第3部:リムの世界
気まずい二人と指輪の子(1)
「リム・ヤマモト。まぁだやってるの? いい加減疲れない?」
「……大丈夫です。お構いなく」
飛行船から近くの樹海に不時着(?)して半日。
うっすらと夕闇が迫る中、ひそかにおタマちゃんを出そうとしたけど、ライムが言ったとおりペンダントは全く反応しなかったのだ。
「ライム様のお言葉を律儀に守って、指輪を外そうとしないのは褒めてあげるけど、あの方が無理と言ったら無理なの。諦めなさい」
リーゼさんはそういうと、担いできた小型のイノシシのようなモンスターをナイフでさばきだした。
「食料はあるけど、目的地まではまだかかるから適時調達しないとね。お腹すいてると思うけど待っててね。残りは燻製にして持ち歩くから」
「えっと……お手伝いしましょうか?」
「結構よ。素人が手を出すと余計エラいことになるでしょ」
うう……そりゃそうだけど。
「……私をどうするんですか?」
おずおずと話しかけた私にリーゼさんはこともなげに言った。
「まずはアリサたちと合流する」
「えっ!」
「なにポカンとしてるの。そこであなたを引き渡す。そこからはあなたたちはエルジアの所に行ってもらう。そこからはエルジアが教えてくれる」
「な……なんで」
私をコルバーニさんのところに帰す? エルジアさんの所に行く? 意味がわかんない。
「当たり前でしょ。あなたたちはこれから当分長い旅になるんだから。しかも公爵から逃げながら」
「あ、当たり前って……あの……訳わかんないです。私達はおじいちゃんと会って、それで結晶病の治し方と石を無くす……」
「無理ね。ライム様の考えとしては今のあなたじゃユーリに会う事はすなわち破滅だ、と言われていた。何故かは分からないけど。逆にある存在から逃げないと行けない段階だ。それはライム様の強いご意思ね。だからそうさせる」
「なんで! コルバーニさんたちと何か話したんですか!」
「ライム様からアリサとガリアには話したらしいわ。1部だけど。全ては無理って。今頃アリサからみんなに話が行き、合流次第エルジアの所へあなたを連れて行くはずよ」
「なんで私を置いてけぼりにして話が……さっぱり分からないです……おじいちゃんに会いたいです」
「死んでもいいなら好きになさいな。あ、その時はあなたのお友達たちも巻き込んで死ぬ事になるけどね。リーダーの無理解のせいで。はっきり言うわ。ユーリの事は今は諦めなさい」
そんな……酷い。
泣きそうになりながらうつむく私を見て、リーゼさんは言った。
「ごめんなさいね。判らないことだらけだと思うけど、そう言うときこそあなたの大好きな『信じる』じゃないの?」
「そう言えばさっきの飛行船での爆発、何だったんですか? リーゼさん知ってるんですよね?」
「知らないわ。知ってたらもしかしたらライム様をお守りできたかも……って思えてイライラするのに。何でリム・ヤマモトを優先して助けないといけなかったのやら」
「リーゼさんって……もしかして私のこと嫌いです?」
「ええ、嫌いよ」
朝ごはんをお米にするか肉まんにするか聞かれた時の返事みたいに軽く返され一瞬ぽかんとしたけど、すぐにカッとなってリーゼさんをにらみつけた。
「わ、わ、私も……リーゼさん……嫌い……です!」
リーゼさんはそんな私を見て突然吹き出すと、そのままケラケラと笑い出した。
「あなたって……やっぱり面白いわね。そりゃ大嫌いよ。だってあなたは敵じゃない。今は休戦中だけど。後、忘れたの? あなた見てると妹を思い出すから」
あ、リーゼさんの……確かリタさんだっけ。
村のみんなのために治療法を探してたのに、病の大本だと誤解されてお母さんと一緒に……
「いつまでたっても甘ちゃん。裏切られるに決まってるのに、他人他人……ちょっとは揉まれて変わったかと思ったけど相変わらず甘ちゃんね」
「そ、そうかもだけど、私なりに結晶病を無くすんだ! って言う覚悟はあります。そのためならなんでもする」
「みたいね。でも、聞くけどそのためにもし仲間の誰かを切り捨てろ! となったら出来る?」
「それは……」
「そういう事。当時のアリサはあなたよりも遥かにシビアだった。ウィザードから『死神の恋人』と二つ名を付けられるくらいには。自らの手も汚してたしねぇ。そのアリサでさえ、土壇場で出来なかった。ましてやリム・ヤマモトじゃあね……」
「あのな、リーゼはん。それ、リムちゃんに失礼やとおもわへんの? うち、そういうの嫌いやわ。ライムはんに言いつけるよ?」
……なに? 今の場違い極まりない女の子の声は!?
慌ててキョロキョロする私に向かってリーゼさんは苦笑いしながら言った。
「やっとお目覚めね。ラーム」
ラ、ラーム!?
「こっちやえ、リムはん。指輪見てほしおす」
お、おす!?
指輪を見ると、おっきな黒い宝石の部分からすぐ近くにホログラフィのようにライムそっくりな……髪の色は黒髪だけど、の女の子の顔が浮かんでいた。
「きゃあ!」
慌てて指輪を振り回した私に、指輪からまたのんびりした声が聞こえてきた。
「あらまあ、ひどい事しはるわ。あんなぁ、リムはん。うちはライムはんの分身やえ。あ、ちなみに『ラーム』ちゅう名前はライムはんがつけたんよ。もうちょいひねって欲しかったけどな。名前」
「え……じゃあ、あなた……ラームだっけ? 石の力が使えるの?」
「ううん。なんも使えへん。しゃべるだけ」
はああ!?
