欲張りアンナさん

「あ……それは……でも、みんなが何て思うか……もっと他の事の方が……」


「ああ、急に怖くなってきました! 身体が震える……もう震えて剣も持てない!」


 アンナさんが後ろを向いて、身体をブルブル震わせだしたので、私は慌てて言った。


「えっ!? ご、ゴメンネ! 分かった、アンナさんが勇気出るのなら何でも言って」


 アンナさんは首がもげるかと思うくらいの勢いで私の方を見た。

 う、うわ! 顔が近い……


「何でも……ですか?」


「う、うん。あ、でもね! 限度が……」


 言いかけた私の言葉など耳にも入ってない風で、アンナさんはバッグから取り出した羊皮紙に何やらせっせと書き始めた。

 そして、私にまるで一昔前の漫画で見た「ラブレターを渡す女子」みたいに顔を伏せて両手で突き出した。


「読んで下さい! そして、ぜひ前向きなご検討を!」


 えっと……

 中身を読んだ私は思わず目を見開いた。

 えっと……これ、いいの?


 そこには


「アンナが勝ったら2人でお出掛け」

「5分で勝ったら手を繋ぐ」

「4分ならプラス腕も組む」

「3分ならプラス、お互いパフェを『あ〜ん』で食べさせる」

「2分ならプラス『アンナさん、いいこいいこ』と言いながら、アタマをなでなでしてくれる」

「1分ならプラス膝枕」

「30秒なら、2人で夜空のお星さまを見ながら『アンナさん、大好き』と、とびきり可愛く言ってくれる」

「オプション。アンナが無傷なら一緒にお揃いの服も買う」


 えっと……


「ど、どうですか?」


「えっとさ……確認なんだけど、アンナさん……ホントに怖いんだよ……ね?」


「も……もちろんですよ! なにを……言ってるんですか。信じてくれないんですか! ほら、こんなに足が震えてるのに……」


「これ、いいよって言ったら、勇気出るの?」


「は、はいぃ! もう勇気百倍! 地獄の悪魔だって倒せます! でも……今は泣きそうなくらい怖いです。ほら、足もこんなにガタガタ震えてる。ああ! もう……怖くて気を失いそう」


 よ、よし!

 アンナさんだって怖いのを頑張ってるんだ。

 私だって!

 それに……それほど……イヤじゃないし。

 あ、何で私赤くなってるんだろ……


「う、うん分かった。その通りにする。だから……勇気だして!」


 その途端「にへら〜」と言う表現がピッタリな顔になると、脱兎のごとくコルバーニさんの所に走り出した。


「先生! やっぱりやります、やります! 戦います!」


「はあ? アンナ、貴様さっき嫌だと……」


「はて? それは先生の空耳では? 私はいつでも先生のためならこの生命、投げ出す所存。先生だけにこのような勝負をさせるのは弟子としてあるまじき事。ぜひ私も共に!」


「何かエラく引っかかるが……まあいい。では予定通りいくぞ。あ、ちなみに出来るだけ派手に倒せよ。そのほうが名を売れる」


 アンナさんは私をチラリと見ると、またにへら〜と笑顔になって悠々と舞台に向かった。


「ヤマモトさん、お手数ですが時間を計っていて下さい」


「う、うん」


「うちが計っとくから安心せいや」


 そこには鎖鎌を持った毛むくじゃらさんがイライラしながら待っていた。


「遅いぞ小娘! 怖くなって逃げようとしたのかと思った」


 毛むくじゃらさんの言葉に、アンナさんはニコニコ機嫌良さそうな感じで手袋を着けながら答えた。


「穴熊。待たせたお詫びにちゃっちゃと済ませてあげる。30秒以内で」


「はあ?」


 毛むくじゃらさんは明らかに怒った表情で、顔を引きつらせた。


「おっと、さっきの言い方は失礼だったわね。ごめんなさい。お詫びの印に、あなたの攻撃待っててあげる」


「お嬢ちゃん、ちなみにだが、なぜ剣を抜かないんだい?」


「ああ、これ。貴方を出来るだけ派手に倒せ、との事だから。それにこっちも30秒以内に片付けたいのでスピード重視でね。大丈夫、殺さないから」


 そう言いながら、指先でちょいちょいと誘うような仕草をするアンナさんに、怒りで顔が土気色になった毛むくじゃらさんは無言で鎖鎌を飛ばした!……けど、いつの間にかアンナさんの姿が……ない!?

 と、思ったらいつの間にか毛むくじゃらさんの足元に滑り込んでいた。


 そして、鎖の方に向き直ると「はあっ!!」と鋭い声と共に剣を抜くやいなや、そのまま鎖に切りつけて……断ち切っちゃった!?


「へ?」

「なに?」

「はあ?」

「おあっ?」

 

 私と毛むくじゃらさん、スキンヘッドさん、そして隣の痩せっぽちさんがそれぞれ、間の抜けた声を上げるとともに、アンナさんの剣は毛むくじゃらさんの喉元に突きつけられていた。


「へえ……やるじゃんチンチクリン。気をぶつけて鎖を切るなんて」


「へ? リーゼさん、何ですそれ?」


「気は気よ。身体のエネルギー。それを練り上げて鎖にぶつけた。気というのは決してオカルトじゃなくて、ちゃんとした剣の技なのよ。それによって力や感覚等、身体の能力を引き出す」


 あ、そう言えば……あれって居合い切り?

 前にテレビであんな感じで氷柱切ってたおじさんいたな……


「勝負あった、ね。指輪! 時間は!」


「10秒やでえ!」


「……嘘でしょ。弱すぎ。10秒のオプション付けてれば良かった」


 そう悲しそうに呟くと、アンナさんはへたり込む毛むくじゃらさんに一礼して戻って来た。

 周囲からは大歓声!


「凄い凄い、アンナさん。あんなの始めてみた! カッコよかった!」


「え、そ、そうですか。えっと、ヤマモトさん。あんなので良ければ……いくらでもお見せします。……デートの時に」


 と、アンナさんはこっそり耳打ちしてきた。

 う〜ん、ホントに怖かったのかな?

 ま、まあいいや。

 約束は約束!

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