小さな恋の歌(2)
翌日。
アンナさんからの提案でまだ朝靄の立ちこめる中、宿屋から少し離れた食料品屋さんで周囲をキョロキョロ見回しながら、アンナさんを待っていた。
「しっかし、アンナはんもせっかちやね。こんな朝早くじゃデートも何もないやん。どこのお店も閉まっとるよ」
「そうだよね。これじゃなにも見れないよね。でも、この雰囲気も悪くないじゃん。街の朝靄って不思議な雰囲気が合って大好きだよ。この世界に来て朝靄の綺麗さを知ったよ」
「その通りです、ヤマモトさん! この不思議な景色こそがデートの第一弾です!」
いきなり聞こえた大声にビックリして横を見ると、いつの間にかアンナさんが立っていた。 右手には「どこに旅立つんですか!?」と聞きたくなるようなデッカいバスケット。
「え? アンナさん。そのおっきなバスケットって……朝ご飯?」
「はい! 昨夜厨房を借りて朝食を作ったのです。自分で言うのも何ですが、最高傑作が生まれました! では早速行きましょう」
そう言ってアンナさんはスタスタと先に歩き出した。
スッゴく楽しそうだな……
そんなアンナさんを見ると、私もワクワクしてきた。
朝靄に包まれた街の景色は、建物のガラスの極彩色のような淡い光も相まって、別の世界に迷い込んだようだった。
そんな中、二人で歩いているとやがて、闘技場を見下ろす小高い丘に着いた。
「さ! ここで早速朝ご飯にしましょう」
いそいそとバスケットを開けて中を見ると、そこには色とりどりのお肉や野菜、果物の数々が……美味しそう。
「すごいね……アンナさん、本当に料理上手だよね」
「ずっと弟や妹たちのご飯を作ってましたから。でも、こんなにワクワクして作ったのは初めてです」
恥ずかしそうに話すアンナさんを見て、私も釣られて笑顔になる。
「良かった。アンナさんも自分の幸せのために時間使ってもいいと思う」
「それは……今です」
私の目を真っ直ぐに見つめて話すその姿に、思わず目を逸らしてしまった。
アンナさんって……結構ストレートに来るんだな。
一緒に朝ご飯を食べながら丘から見下ろす街の景色を眺めていると、心がホッと穏やかになってくる。
アンナさんとデート。
最初はどうなるかと思ったけど、案外穏やかで静かな時間が流れていくのかな……
そんな事を考えながらアンナさんを見ると、顔を真っ赤にしながら何やらギクシャクとロボットみたいに右手を上げ下げしている。
……ど、どうしたの?
「え? アンナさん……大丈夫?」
「さ、さ、さて……さて……ヤマモトさん。手、手を……ギュッと!」
思いっきり声が裏返りながら、アンナさんは「ウイ~ン!」と言う擬音が似合いそうな感じで右手を差し出した。
あ、そうだ!
確か、今日はアンナさんの出したいくつもの「条件」が……
何だったかな……確か。
その時、ラームの言葉が聞こえた。
「手を繋ぐ。腕も組む。お互いパフェをあ~ん。アンナさんいいこいこ、で頭撫で撫で。膝枕。夜空のお星様を見ながら「アンナさん、大好き」お揃いの服を買う。やね。うちがバッチリ覚えてるから」
そうだった!
しかし、言葉で聞くと凄い内容だな……
私はおずおずとアンナさんの手を握った。
アンナさんの手……まるでお水につけた後みたいに汗で濡れてるけど、大丈夫!?
「ああ……ヤマモトさんの手の温もり……もう死ぬまでこの手は洗いません」
いやいや、洗って!!
手を繋ぎながら再び街に降りると、すでに街は完全に目覚めていて、市場も人の往来で熱気に満ち満ちていた。
「やっぱり何回見てもいいよね。こっちまで力をもらえるみたい」
「…………」
「アンナさん? どうしたの?」
返事が無かったので見ると、強ばった顔でずっと真正面を見ていた。
緊張しきっているのがすっごく伝わってくるよ……
(手ぇ繋いだくらいでこれって、この先大丈夫なんか? この子)
(ちょっと休んでもらった方がいいかな、ラーム)
(やね。でないとこの子ぶっ倒れるでぇ)
「あ、アンナさん。良かったら近くのベンチで休んで……」
と、言いかけたけど、アンナさんが何やら小声でブツブツつぶやいているのが聞こえて、思わず顔を近づけた。
「……大丈夫。私は出来る。私は出来る。昨夜一睡もせずに練習した。私は出来る」
ちょ……アンナさん? なに言ってるの?
脳内クエスチョンマークが飛び交っていると、いきなりアンナさんが「見えた! 隙あり!」と言って私の左腕に飛びついてきて、そのまましがみ付いた。
「え? え? なに、これ!」
「腕組みです! 条件に書きました! 達成!」
え!? いやいやいや、腕を組むって……こういうものなの?
柔道じゃないんだから!
「ちょ……あかんでアンナはん! それ、どう見てもリムはんから、何か引ったくろうとしてるみたいや!」
ほ、ホントだよね……って、みんな私たちを遠巻きにしてる!?
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