「そないな顔せんといて。あんなぁ、うちはライムはんの分身やわ。知識も相応にあるんやで。目端も利く。あんたのお役には立てると思う……たぶん」
「たぶん?」
「リム・ヤマモト。お肉が焼けたわ。ご飯にしましょう」
リーゼさんの言葉にハッと我に返った。
ああ……すっかり変なペースに。
標準語に違和感感じちゃった……
「ええなあ、お肉。うち、お肉一度食べてみたいねん。リムはん、くれへん?」
「食べれるの?」
「ううん。うち、指輪やから食べれへん。もっと実体化してくれればええのになぁ。ライムはん、いけず。あ、そうそうリムはん、今後ともよろしゅうな」
ちょ、調子狂うなあ……
*
「所でなんでラームは京都弁なの?」
リーゼさんが焼いてくれたスモールボアーと言う、小型のイノシシみたいなモンスターの肉を食べながら聞いた私に、ラームは言った。
「ああ、これな。リムはん、昔京都弁好きや言うてたやろ? 当時ライムはんは分身をペンダントの中に置いてたんやけど、しっかり聞いてたんやな。泣ける話やね。うちも気に入ってるしウィンウィンやね。これでリムはん津軽弁好きや言うてたら大変やったわ。会話にならへん」
こ、これはこれで緊張感ゼロなんですけど……ってか、確かに女子の京都弁大好きだけどさ……
「さて、しばらく指輪の中戻らせてもらうわ。外に出るのめっちゃ疲れるんや。お話しは出来るから、うちの声聞きとうなったら指輪に話してほしおす」
そう言ってラームのホログラフは消えた。
「さて、リム・ヤマモト。ちょっと今後の事で約束事なんだけど」
「なんですか」
「簡単よ。私から決して離れない事。それだけ。この樹海はモンスターや山賊が多いの。あなたみたいな女の子が独りでいたら、好きあらばさらってやろう、襲い掛かってやろうとする存在は多い。だからトイレは下半分だけ隠せる茂みで。水浴びは一緒に。寝るのは隣同士。分かった?」
「わ、分かりました……けど、せめてお手洗いくらいは……」
「ダメ。念のためラームには何かが近づいたら大声で私に知らせるよう言ってある」
ええ……なんか大変な事になっちゃったよ。
「そんな顔しないの」
「今ふと思ったんですけど、コルバーニさんたちは私たちの状況知りませんよね。どうやって合流するんです? クレドールに行くんですか?」
「そうよ。アリサたちはクレドールの町にとっくについてる頃。この樹海はそこから数日の場所にある。町に戻ったらどうとでもなるでしょ」
「でも、樹海って広いんですよね? 無事に出られ……あ、そうか! ラームが案内を……」
「うちは無理やわ。方向音痴やから東西南北わからへん」
「え! でもさっき『私の助けになるため……』って」
「誰にでも得手不得手があるんよ。うちはリムはんの心の支え」
自分で言う……?
「まあまあ二人とも。コンパスあるから私が案内するわ。さて、日も沈んできたし。寝る準備しないとね」
そう言ってリーゼさんが作ってくれていた乾いた草の簡易的な寝床に横たわる。
うう……息遣いまで聞こえる距離にリーゼさん……緊張する。
なにせどこのスーパーモデル!? って感じの美人さんがこの距離は中々緊張する。
コルバーニさんやアンナさん、ライムで容姿端麗な人にはある程度耐性ついたと思ったけど、全然だな……って、きゃあ!
すでにリーゼさんはグッスリ寝入っていたけど、寝返りを打ったときに顔が私の顔のすぐ横に!
ああ、寝息が耳に……
ダメだ、緊張して眠れない。
ちょっとだけ……
身体を起こして、焚き火のそばを離れて近くの茂みに行こうとしたとき。
「勝手に行かないでって言ったでしょ」
いつの間に目覚めてたのか、リーゼさんが呆れたような顔で立っていた。
「え!? 気がついたんですか!」
「当たり前でしょ。私は諜報員よ。微かな物音でも目覚めるの。でないと仕事にならないでしょうが。なに? お手洗い? じゃあ行って来なさい。遠くへ行っちゃダメよ」
うう……まるで子供になったみたいだ。
リーゼさんの言葉通り、リーゼさんに見られながら近くの茂みに入った。
何か、恥ずかしいな。
用を済ませてチラッと見るとリーゼさんは反対側の茂みの方を見ていた。
何かあったのかな……
そう思い、立ち上がろうとしたとき……
「リーゼは~ん! コボルトきたわぁ~!」と、耳をつんざくようなリームの大声が当たり一帯に響き渡った。
う、うるさ~い!!
思わず耳を押さえてしゃがみこむと、次の瞬間にはリーゼさんが目の前に来て、私の背後に向かって剣を真横に振っていた。
はいい!?
驚いて背後を見ると、肩から上が無くなり血を吹き出している毛むくじゃらの身体が立っていた。
「きゃああ!!」
悲鳴を上げると指輪から「リムはん、うるさいなあ」とラームの不服そうな声が聞こえた。
「あなたに言われたくない!」
「まあまあ。ラーム、お手柄だけどもうちょっと声抑えてもいいわよ。あれだと周辺の山賊やモンスターみんなに気付かれちゃう。あと、リム・ヤマモトも。これからあちこち旅するんだから、この程度慣れなさい。分かった?」
「はい……」
先生に注意された後の生徒みたいに、頭を下げた私に続き指輪の中のラームも「気いつけんで」と言った。
これからどうなるんだろ……
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