大嫌いなリムちゃん(2)
コルバーニさんが立ち去った後。
闇の包まれた闘技場を見下ろす草原に私とアンナさんは立っていた。
「コルバーニさん……」
「先生……相変わらず……」
「え? それって」
「不器用な人だ、って意味です。先生は、自分のことを切り捨てさせようとしたんです。でも、あそこまで下手っぴでは」
そう言ってアンナさんは苦笑した。
「ほんまやねえ、あんな三文芝居でショック受けとるの、リムはんくらいやねえ」
「えっ!? ちょっと! それ酷くない。私、本気で辛かったのに」
「そうでもないと、ヤマモトさんは先生から離れない。でも、そうなると先生の最後の戦いに巻き込んでしまう。ユーリとライムとの。それに先生の償いの人生にも……それを恐れたのでしょう」
「でも……だったら、このままじゃダメだよ! コルバーニさんが、悲しすぎるじゃん」
「とはいえ、先生も大概頑固者ですからね。一度決めたら曲げない。どうしますかね
……正直、私も先生をヤマモトさんを巡るライバルと思ってますが、こんな形は望んでないので」
その後、宿に戻った私は、部屋でじっと考えていた。
コルバーニさん……
私だって嫌だ。
初めて会った時からずっとずっと……助けてもらった。
私に勇気の形を教えてくれた人。
こんな形で別れて、全てを一人で背負って……
「そんなのヤダ……」
そうつぶやいたとき、私はある覚悟を決めた。
コルバーニさんがその気なら……私だって!
※
私は足音荒くコルバーニさんの部屋の前に行くと、乱暴にドンドンとドアを叩いた。
出てくるまでドアが壊れても叩いてやる!
その音に驚いて出てきたアンナさんはポカンとした表情をしていた。
クロノさんも唖然としている。
「あ、あの……ヤマモトさん、一体なにを……?」
だけど、壊れるまで叩く必要は無かった。
数回叩いただけでコルバーニさんはドアを開けてくれた。
「一体なんなの? ……ああ、リムちゃんか。説得は無駄だからね。大体説得もなにも私は……」
「説得なんてしない!」
「え?」
「さっき言ったよね。『ただの女の子を連れて行くほど暇じゃ無い』って」
「うん、言ったよ。事実じゃん」
「じゃあ私が『ただ者で無い女の子』ならいいんだよね!」
コルバーニさんは訳が分からない、と言った感じで眉をひそめているが、それに構わず私はコルバーニさんに指を突きつけて言った。
「私と勝負して! 勝ったら、さっき闘技場で言ったこと全部無しにしなさい! だって、あなたに勝ったら『ただの女の子』じゃないんだから。利用価値だってあるでしょ!」
コルバーニさんは唖然としていた。
それは後ろのアンナさんとクロノさんも同じだった。
「あ……あの、ヤマモトさん」
「なに! 決心なら変わらないよ!」
「えっとですね……こんな事を言うのは心苦しいです……でも、言わせて下さい。あの時ヤマモトさんが勝ったデカブツと先生は……根本的に違います」
「ヤマモト、なにがあったか知らんが、お前の気が変になった事はよく分かった。そこまで分かりやすく調子に乗る奴だったとはな」
調子になんて乗ってない。
あのスキンヘッドさんとコルバーニさんが比べようも無い事なんて分かってる。
でも……私がコルバーニさんを取り戻すには……これしか浮かばなかったんだもん!
