石灰岩や軽石などは先ほどの俺が言った例に当てはまらないが……それとはまた違う感じがするんだよなぁ。
というか、この石だけこんな形な辺り最初から怪しいっての。
そう考えつつ、俺はその表面に手を伸ばした。
そうして、
ぺたり
「おぉ」
そのやたらなじみのある触覚に俺は思わず声を上げた。
このざらざらした手触りに、触っただけで少しずつ剥がれ落ちる表面。
この感触はまるで……
「砂壁だぁ」
その懐かしの感触に若干テンションが上がりつつ、表面をさらに擦って砂粒を落としていく。
いやー懐かしいなぁ、これ。ばあちゃんの家に有ったんだけど昔はよく砂粒落として怒られたんだっけ。
そう懐古しつつも、手を止めずに表面を削っていく。昔はよく怒られたものだが、今や怒る人すらいないのだ。だったら何をしようが俺の勝手だろう。
そう考えながら夢中で手を動かしていた時だった。
バキッ
「あ」
磨いていると、そう音を立てて剥がれた岩の一部を手にしながら、俺は思わずそう声を漏らす。
い、いや、怒られるはずないとか思いながらやってたんだけど、ここまでするつもりも無かったというかなんというか……だ、大丈夫だよね。
そう不安になったので辺りを見回すも、辺りに鳴るのは、木々を吹き抜ける風の音と、木の葉が擦れる音ばかり。少なくとも、「クラァ!!」と声を上げてすっ飛んでくる老婆の姿は見当たらなかった。
その事実に一先ず安心する、が。
不意に冷静になった頭はいままで思いもしなかった可能性を照らし出す。
今考えたらまずくないか?ワンチャンどこかの自然公園の中にある名うての芸術がが作ったオブジェクトだったり?どこかの戦争で死んだ霊を祭った慰霊碑だったり?よくよく考えれば可能性はいくらでも出て来……いや、前のはともかく後ろのはないか。こんなずさんな慰霊碑が有ってたまるか。
独りでそうツッコみつつも、俺はどうしようかと頭をひねる。そうして頭をひねって出した答えは……
「そうだ、元のとこに戻せばバレないんじゃないか?」
やらかした小学生の様な陳腐な発想だった。
……いやまぁ、我ながら情けないという気持ちははあるのだが、今の俺は警察に見つかるわけにはいかないのだ。
だって考えても見ろ。
あいつらは生活の殆どを俺に依存して生きてきた。
そんな中、突然俺が消えればあいつら……特にあのクソババは警察に捜索願いを出してでも俺を探そうとするだろう。
何でかはわからないが、ようやく自由になったってのにまさかあんな地獄に逆戻りするわけにはいかないだ。
こんな理由が有るなら……ほらきっと作者も許してくれるさ。
いつの間にかこれを芸術品と定めていた俺はそう言い訳をしながらかけらを元に戻そうとして……ふと固まった。
「ん?なんだこれ」
そう呟いた俺の視線の先にはやけに艶のある何か赤い物。
この脆い表面を肉とするなら、まるで骨の様に肉に包まれた何かが有ったのだ。
えぇ、ナニコレ。
そう不思議に思いつつその骨をなぞる。
すると……
「おぉ」
その感触に再び声を漏らす。
なんというか……感触としては、冷たく滑らか。それは……うん。ちょうど加工された鋼鉄の様な物だったのだが、さっき連想した肉と骨の所為か、まるで大けがにより露出した骨をなぞる様な絵を想像してしまい、その嫌悪感に思わずぞっとしてしまったのだった。
……まぁ、その理論で言うならその大けがを負わせたのは紛れもなく俺なんだが。
そう苦笑しつつ、俺は改めて考え直す。
さて、罪を犯すという最悪の可能性が有るので今後は完璧にノータッチで行こうと思っていたこのオブジェだが、何かこの中にあるというのならその方針は変えた方が良いのかもしれない。
それも入っていたのは鉄。加えて、この形状を見る限り何か棒状の物なのかもしれない。
となればなおさらだ。頑丈な棒というのはそれだけで需要が有る。
例えば、テントの支柱や、物干しざお。それに、壊れにくく威力のある武器としての使い方もできる。剣道の様なしっかりしたものではないが、幸い棒の扱いには一家言ある。熊なんかに出くわせばひとたまりもないが、道中の杖や武器にはもってこいだろう。
唯一の不安はやはり損害賠償とかだが……よく考えれば、遭難中で自分の命が掛かっていたとでもいえば多少の配慮はしてくれるのではないだろうか。
そう考えれば……未だに少し怖くはあるが、多少の勇気は出てきた。よし、この勢いのまま行くとしようしよう。
「作者さん。すんません」
俺は心でそう唱え、オブジェの眼前で目を閉じ、手を合わせる。
そうして俺は大けがで開いた穴の縁に手を掛けると……
バキッ
ケガをひろげ、その骨を取り出すため、俺はひたすらに周りの肉をむしり続けたのだった。
そうしてしばらくハゲタカの様な行為にふけった後。
「おぉ……」
自らが為した惨状を目に感嘆の声を漏らす。
そこには数少ない木漏れ日に照らされ、神秘的な照り返しを見せる俺の身長より少し小さい程度には巨大な骨……もとい、巨大な鋏の姿がそこには有った。
この大きさもそうなのだが、それ以上に目を引くのはその滅多に見ない形状だろう。通常の鋏だと、刃と刃で挟み、刃の鋭利さで切るのが一般的だと思うのだが、この鋏はどうやら違うらしいのだ。確かに鋏の片方はその一般的な鋏と同じように挟んで切る様な構造をしているのだが、その相方が明らかにおかしかった。
