大嫌いなリムちゃん(1)
アンナさんを宿に運んでから、私は部屋に戻って明日のことをぼんやりと考えていた。
コルバーニさん……
明日私と二人で会うって言うのは、やっぱり……そういうことなんだろうか。
唇に以前のキスの感触が蘇る。
でも……それは、私の中ではどこか現実感に乏しい物になっていた。
私、何て女なんだろう……
自分に酷く嫌悪感を感じてしまう。
そんな気持ちを追い払うようにベッドに潜り込んで頭から布団を被る。
「まあ、そないに気に病む事ないと思うで。あんたがハッキリと自分の気持ちを言ったんやさかい」
「でも……」
「明日、コルバーニはんがどんな風に言うのか。それを聞いてから考えよ」
私は返事の代わりに目を閉じて布団の中で丸まった。
※
翌朝、結局ほとんど眠ることが出来ずにベッドからモソモソと出たのはお昼前だった。
コルバーニさんとは、お昼過ぎから出る約束をしていたのだ。
待ち合わせ場所はまたもや闘技場。
さすが師弟。
感性がよく似てるな……
闘技場へ向かうと、そこは沢山の人が歩いていた。
アンナさんとの時は朝早くだったから分からなかったけど、ここって結構人気スポットだったんだ……
「リムちゃん」
声の方を向くと、そこには純白のワンピースを着たコルバーニさんが立っていた。
それは今までに見たことの無いほど大人っぽくて……見た目の年齢を忘れさせるくらいだった。
「あ……お、おはようござい……ます」
「どうしたの、リムちゃん? めちゃ挙動不審じゃん。初めて会うわけじゃ無いんだし、リラックス」
「あ……はい」
ああ……なんか、私の知ってるコルバーニさんじゃ無いみたい。
あんな清楚な格好、不意打ち過ぎて完全にテンパっちゃった。
「昨日のアンナとのデートで疲れてるだろうし、今日はカフェでゆっくり話して過ごさない? あの子の事だから最初から最後までせわしなく連れまわしてたんでしょ?」
う……おっしゃる……通り。
無言になった私を見て、コルバーニさんはクスクス笑った。
「だと思ったよ。なので、今日はのんびりと……ね。その代わり、夜も付き合って欲しいな。この闘技場から見る星空は綺麗なんだよ」
「へえ……」
昼間でも爽やかな風と、一面に広がる草の海が壮観なのに、それに咥えて星空か……
その景色を想像して呆けていると、突然手を握られてビックリした。
「さて、じゃあ行こうか」
そう言って微笑むコルバーニさんに私の心臓は一気に跳ねた。
コルバーニさん、ワンピースとか来てたら本当にどこかのお嬢様みたいだ。
それに加えて何とも言えないオーラが漂っていて、意識しないようにと思うほど意識しちゃう……
マズい……かも。
手を繋いだ私たちは「オブリガード」と言うカフェに入ると、二人でコーヒーを頼んだ。
コルバーニさんは優雅な仕草でコーヒーを飲んでいる。
「ん? どうしたの、リムちゃん。さっきから黙り込んじゃって」
「いや……あの……コルバーニさん、いつもと感じが違うな、って。しぐさとかしゃべり方とか、大人っぽいと言うか」
コルバーニさんは片手で口を押さえると、フフッと短く笑った。
「そりゃ、たまにはね。私だってこういう事したいんだよ。せっかくの時間でしょ」
その言葉に私は耳まで熱くなったのが分かった。
「えっと……からかわない……で」
「からかってないよ。私はそんな冗談は言わない」
「う……ああ……」
な、なんでこんなストレートなんだろう。
少女と言ってもいいくらいの見た目なのに、まるで……大人みたいな……って、実年齢は50歳超えてるんだっけ。
「さて、あんまりお互いカチコチになっててもアレだし、良かったら積もる話でもどうかな? 私の居ない間のアッチの世界の事、色々教えてよ。ドリフターズのメンバーのその後、とかさ」
最初はカチコチになってた私だけど、コルバーニさんの言葉に引っ張られるように元の世界の事を話してると、楽しくて時間が経つのを忘れた。
コルバーニさんの配慮が素晴らしいこともあるし、元々同じ国からコッチに来た、と言う親近感もある。
ああ……これって、凄く……幸せかも。
「良かったら一緒にパフェ食べない? ここのやつ美味しいんだよ。特に日本で出てくるやつに味とか口ざわりがすっごく似てるんだ」
「え!? そうなんですか」
「うん。お互い、久しく日本のスイーツとか食べてないよね。私も楽しみなんだ」
出てきたパフェは本当に味も見た目も日本で見た奴だった。
「こんなの見ると、この店主さんも私たちと同じ世界から来た人? って思っちゃう」
「そうだよね。実は私も気になってお父さんに調べてもらったけど、残念ながら違ったみたい。美味しさを追求すると行き着くところは万国共通なのかな」
そうか……でも、久々に懐かしい味だったな。
二人でパフェを食べた後は、コルバーニさんの勧めで私の服を買ってくれることになった。
「え!? そんな……悪いから。これでいいよ」
「私がそうしたいんだよ。女の子がいっつも同じ服じゃかわいそうだよ。いつも私たちのために頑張ってくれてるリムちゃんにせめてものお礼」
そう言って、コルバーニさんが選んでくれたのは、コルバーニさんと色違いの水色のワンピースだった。