コルバーニさんは駄々っ子を見るような表情で私を見ると言った。
「言っとくけどラームを使っても無理だからね。私とライムはそもそも互角。あと、素人の太刀筋なんて止まってるようなものだから。ましてや遠隔操作のリムちゃんの攻撃なんてかすりも……」
「ラームは使わない」
「……は?」
「ラームには『絶対に口を出さないで』って言った。だって助けてもらったらコルバーニさんを取り返せないから。正々堂々、私の力で勝つんだ……」
コルバーニさんは深くため息をついた。
「お断り。勝負うんぬん以前の問題でしょ。仮に片腕を縛ってても、うっかり傷つけかねない」
「逃げるの? 怖いの!」
「勘弁してよ。私、もう眠いんだから……旅は一緒にしてあげる。あなたの助けにもなる。ただ愛情が無いと言うだけ。前に言ったじゃん。傭兵みたいなものだよ。割り切れば問題ない」
「それが嫌なの!」
そう言うと部屋に戻ろうとしていたコルバーニさんの肩を掴んで振り向かせた。
コルバーニさんはギョッとした表情を浮かべていた。
「『あなた』ってなに! そんなの嫌だよ! なんでそんな他人行儀なの! 私はコルバーニさんが大好きだよ。初めて会った時からずっと、心から信頼してた。私のことも信じてよ! 一人で背負わないで。私……あなたを取り戻すためなら腕の一本くらいあげる!」
そう言うと、その場で短剣を抜いて腕に当てた。
だけど、その手は強く握られたためピクリとも動かなかった。
見ると、コルバーニさんが険しい表情で私を見ている。
「そんなに言うなら相手してあげる。あの闘技場の草原でいい? クロノのおっさん! 公平を期すためそっちでルールを決めて。ここまでの経緯は今から説明する。あと……泣いても知らないよ。リムちゃん」
闘技場の平原。
短い時間に様々な感情が入り混じった場所。
そこにフェイスアーマーと各部に鎧を付け、木刀を持った私と白いワンピース姿で丸腰のコルバーニさんが向かい合っていた。
コルバーニさんは手足に薄いクッションのようなものを着けている。
クロノさんが決めたルールは明快。
どちらかが膝、またはお尻か背中を地面に着くか、または降参と言った時点で勝負あり。
「説明する。アリサ・コルバーニが丸腰でクッション着用なのはリム・ヤマモトを馬鹿にしてるからではない。二人の実力差を考えると、最低限この処置をしないと命を奪うリスクがあるからだ。リム・ヤマモトの」
うう……緊張で……吐きそう。
自分で言い出したこととはいえ、目の前のコルバーニさん。
敵としてみると、こんなに威圧感あるんだ……
何というか、2メートル以上の大きな人を見ているような。
スキンヘッドさんも怖かったけど、まるで中学の不良さんと映画のエイリアンくらい違う。
クロノさんは私たちを鋭い目で見ると厳かに言った。
「また、この勝負は唯一私のみどちらかの命が危険と判断したとき、勝負を中止にできる。その際は私の目で見て優位と思ったほうを勝者とする。一切私的感情は持ち込まない。アリサ・コルバーニが勝利したら、リム・ヤマモトはアリサ・コルバーニへの説得を今後一切行わない。感情による関係性を一切持ち出さない。リム・ヤマモトが勝利したら、アリサ・コルバーニはリム・ヤマモトの要求……関係の修復と、彼女への絶対服従を行う。双方よろしいか?」
「はい」
コルバーニさんに続き、私も返事をする。
「は、は……はい」
声が……震えてる。
ラームは約束通り、まったく存在そのものを消したかのようだ。
怖い……でも、やらなきゃ……
「では……始め」
コルバーニさんは膝を軽く曲げると、ボクシングのような構えになった。
そうだ……コルバーニさんは以前、カーレで男の人を殴って倒しちゃったんだっけ……あの時は……
と、ぼんやり考えていると、突然目の前のコルバーニさんが消えた。
え……?
慌てて瞬きをすると、瞼を閉じて開けた瞬間、目の前にコルバーニさんの姿があった。
え……え!? 何な……
次の瞬間、背中に信じられない衝撃が走った。
う……あ……
世界が何回も回ったようだった。
倒れ……
私は、唇をかみしめると足を思いっきり踏ん張った。
あ、あ……空が……遠く。
だめ……踏ん張っ……て!
私は両膝を手で掴むと、もう一度踏ん張った。
すると、世界のグルグルが止まった。
と、止ま……った。
倒れなかった。
私はホッとした。
でも、背中が痛い。
泣きそうになるほど。
いや、涙がボロボロ出てる。
それに気持ちが悪い。
視線が落ち着くと、コルバーニさんは少し離れた所でまた最初の構えをしていた。
「へえ……あの蹴りで倒れないなんてね。でもいいの? せっかく一回で楽にしてあげようと思ったのに。クロノ・ノワール。今のは勝負続行か?」
「リム・ヤマモトは続行可能と判断する」
「承知した」
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