第2話

 爽やかな風を感じる。


 暖かな日差しと心地よい緑の香りが眠気を誘った。


 ここが噂に聞く極楽というやつだろうか。


 『良い人』と呼ばれ続けて四十年の俺だが、最後の最後に大事件を起こした筈の俺が来れるとは、あの世の管理はザルか?


 ミスに気付いた神の使いパシリや地獄の忠犬が連れ去りに来るかもしれない。


 今のうちに満喫しておこう。


 名乗り出るなど馬鹿な真似はしない。


 自分を偽り善行を積むなど、周囲にボロ雑巾の如く使い潰されるだけで自ら不幸に飛び込むような愚行だという事は、生前で身に沁みた。


 集団に属する時は最低限のルールさえ守ればいいのだ。要領のいい人間は、一線だけを守って後は自由であった。


 これからは吹っ切れて生きよう。もう死んでるがな。


 まぁ、あの世のルールを守る誓約書にサインなどした覚えはないので出来る限り知らぬ存ぜぬを通すつもりだが。


 そうと決まれば寝てるだけなど勿体ない。


 久しぶりの散歩を満喫しながら、そこらの木の実でも食べるとしよう。天国なら毒もないだろう。




「……ッ」




 雑な決意と共に目を開くと、存外に楽園らしくない光景が目に入った。


 視界の大半は透き通るような青空と陽光に照らされた草原は見事の一言に尽きる。ここまではいいのだ。


 しかし、そんな絵画の如く素晴らしい光景に泥を垂らす汚物が一つ。




「ギギェ」




 薄緑色の皮膚に汚れと襤褸切れを纏った人型であるソレ。


 どこぞでのゲームで見たゴブリンというヤツに酷似していたが、そんな事はどうでもいい。




「……邪魔だな」




 仮称ゴブリンは垢か泥か分からないような汚れと白く濁る涎を落としており、不快極まりない。


 別に潔癖症ではないし、生前なら眉を顰めはしても気持ちを切り替えて対応しただろうが、今は無性に腹が立つ。


 この変化が死んだ影響なのか、気持ちが吹っ切れたからなのか分からないが、やることは決まっている。


 実行の覚悟を決め手段を考えようと思ったが、不思議なことにその必要はないと感じた。


 どうせ死んでいるのだし、この謎の確信に従ってみるのも面白そうだと体を任せてみる。


 途端に動き出す俺の体。


 まるで、そうする事が当然であるかのように自然と手の平を向けた俺は、ただ一言。




「燃えろ」




 そうして飛び出したのは漆黒の炎。


 光を反射し、艶すら帯びるソレは俺の願いを実現するかのように、ゴブリンのみを焼き尽くし他は草の一本すら焦がさなかった。




「やっと見れたな」




 炎と共に内に巣食っていたゴブリンへの怒りを吐き出したかのように穏やかな気持ちとなった俺は満足感に浸り、そのまま寝た。

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