「ゴメンね、私とおそろいで。でも、リムちゃんってこういう清楚なのが絶対似合うと思ったんだ。それに、大切なペンダントも青でしょ? だからそろえたいな……って。……嫌かな?」
「ううん、全然! 凄く……嬉しい。色も綺麗だし、デザインも可愛いし! なんか嬉しい」
コルバーニさんはホッとしたように笑った。
「私も楽しいよ。リムちゃんはこういう時間がもっとあっていいと思ってたから。それは私からのプレゼント。旅のときは着て歩けないけど、こういうオフのときは……ね」
私はコルバーニさんの言葉に自然に頷いていた。
それからあっという間に時間は過ぎていき、ふと気付くと夕闇が周囲を覆っていた。
「さて、じゃあ本日のメインだね。星空見に行こうか」
私は頷くと、コルバーニさんが手を繋いできたけど、それに任せて一緒に歩いた。
そして、闘技場前の広場に着くと、そこには空いっぱいに覆い尽くす星の海が広がっていた。
「わあ……」
「綺麗だね……」
私は言葉も無く頷いた。
「一緒に寝転がらない?」
私は頷くと、そのまま一緒に寝転がった。
「なんか……まるで空から落っこちてきそう」
「相変わらずリムちゃんはロマンチストだね」
そう言ってコルバーニさんは横向きになると、私に言った。
「この旅が終わったら……リムちゃんはどうするの?」
「え? そうだな……やっぱりおじいちゃんを見つけて、元の世界へ帰る事かな……コルバーニさんは?」
「私は……どうしようかな。今、考えているのは世界を巡りたい。世界を巡って、結晶病で苦しんだ人たちや、そのご遺族のために何かをしたい」
「それは、前に言ってた贖罪なの?」
「そうだね。私とユーリは罪を償わないといけない。そのために残りの人生を費やす責任がある」
私はコルバーニさんの横顔をじっと見た。
そこからは何の感情も読み取れなかった。
そのせいなのかな。
自然に言葉が零れた。
「それで……幸せなの?」
コルバーニさんは私の目をジッと見ると、困ったような表情で言った。
「幸せでは無いよ。でも、やらなきゃ。それが償いなんだよ」
「コルバーニさんはずっと苦しんできた。あの時だって自分に出来る最善を尽くしたと思う。なのにまだ苦しむの?」
「でも実際に私があそこでユーリを殺していれば、結晶病は広がらなかった。それでどれだけの人が苦しんだ? 私がこの世界に来て、紛れもなく『選ばれた者』だった。万物の石を完全に破壊できる人間だった。でも……しなかった。愛する人を犠牲に出来なかった。だから」
「仕方ないよ。誰だってそんな事……」
「でもやらないと行けなかった。だから今度は迷わない。必要なら……ユーリを殺す。ライムも」
そう言ったコルバーニさんの目は迷いの無い輝きを見せていた。
でも……それって……
「一人で……背負わないで。みんなで……」
「リムちゃん。分け合えることと一人で背負わないと行けないことは間違いなくある。……さて、そろそろ来るかな」
え? 誰……が。
その時。
背後で草を踏みしめる音が聞こえた。
音の方を見ると、そこには……
「アンナ……さん」
アンナさんは戸惑ったような表情で私たちを見下ろしていた。
「先生……これは、どういう……二人だけで話がしたい、って……」
「悪いなアンナ。そろそろハッキリさせておきたいと思ったんだ。色々と」
え? それって……なんの?
私の視線をじっと正面から見返すと、コルバーニさんは静かに言った。
「リムちゃん。アンナとお幸せにね。私、とっくにあなたの事は好きじゃ無かったんだ」
「コル……バーニさん。え?」
「聞こえなかったかな? もう一度言うね。私はもうリムちゃんには恋愛感情は無い。飽きちゃった。石の力を持ってるあなたなら色々と利用価値があるかと思ったけど、もう使えないじゃん。贖罪の旅もさ、一緒に来てもらえば使い道もあるかと思ったけど、ただの女の子を連れてく程暇じゃ無いんだよ」
私は呆然とコルバーニさんの言葉を聞いていた。
嘘……だよね。
「先生……」
「だからリムちゃんはアンナにやる。お前らはお似合いだろう。割れ鍋に綴じ蓋ね。せいぜいリムちゃんを支えてやれ。私は一抜けだ」
「コルバーニさん、バレバレの嘘つかないで! そんな事……」
「嘘じゃ無い!」
コルバーニさんの怒鳴り声に私はビクッと思わず身体が固まった。
「リムちゃんは単なる道具! だから、あなたも私を道具と思って! おたがいそれでいい……愛とか信頼なんていらない。私たちには」
そう言うとコルバーニさんは私たちに背を向けて歩き始めた。
「先生……それで、いいのですか?」
コルバーニさんは立ち止まると、私たちを振り返った。
その顔は能面のように無表情だった。
「何回も同じ事を言わせないと行けないなんてね……やっぱりあなたたちは……いらない。一緒に旅はしてあげる。でも、仲間とは思わないで」
そう言ってコルバーニさんは歩き出した。
そして二度と私たちを振り返らなかった。
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