小さな恋の歌(5)
闘技場を見下ろす丘は、朝と同じく人の気配は無くて赤い夕焼けの光が丘全体を包み込み、その絵画のような光景と、吹き抜ける優しい風が何とも言えない心地よさを肌と耳に与えてくれていた。
気持ちいい……
「ありがとね、ここスッゴく良いところだよね。私、気に入っちゃった! またみんなで来ようね」
そう言ってアンナさんを見ると、何故か私に背を向けて立っていた。
さっきからどうしたんだろ。
そういえば歩き出してからアンナさん、一言もしゃべってない。
「どうしたの? ごめんね。私何か変なこと言ったかな」
私の言葉にアンナさんは背を向けたまま首を横に振って、淡々とした口調で言った。
「有り難うございました。とっても楽しかったです。今日1日」
「う、うん。私もすっごく楽しかったよ。色々あったけどさ、それも私たちらしくていいよね。あれだよね! 次2人で出かけたときは……」
「次はないので」
その言葉に私は思わず言葉が出なかった。
え? それって……
「今日は本当に有り難うございました。これで……諦められます。あなたの事を」
「え……それって、どういうこと?」
アンナさんは私に振り向くこと無くしゃべりだした。
「ヤマモトさん、私だって女の子です。あなたの……好きな人の気持ちくらい分かります。あなたは本当は……先生を」
私はその場に立ち尽くしたまま、アンナさんの背中を呆然と見ていた。
「今日はワガママいってごめんなさい。でも、最後に……思い出が欲しかった。2人だけで過ごした時間が欲しかった。冒険する仲間じゃ無くて、1人の女の子として。他の誰でもなく、私だけを見てくれるヤマモトさんを見てたかった。それを宝物にして、生きていこうって……」
アンナさんの言葉が震えていた。
泣いてる……
「だから、今日で終わりです。これっきりです。明日から……ううん、宿に戻ったら私は『ヤマモトさんの従者』に徹します。もう……困らせたりしません。先生との事も……笑って応援します。……従者として」
「アンナさん……」
「来ないで! ……下さい。もっと……苦しくなっちゃうので。どうか、私に従者として、振る舞わせて下さい。『帰るよ』って命令……して……下さい」
アンナさん。
私はアンナさんとの今までを思い出していた。
この人は……ずっと私なんかのために。
必死に戦って、必死に悩んで、必死に……苦しんでくれてた。
ずっとずっと。
エルジアさんのお屋敷で、私のために泣いてくれた。
サラ王女との戦いでも、自分が死にそうなのに私の事ばっか。
この人の言う言葉って本当にビックリするくらい「ヤマモトさん」が多いよね。
家族思いで、剣の天才なのに実は剣が大嫌いで、ホントは勉強や本を読むのが大好きで、おっちょこちょいだけど、すっごく頭の良いときもあったり。
そうだよね。
あなたって、初めて会ったときも家族のために煙突掃除してたよね。
アンナさんっていっつも誰かの事ばっか。
そんなあなたにとって、今日ってきっと勇気出したんだよね。頑張ったんだ。
そして……ああ、なんで……こんな私なんかに。
気がつくと私は自然に言葉を出していた。
「アンナさん……有難う。こんな私なんかに。正直に言うね。私、アンナさんの言うとおりコルバーニさんのこと……好きかもしれない」
アンナさんは身体をビクッと震わせた。
「でもね……アンナさんの事も好きなんだ。私、二人とも……大好き」
「……ヤマモトさん、それは……辛いです」
「分かってる。私って……酷い人だよね。でもさ……同じくらい好きな人を切り捨てるなんて出来ないよ。アンナさんとのことを最後なんて出来ない。って言うかしたくない。だって大好きなんだからさ……」
私は話しながら自分が泣いているのが分かった。
「本当にゴメンなさい。でも私……本当に分からない。二人とも……大好きなんだから」
嗚咽をもらしながら両手で顔を覆った私に、そっと背中に手が置かれるのが分かった。
「私こそ……ゴメンなさい。ヤマモトさんを追い込むような事しちゃって。無理やりにデート、とか。私……怖かったんです。でも先生には勝てる気がしなくて。だから無理にあきらめちゃおうって」
私は泣きながら首を振った。
「違う……あきらめないで。アンナさんに離れて欲しくない」
「大丈夫です。離れません。私は……あなたの事が誰よりも好きだから」
「ゴメン……なさい。アンナさんだけを選べなくて」
「焦らないで下さい。ゆっくりと……この旅が終わったときか、それから先か。ヤマモトさんの好きな時に選んで下さい。私か……先生か」
私は泣きじゃくりながらこくりと頷いた。
「でも、正直嬉しかったです。私と先生でそんなに悩んでくれた事が。お辛いのにこんな事言ってすいません。でも……嬉しい」
私は返事できなかった。
なんて女なんだろう。
アンナさんの誠意に答えられなかった。
「私はこれからも先生には負けません。全力であなたのそばに。そしていつか……あなたに選んでいただきます」
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