気まずい二人と指輪の子(3)

「リーゼさん! お願い、返事して!」


 頬を何度も叩きながら私は目の前が涙でぼやけるのを感じた。

 心臓が……止まってる。

 そんな……


死霊レイスの手は相手の生命エネルギーを奪うさかい。リーゼはん、リムはんをかばうときよりによって心臓の真上を触られてもうたんやな……南無南無」


「念仏なんて唱えないでよ、おバカ! どうしよう……どうしよう」


 私は両手で顔を覆った。


「石の力さえあれば……今の私じゃ役立たずだよ! なんでライムは……こんな」


「リムはん、それは訂正しや」


「え?」


「あんた、今あきらめてるやろ? 万物の石がないとなんもできん。アリサはんたちが居ないとなんもできんって。なんも考えんとあきらめれば、どんな賢人でも役立たずや。『わたし、役立たずだから無理です』あれまぁ、楽な言葉やわぁ。でも、そう思った瞬間、人は本当に役立たずや」


「ラーム……」


「ほんまに考えたんか? 脳みそがプシュ~って湯気出すくらい考えたんか? あんた、いつの間にか石の力に頼りっきりになっとったんやないかえ? 仲間や身近な便利グッズちゅうのは頼るもんやない。力を借りる道具や。コントロールするもんや。掃除機や洗濯機は便利やけど、あんたの人生を救ってはくれひん。救うのはあんた自身や……自分の脳みそを信じい! 信じてもらえん脳みそほど可愛そうなのはあらへん。そうやろ! 山本りむ!」


 その言葉に私はまた胸の奥がカッとなるのを感じた。

 自分を……信じる。


「この世界に来た頃から順に思い出してみい。本当に何もできひんの? 打つ手は本当にないんか?」


 打つ手……順番に……

 その時。

 私の脳裏に雷鳴のように浮かんできた。

 この世界に来たばかりの頃。

 まだライムが一緒だった頃。

 泉のほとり。

 倒れているブライエさん。

 そして……


「リーゼさん! ごめんなさい!」


 そういうと私は急いでリーゼさんの鎧を外そうとしたけど、外し方が分からない。

 くっ! 時間が……


「横に小さい金具があるやろ、そこのフックを外しい。上から3箇所あるから気いつけや」


「ありがとう」


 それからラームの言うとおりに順にとめ具を外して、リーゼさんの鎧を取り、下の分厚い服もはだけさせて胸元の素肌を露出させた。

 ごめんなさい!

 そして、私はリーゼさんに心臓マッサージを開始した。

 そうだ! 私には……これがあった。


「1・2・3……」

 

 冷静にカウントしながら肋骨を折る勢いで心臓に圧力を加えると、次にリーゼさんの唇から息を吹き込む。

 それを繰り返す。

 お願い……お願い、神様!

 やがて……


「オッケーや、リムはん。リーゼはんはたった今、息を吹き返した」


「え……」


 私は虚脱状態で返事した。


「幽霊さんにエネルギー奪われたのに……心臓マッサージで……」


「そんだけあんたの手技が上出来だったちゅうことやね。後、リーゼはんが上手く身体をさばいとったから、かすっただけやったのも大きかった。仮死状態だったわけやね。リーゼはんを救ったのは石や無い。あんたや」


「わたし……」


「そう、あんたや。ブライエを救った時。この世界に来たばかりのとき、オリビエを助けに戻ったやろ? あの時の勇気もそう。あんた自身の意思の強さの結果やえ」


 呆然としていると、膝枕しているリーゼさんがポツリと何か言うのが聞こえた。


「ママ……リタ……やだよ」


 そう言いながらリーゼさんの目から涙が一滴流れているのが見えた。

 リーゼさん……

 思わずリーゼさんの頭を優しくなでた。

 小さい頃、パパやママにしてもらったときのように。


 リーゼさんの顔を見ると……笑っていた。

 まるで子供のように。

 私は気がつくとリーゼさんを抱きしめていた。

 この人も……寂しいんだ。


「リーゼさん……」


「え……リム……ヤマモト……なにしてるの?」


 え?

 慌てて身体を離すと、リーゼさんが顔を真っ赤にして呆然と私を見ていた。


「あ、あ、あな……た。なんで……わた……わたしを……だきし」


「え!? い、いや……これはその……訳があって」


「そ、それに……服……きゃあ! む、む、胸……み、見ないで!」


「あれまぁ。リーゼはん、命の恩人にいけずやわぁ。リムはん、あんたにずっと心臓マッサージしとったんよ」


「し、し、心臓?」


「そやよ。胸を押さえてマッサージするちゅうやつや。その合間合間にキスして息を吹き込む。そうするとあら不思議。止まっとった心臓がまた動き出すちゅうやつや。リムはん、それはそれは熱心にやっとったでぇ。リーゼはんの裸の胸をギュッと押さえてはキス。押さえてはキス……」


「その言い方やめて! リーゼさん誤解するでしょ!」


 リーゼさんは呆然と私を見ていたけど、ワナワナ震える口をやっと開いて言った。


「ど、どうしよ……できちゃう」


「へ?」


「リム・ヤマモトと私の間に赤ちゃん! どうしよう……ああ……ライム様に顔見世できない……」


「あ、あかちゃ……へ?」


「そうでしょ! 書物で読んだのよ! 赤ちゃんはキスした相手との間に出来てコウノトリが運んでくるって!」


 私はぽかんと口が開きっぱなしになった。

 ……へ?


「あれまあ、リーゼはんそっちの知識は独学やったんかぁ。まぁ、おもろいからそのままにしとこ」


「そんな訳に行かないでしょ! あなたが余計なこと言うから……って、何か音が……」


「羽音やね。おお、あれは……」


 その羽音は段々大きくなり、少しすると近くの茂みから何か飛び出してきた。


「きゃあ!」


 驚いて顔を伏せると、その羽音は私の近くでブーン、と鈍い音を出して止まっていた。

 それは……


「おタマちゃん!」


 そう。それはすっかり見慣れた私の相棒。

 真っ黒なまん丸に可愛い羽を生やしたおタマちゃんだったのだ。


「あ、そっか。ライムはんが石の力を封じた段階で外にでとったんやね。だからそのままだったんか」


「良かった……無事だったんだ。会いたかった」


 すると、おタマちゃんは私の前で少しの間ホバリングすると、やがて左側にゆっくりと飛び始めた。


「リムはん、リーゼはん。行くで。おタマはんは案内しようとしてるんや」


 案内って……もしかして。


「ちょ、ちょっと待って! 服を……」


 慌てて服を直しているリーゼさんのお手伝いをしようとしたら、リーゼさんは「いやぁ!」と短く悲鳴を上げて後ろを向いた。


 い、いやぁ! って……ちょっと可愛いかも。


「リ……リム・ヤマモト……後で話があるわ」

 

 そういうと真っ赤な顔のままおタマちゃんについて歩き出した。

 わたしも急がないと!

 

 そして、しばらく着いて歩いていると、広い空き地に出た。

 そこに居たのは……


「……みんな!」


 そう。

 別れてしまったみんながいたのだ。

 泣いちゃいけない。

 そう思いながらも、私は涙がぽろぽろこぼれるのを止められなかった。


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