気まずい二人と指輪の子(2)

 翌朝、私たちは深い樹海の中を歩き始め、一路クレドールを目指した。

 リーゼさんが言うにはあと2日らしいけど……


「ライムやサラ王女は大丈夫かな……」


「あれまあリムはん、あんたほんまにお人よしやな。あの二人にえらいひどい目合わされたのに『しね~』とか思わへんのやね」


「そ、それとこれは別でしょ! サラ王女だってお父さんと色々有るんだろうし、ライムは……友達だから。大切な」


 ラームは少し黙っていたけど、やがて指輪からまたホログラムみたいに顔が出てきた。


「あんがとな。そう言ってもらえて嬉しいわ。うち、ライムはんの分身やさかい。あの子はほんま優しい子やで。優しすぎて賢すぎて色々考えてまう。アリサ・コルバーニはんもやけどな。あんたと優しいとこは一緒やわ。みんな、うちみたいにもっと単純に考えればええのに。シンプル・イズ・ベストやわぁ」

 

「ん? って言うかラーム。『優しいとこは一緒』って『賢すぎて』はちがうの!?」


「後、サラはんもやね。あの子もかわいそうな子なんや。まあ中身はぶっ壊れと

るから難儀な子やけど。まあ、えらい痛めつけられたようやさかい、根にはもっとると思うけど堪忍したって」


「その言い方ちょっと……って言うか、私の質問!」


「レディは小さな事は気にせんのが美徳やえ。そんなんやとアリサはんやアンナはんの愛もスープのごとく冷めてまうよ。あ、今うち、ええ事言った。リムはん、褒めておくれやす」


「大丈夫よ。あの二人……特にライム様は必ず生きている。あの程度で死なない。あのお方は勝算の無い行動はしないから」


 前を歩くリーゼさんがキッパリと言った。

 でも、それは……なんだか自分に言い聞かせているように感じた。

 

 で、それはいいんだけど……気まずい。


 ラームも訳わかんないけど、何よりリーゼさんと居るのが……気まずい。

 冷静にこれまでを思い返すと、この人って私に特大の危害を加えてきてた人なんだよね。

 うう……そう思うと急に緊張してきた。


 いや! それじゃダメだよ!

 こういう時はコミュニケーションだ!

 お互い話をすれば雰囲気もほぐれる……はず。

 よ、よし!!


「あの……リーゼさん」


「なに?」


「えっと……その……ご、ご趣味は?」


「無いわ」


「あ……はあ」


 どうしよう……

 よし、じゃあ女子らしく恋バナを……

 学校でもクラスのみんながよくそんな話をしてたな。

「え〜! じゃあ◯◯の好きなタイプって誰?」とか言って、楽しそうにしてたな……


「あの……リーゼさん」


「なに?」


「よろしければ、好きな男性のタイプを……」


「いないわ」


「……有り難うございます」


 ああ、もうダメだ。

 と、思ってると指輪からラームがコソッと小声で話しかけてきた。


「よっしゃ、リムはん。うちが助けたるわ」


「え? 有り難う」


 ラームの助け舟にホッとしながら返事した。

 ああ……緊張して喉が渇いちゃった。

 お水飲も。

 そして次の瞬間。

 指輪から私の声で言葉が発せられた。


「ねえ、リーゼさん。さっきの好みのタイプだけど、私とかはどう?」


 ぶおっ!

 ゴホッ……お、お水全部吹き出した!!


 流石にリーゼさんは目を見開いて振り向いた。

 

「え、えっと、その、あれは……」


「……リム・ヤマモト。あなたってそっちの人?」


「え、え? あの……」


 と、言いかけてコルバーニさんとの、そしてライムとのキスを思い出した。

 あ、ああ……ドキドキしてきた。

「違います!」と言いたいのになぜか口が動かない。


「まあ、私は個人の性的指向にアレコレ口は出さないけど……そっか、だからアリサやライム様にやたらと……そっか」


 そ、その「そっか」ってなんですか!?


「良かったなリムはん。1番コミュニケーション取れたなぁ」


 う、うるさい!


「それより、リム・ヤマモト。ここは樹海でお世辞にも歩きやすいとはいえない。しかも外敵も多い。体力を温存なさい。無駄なおしゃべりは慎む事。体力消費するから」


「は、はい」


 慌てて返事しながら周囲の木々を改めて見る。

 高く伸びた幹から広がる枝葉は、太陽を覆い隠すくらい。

 そのせいか、常時薄暗くて時間間隔を失いそうになる。

 いや、リーゼさんが適時おおよその時間を教えてくれるから何とかなってるけど、そうでなかったら完全に方向も時間も失って、パニックになってたかも……


「リーゼさん……有難うございます」


「ん? どうしたの急に」


「リーゼさんが居なかったら、私1人じゃ今頃どうなってたか。だからお礼を言いたくて」


「気にしなくていいわ。あくまでもライム様のご命令だから。そうでなければとっくに見捨てて私1人で帰ってたわ」


「でも、今は助けてくれてます。それにリーゼさんは多分……ライムの指示が無くても助けてくれた気がしてます」


「……行くわよ」


 そう言って足を進めようとしたリーゼさんは、突然立ち止まった。

 どうしたんだろ。

 不安になってリーゼさんの背中を見てると、静かに私を振り向き小声で言った。


「引き返すわよ。この先はまずい。嫌な気配がする……恐らく死霊レイス


 レイス!?

 それってRPGとかに出てくる幽霊さん……


「あれまあ、レイスは銀製武器でないと効かへん。リーゼはん、脱出の時落っことしてまったさかい。銀の短剣ダガーしか持っとらへん。遭遇したら大ピンチやねぇ」


 そ、それは大変……

 鳥肌が立つのを感じながら、リーゼさんと共にそっと引き返そうとしたとき。

 リーゼさんの背後にボロボロの布をまとった、ひょろ長い背の人が立っているのが見えた。

 でも、それは全体に透き通っていて、まるで……


 私が見たことの無いその姿に呆然としているほんのわずかな時間。

 その人は私に向かって流れるようにその手を伸ばしてきた。

 え……


「ばか!」


 そう言ってリーゼさんが私を包み込むように抱きしめ、その直後リーゼさんが苦痛に満ちた悲鳴を上げた。


「リーゼさん!」


「触れられた……逃げなさい!」


 え! え!?

 何が何だか分からない。

 でも……


 その時。

 耳元で誰かが囁く声が聞こえた。

 誰!?


(たのしいよ。幽霊さんとあそぼ。他の二人とも遊ぼ。私、つまんない。お友達いなくなっちゃったもん)


 その声は私の意識を急激に夢の中に引きずり込むような力だった……

 その浮遊感に意識を連れて行かれそうになった時。


「リムはん。リーゼはん見捨てるのん?」


 ラームの声が輪郭を持った異物のように脳に入ってきて、私はハッとまるで夢から覚めたように意識が戻った。


 今まで……なにを?

 でも……楽しかった……

 って、それどころじゃない!


「いや! 見捨てるのはいや……リーゼさんを守る。短剣はどこに!」


 私の言葉にリーゼさんは顔から脂汗を出しながらぽかんとしてたけど、ラームの声が聞こえた。


「右側のお尻の辺りやえ」


 その声と共に、私はリーゼさんのお尻から銀の短剣を抜いた。


「リムはん、あんたは石をもう使えん。もう奇跡の使い手じゃあらへん。ただの女の子や。これからはあんた自身の力と知恵で戦わなあかん。そして周りの人間を信じて使いこなさなあかん。でも大丈夫。うちの言うとおりに動きや」 


「うん」


 自分の声が驚くほど震えているのが分かる。 

 いや、手足もハッキリ分かるくらい震えてる。

 右手の短剣はサバイバルナイフ程度なのに、まるで体育で持った竹刀みたいに重く感じる……


「リムはん、大丈夫や。うちの言うとおりすれば誰も死なへん。約束するさかい信じぃ。ただ死霊レイスから目ぇ反らしたらあかんよ。即、この世からさいならや」


 私は返事も出来ずにコクコクとうなづく。

 額からの汗が目に入ってくる。

 歯のカチカチとなる音がうるさいくらい。

 でも、幽霊さんから目をそらしたらいけない……ラームの言うとおりにすれば……大丈夫。


「まだや……もうちょい……うちがゴー! 言うたら短剣を10時から3時の方に真横に思いっきり振りいな。顔の高さでな……ゴー!」


 ラームの言葉のままに短剣を振る。10時から3時……顔の高さ!

 すると、バッチリのタイミングで短剣が飛び掛る幽霊さんの右わき腹を切りつけた!

 幽霊さんは明らかに分かる苦悶の表情で後ずさりした。


「よっしゃ。これでちょいとだけ足止めできるわぁ。リムはん、リーゼはん逃げんでぇ!」


 私が肩を貸すと、リーゼさんは何とか立ち上がりよろよろしながらもその場を離れた。

 

「たぶん、5分は足止めできるわ。でも、つぎ追いつかれたら大ピンチやから、気い入れて逃げんとな。あとな……リムはん、さっきの一撃素晴らしかったで。あの動きはアリサ・コルバーニも真っ青や」


「ううん、ラームのお陰だよ」


「ホントの事をいうたらあかんよ」


「ラーム、謙虚さ!」


 5分……

 それまで離れなきゃ。


「リム……ヤマモト……私を……置いていきなさい」


「嫌です!」


「私が……いないと……進めないから? ラーム……あなたなら……」


「そうじゃない! 仲間を見捨てるなんてヤダ! それにリーゼさんは私を助けてくれた。だから私だって」


「あなたって子は……」


 それから必死に歩いて歩いてラームが「安全地帯到着や」と言ってくれたので、私はヘナヘナとその場に座り込んだ。

 助かった……


「改めてありがとう、ラーム。おかげで……助かった」


「おおきに。うちはライムはんの分身やからな。あの程度お茶の子さいさいや」


「そうかもね……」


 疲れきっていて返事もしんどいな。

 そう思ってふとリーゼさんを見ると……


「リーゼさん?……リーゼさん!」


 リーゼさんの顔色は土気色になっていて、呼吸が……止まっていた。


 


 


 


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