優しく強く

 コルバーニさんとの一戦の身体の痛みでひいひい言っていた私だったけど、驚く事に翌日には状態はかなり回復していて、筋肉痛程度だった。


 え……なんで。

 あんなにこっぴどくやられたのに……


 驚いている私にラームはこともなげに言った。


「そりゃ、コルバーニはんが手心加えてくれてたからやね」


「え!? そうなの」


 いやいやいや! あんなに痛い目にあって手心も何もないでしょ……

 いや、もちろん私の我がままから勝負だからコルバーニさんは悪くないよ!


「彼女、なんやかんやで鎧の上からしか当ててなかったしな。そもそも考えてみい。彼女が本気出してたら、リムはん骨折どころじゃすまんかったえ」


「そっか……」


「でも、彼女に勝ったのは紛れもなくリムはんの勇気と機転。まさか……あんな……ププッ」


「うるさい! あの事は言わないで」


 指輪に向かって怒鳴っていると、静かにドアが開いてコルバーニさんが顔を覗かせた。


「リムちゃん、大丈夫?」


「あ、コルバーニさん! うん、今は筋肉痛程度だよ。有難う……」


「そっか……」


 コルバーニさんはそうつぶやくと、後ろ手でドアを閉めて私のところに近づいてきた。

 そして、ベッドの端に座ると背中をそっと撫でた。


「寝て……薬塗ってあげる」


 私は言われるままにうつぶせに寝転がると、コルバーニさんはそっと薬を塗ってくれた……けど……


「ちょ、ちょっと……くすぐったい!」


 私は体に来る変な感触に思わず笑い声を上げて動き回った。


「あ! リムちゃん! ちょっと……それじゃ塗れないよ」


「だ、だって……」


「じゃあわからずやは……こうだ!」


 コルバーニさんが私に覆いかぶさって抱きしめる感じになった。

 ちょっと……これは……

 コルバーニさんの体温と身体の柔らかさが伝わってきて、きっ気に緊張感が……


 無言になった私にコルバーニさんがポツリと言う。


「私……許してもらえるかな。リムちゃんにも……他の色んな事にも」


「……私は気にしてないよ。そもそも私の我がままだったし、お陰でコルバーニさんと……その……深いところで繋がれた気がする。……他の事ってなに?」


「私の贖罪。私、自分の罪は命ある限り許されないと思ってた。不老不死に近いからだが朽ちるまで」


 そう言うと、コルバーニさんは私をギュッと抱きしめた。


「でもね……ホントは怖かった。だって……ずっと謝り続けるって辛い。それにどうすれば許してもらえるんだろう。そもそも許してもらえるのかな? 何に許されないといけないんだろ? とか考えちゃって。だから、リムちゃんを巻き込みたくなかった」


 コルバーニさんの身体が微かに震えているのが分かった。

 それは私たちを導く大人の女性でもなく、最強の剣士でもない。

 普通の少女のようだった。


 私はコルバーニさんを抱きしめた。

 優しく強く。

 そして、おでこに軽くキスすると言った。


「私、思うんだけど……『償いたい』って気持ちさえ持ってたらそれで良いんじゃないかな? 後はみんなと同じようにお仕事したり、勉強したり、遊んだり。後は……大好きな人たちと『幸せだな』って思ったり。そんなんでいいと思う」


 コルバーニさんは驚いたような表情で私を見た。

 (そんなんでいいの?)とでも言いたげな表情で。


「だって、人ってそんなに強くないよ。ずっとゴメンなさいし続けられるほど。でも生きてかないといけない。償いの気持ちを忘れたらずっとしなくなっちゃうけど、忘れなければ……何かいいこと出来そうな時にそうするでしょ? そしたらそれが『償い』になるんじゃないかな?」


「いいこと出来そうな時……」


「うん。コルバーニさんって今までも私たちを助けてくれたじゃん! これからも。そしてクローディアさんの事もどうにかしようとしてる。それだって償いになってるんだよ。人ってその程度でいいと思う」


 コルバーニさんは目を潤ませて私をじっと見ていた。

 それはまるで子供のように……


「その代わり、健康に生きていて欲しい。あなたを大切に思う人は私もだし、一杯いる。その人たちを粗末にしない事。悲しませない事だって償いなんだよ。その程度でいい。人ってその程度でいい。コルバーニさんは何がしてみたい? 『やらなきゃ』じゃなくて『やりたい』だよ」


「私……リムちゃんと幸せになりたい。クローディアともまた友達になりたい。いつかまたカフェや酒場でウェイトレスとかしてみたい。ああ……でも、子供たちに剣術も教えたい。アンナみたいに剣で道を開くことの出来る子を育てたいな」


「それって償いだよ。誰かに剣術を教えるのだって。何かの記録に残ることだけが償いじゃないよ」


 コルバーニさんは短く嗚咽を漏らし始めると、私にギュッとしがみついた。


「今日……クロノのオッサンと出かけるんだっけ?」


「あ、それ明日になった。今日は無理だろうからって」


「じゃあ、このままギュッとしてくれる?」


「うん、いいよ」


「昨日は……痛かったよね? ごめんね」


「もういいって」


 やがて寝息を立て始めたコルバーニさんを、抱きしめていると私も体がポカポカしてきた。

 このまま寝ちゃおうかな……


 そう思っていると、頭の中にラームの声が響いてきた。


(リムはん、大人になったな……短い間に)


(そんなことないよ。みんなのお陰だし……)


(いいや、あんたは変わった。昨日の戦いを申し込んだ事も。そこからの事も。そして今。あんたは間違いなく武器を手に入れた『勇気』っちゅう武器を)


(全然まだだよ。でも……ライムやおじいちゃんのことがあるから、逃げてられない、って思うだけ)


(それでいい。今のリムはんならもう大丈夫。今のアンタなら……向き合える)


(向き合うって……何と?)


 でも、ラームはそれに答えず続けた。


(リムはん、あんたは明日クロノのおっさんと共にある町に行ってもらう)


(あ、クロノさんの言ってたお出かけって……あなたも関係してたの!)


 なんで急にクロノさんがあんなこと言い出すかと思ったら……


(ここからは明日のお楽しみ)


 そう言うとそこからラームはうんともすんとも言わなくなった。

 もう……なんなの! この子!

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