その鋏は刃がすさまじい鋭角のV字になっており、物を切ろうとかみ合わせると、普通の刃を受け入れる様な構造になっていたのだ。加えて、その刃にはサメの歯の様なギザギザが有り、仮に紙を切ろうものなら、まっすぐに切るよりそのギザギザによって引き裂かれる方が先だろう。そして何より、その問題の相方はもう一つ決定的な相違点を持っていた。それは、本来切る様にできていない側の刃が切れるようになっていたということ。ここまで気づいてしまえばこの鋏の用途は一つをおいて他にないだろう。もはや言うまでも無いだろうが俺は敢えて口にしよう。これから俺が負うかもしれない覚悟の下地を作るために。
結論。
この鋏は、何かを殺すためだけに作られた鋏である。
肉を引き裂き、骨をはさんで擦り砕く。
そう言った目的のためだけにこの鉄塊は存在するのだ。
とは言ってみたものの、意外とこの鋏自体に嫌悪感はなかったりする。
ここに埋まっていたことから察する限り、この鋏は誰かを殺し、その犯人が証拠隠滅のために固めたのかもしれない。こうして人目を忍んで隠されている以上、少なくとも、まだ何かの血を吸ったことが無いなんてことは無い筈だ。
そう理解してもなお、俺にコレへの嫌悪感は無かった。
なぜなら……
「カッケ~……」
それはロマンなのだから。
……いや、ふざけてるわけではなくマジで。
ぶっちゃけ言おう。
俺はどちらかと言えば危険人物である。
幼いころは辺りで拾った棒を振り回し。
ある程度成長すれば町中に居た日本刀を腰に差した和服の老人を見て目を輝かせ。
模造刀を見れば先端の人を殺せる鋭さに危ない笑みを浮かべる。
俺はそういう人間だったのだ。
なればこそ、こんなロマンの塊の様な鉄塊を見て我慢しろと言う方が無理な話だろう。
加えて、この遭難中という体のいいシチュエーション。こんなの鋏の方から誘ってるよね。
そうよく分からないテンションになりつつ、俺は鋏に向かって歩みを進めた。
ただ。
懸念点も確かにある。
まあ、そのほとんどは、この森から出てしまったらこの得物とお別れしないといけないかとか、その後隠しても取られないだろうかというしょうもないモノなのだが、一つだけ重要な問題が有った。ソレはそもそもこの鉄の塊を運べるのかというものだ。確かに、武器として振り回すにはまず間違いなく重すぎるんだが、運んだとしても、テントの支柱や物干しざおとして使えるかも怪しい。加えて、こんなものを持ち運ぶとなれば、その分体力の消費も、足も遅くなる。いくらロマンとはいえ、こちらが死ぬのは勘弁なのだ。
そう割り切った気持ちと、平和ボケした男児の脳を狂わせる鋭さによって気持ちがせめぎ合う中、俺は気付けば鋏の目の前へとやってきていた。
厳しいとは思うけど、試すだけなら……そう考えて、俺は下から押し上げるように鋏に手を添える。
そうして、どれだけ重くても良いように足をひろげて……
「ふっ……ん?」
首を傾げた。
いつの間にか目の前から鋏が消えていたのだ。
確かに力がかかった感触があったから間違いなく引いたとは思ったんだけど……
右、左。
俺は辺りを見回す。
それらしい影はどこにも見当たらなかった。
ならば……上は?
消去法的にそう考え何気なく上を向いた俺は思わず目を剥いた。
「は、はぁ~~~~!?」
その視線の先、すなわち俺の真上にはくるくると縦横無尽に回転しながら落下してくる鋏の姿があったのだ。
な、なんであんな頭上に……ってそれどころじゃねぇ!
その迫力に思わず体をすくませながらも、俺はめちゃくちゃな足取りで、必死に鋏の落下位置から離れた。
そうして肩で息をしながらもう十分だろうと感じた次の瞬間。
ガキン
巨大な鋏は、そんな何かを断ち切る様な音と土ぼこりを立てて地面に突き刺さったのだった。
その命の危機を覚えるようなそんな音に肩を跳ねさせた後、俺はゆっくりと振り返る。
そうして立っている鋏の姿を見て思わず一言。
「な、なんだったんだ。一体。」
握ったと思った次の瞬間には遥か頭上に。
そんな見たこともないような挙動を見せたハサミに不信感を覚えつつも、俺は荒い息を落ち着けることすら忘れて恐る恐る近づいた。
そうして、触れる。
ペタリ
「……」
今度は急に飛んで行ったりしない。
そのことに一先ず安心しながら今度は添えるのではなく、俺は片手でグッと鋏を握った。
そうして先ほどとは異なり、軽く力を入れる感じに引き抜こうと力を込めると……
ィィィィ……
そんな鋼と地中の小石がこすれ合うような音を立て、その鋏は実にあっさり抜けたのだった。
「……えっ、軽っ」
そうしてようやく手中に収めたその鋏。本来の俺なら、その軽さに驚きつつも狂喜乱舞し、鋏片手に意気揚々と外への道を探し始めること間違いなしなんだが、この時ばかりは俺の思考は別の物に占められていたのだった。
それは、
「……綺麗だ」
木漏れ日を反射することなくその全てを内側にため込む様な漆黒の刃に、それにまとわりついた今にも脈動を始めそうな血管を思わせる紫の装飾。
一般的に見れば不気味さを与えるそのデザインは、なぜか俺の目には美しい物として映ったのだった。
まいったな。
こういうセンスは普通よりだと思ってたんだが……まぁ、良いか。今更誰かに合わせる必要もあるまいて。
せっかくの自由なんだ。
あの場所でできなかったこと、やりたかったこと。
今度は自分だけのためにやれることをして怒られるなんてことは無いだろう。
半ば吹っ切れるようにそう考えながら、俺は鋏を担いで歩き始めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます