大嫌いなリムちゃん(3)

「わ……私も……でき……ます」


 何とかしゃべったけど、完全に泣き声になってる。

 ちゃんと喋れない。

 背中が裂けるんじゃないかってくらい痛いよ……


 でも、何とか攻撃を……

 そう思ってコルバーニさんを見ると、また姿が消えていた。

 

 今度は……どこなの!?


「こっちだよ」


 背後から声が聞こえたので振り向こうとすると、胸の前に握られた手の甲が見えたので、慌てて両腕に着いた鎧を胸の前に出した。

 すると、何とか鎧に当たったけどまるで丸太がぶつかったみたいな衝撃に、足が崩れそうになる。

 

 でも、何とか踏ん張った。

 ……けど、体中が痛い。

 ビリビリと震えが走る。

 転がったフェイスアーマーが涙で滲んだ目のせいかぼやけて見える。

 

「く……う……うう……」


 もう恰好も何もない。

 私は、子供のようにぽろぽろと涙を流しながら、慌てて後ろに下がった。

 痛い……怖いよ…… 

 でも、ずっと立ってたら次が来ちゃう……


「リム・ヤマモトは続行可能か?」


 クロノさんの感情のない声が聞こえる。


「はい……」


 何とか泣きながら返事する。


「いい加減にしろ!」


 その時、耳をつんざくような怒鳴り声が聞こえた。

 声のほうを見ると、アンナさんがこちらまで来ていた。


「ふざけないで……何が勝負よ! こんなの一方的にいたぶってるだけじゃない! クロノ……貴様何が続行可能か。無理に決まってる! 先生も……実戦経験のない少女相手の蛮行、もう見過ごせません」


「ではどうする気だ、アンナ・ターニア。これは双方同意の上ルールに乗っ取った神聖な勝負だ」


 クロノさんの言葉にアンナさんは無言で剣を抜いた。


「私がヤマモトさんの名代として戦う。先生、そんなに戦いたいなら私がやります。何ならどちらかが死ぬまで」


「アンナ。それでいいのか?」


「先生。良いとか悪いではないでしょう。私はあなたを許せない。あなたであれば、いかようにも配慮できたはず。それを……こんな……」


「アン……ナ……やめ……」


 私は何とかそこまで言うと、アンナさんの腕をつかんだ。

 ちょっとづつ……落ち着いてきた。

 しゃべる……ことが。


「私……勝ちたい……」


「ヤマモトさん! なんで……はっきり言います! 無理ですよ!」


「負けたら……コルバーニさん……どっか行っちゃう。戦うの怖いよ……すごく。でも……言ってくれたよねコルバーニさん……ずっと前に。まだ出会った……ばかりの頃、私に……勇気の事」


 コルバーニさんはその場に立ったまま静かな目で私を見ていた。


「あの時……逃げちゃった私に言って……くれたよね? 勇気って……小さな一歩を踏み出そうとする気持ちだって。泣きながらでも……時には逃げながらでも……また一歩前へ。かっこ悪くても……一歩踏み出せば、それが勇気だよ……って」


 私はしゃくりあげながら続けた。

 涙が……止まらないよ。


「あなたの……教えてくれた勇気。私、出してるよ? 泣きながらでも……一歩前に。だから……コルバーニさん……も、勇気出して。罪を受け入れて……受け入れながら幸せになろう……よ。一緒に」


 泣きすぎて咳き込んじゃった。

 でも……これだけは……言いたい。

 ちゃんと……私が!

 私は大きく息を吸って……叫んだ。


「あなたが好きだから! だから逃げない!」


 アンナさんは呆然とすると、すぐに笑顔になった。

 そして、小さく頭を下げて引き返すと言った。


「クロノ。お前を信じる。必ず危険になったら止めろ」


 クロノさんはうなづいた。

 そして、コルバーニさんは無表情のまま私を見ると、やがて脇に置いていた竹の剣を取った。


「一人の剣士に対して、丸腰の勝負とは無礼な事を。失礼した」


 そう言って、コルバーニさんは竹光を中段に構えた。

 さっきとは……雰囲気が違う。


「クロノ・ノワール。ここからは視線を外すな。危険と感じたら声を出せ。そこで終わりだ」


 そういうと、コルバーニさんはまっすぐこちらを見た。


 私は覚悟を決めて構えなおした。

 私の知ってるコルバーニさん。

 あの人なら……あの人が私を戦闘不能にしようとするなら、きっとアレで来る。

 そしたら私は……

 っていうか来なかったら負けだ。

 自分の勘を信じて、山本りむ。

 勇気を……


 コルバーニさんは私の方に閃光のような速さで向かって来た。

 くっ!


 私は木刀を振り下ろそうとしたけど、その前にコルバーニさんの竹光が腹部の鎧に当たった。


 目の前が……真っ暗になった。

 鎧越しでも衝撃はあり得ないくらいだった。

 そのため、胃から口に勢いよく何かがせりあがって来て……その場に嘔吐した。

 だめ……我慢…… 

 私は嘔吐物を吐き出しきる前にぎりぎりで口を閉じた。


 でも……目の前が……倒れ……る。


 その時。

 アンナさんの声が聞こえた。


「ヤマモトさん! 踏ん張れ! 先生を……好きなんでしょ!」


 その声とともに、視界が一気に色づいた。

 そして、ぎりぎりで踏みとどまれた……


「ここまでの健闘、尊敬に値する。でも次で決める」


 元の場所に下がっていたコルバーニさんはそう言うと両足を広げて、体を深く沈みこませた。

 また……来る。


 私はあることを思い出していた。

 アンナさん……あの時のサラ王女との……もらうね。

 これが私とあなたの勇気。


 コルバーニさんが私に向かって一歩進めた。

 これしか……ない!


 私は剣を放り投げるとコルバーニさんをじっと見た。

 もうちょっと……もっと待って……

 

 かっこ悪くても……一歩踏み出せば……勇気だ!


 そして、コルバーニさんの顔が私の目の前に来た瞬間。

 私は口の中に溜まっていた残りの嘔吐物を、コルバーニさんの顔に向かって……噴き出した。


「……なっ!」


 嘔吐物が顔にかかったコルバーニさんは完全に虚を突かれた表情になって、次の瞬間。

 足元の嘔吐物……さっき、私が吐いたものに足を取られた。

 その上から私が覆い被さる。

 半分……ううん、もっと少ない意識で必死に。

 

 そして……


 クロノさんがひときわ大きな声で言った。


「アリサ・コルバーニ、転倒確認! よって勝者……リム・ヤマモト!」

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