深淵(2)
「……ム。……起きて!」
誰?
でも……暖かい。
まるで、お母さんに抱かれてるみたい。
それに口の中に何かが入ってくる。
何だろ……これ。
「リム! ……やく! マズ……」
そんな心地よさのせいか、耳に聞こえる声もBGMみたい。
やだ……まだ……寝てたい。
誰か分からないけど、私を優しく包むように抱いてくれているから。
ああ、いい香り……
だけど、そんな私の願いと裏腹に、また口の中に何か……あれ? これ……
これ……えっ!!
驚きと共に一気に意識が戻った私が気付いたのは、私に口づけしているライムの顔だった。 え……ええっ!
そして、口の中には血の味がした。
私はビックリして慌てて顔を離した。
「な……ライム! なに……やってるの!」
だけど、ライムはそんな私にはお構いなしに開口一番言った。
「リム。どこまで覚えてる?」
「へ?」
「あなたは今までの事をどこまで覚えてるの?」
そう言われて思い出そうとしてビックリした。
「そう言えば……ねえ、ここどこなの! ライム……あなたが連れてきたの? みんなとクレドールの正門に入ろうとする所までは覚えてる。でもそこからは……ねえ、何をしたの!」
そう。私の記憶はそこまでだった。
そして、私は初めて部屋を見回したけど、心底ゾッとした。
この部屋……なに?
壁はまるで前衛芸術みたいにあちこちがグニャグニャに歪んでて、所々凍り付いていた。
そして……
「サラ王女!」
そう、部屋の隅にはサラ王女がへたり込んでて、私を呆然とした表情で見ていた。
マズい……!
私は焦ったけど、サラ王女は私と目が合うと息を呑んで後ずさりしたのだ。
「ゆ……許して……」
え?
私はポカンとした。
許して?
「サラ王女……あなたは疲れています。何も言わずにお連れが来たら城へ戻るように。そう言いましたよね?」
ライムの言葉にサラ王女はコクコクと頷いて、それっきり私と目を合わせようともしなかった。
一体何が……
そして、私の目に次に飛び込んだのは、部屋の壁際で恐怖の形相を浮かべて凍り付いている3人の兵士の姿だった。
「あの人たち……どうしたの?」
ライムは何かを考えるように目を細めて私をほんの少し見ていたけど、やがてフッと冷ややかに笑うと言った。
「全て私がやった。あなたを今度こそ拉致してクロノを亡き者にしてやろうとしてね。でも、この人たちが邪魔になったから、ついやっちゃった。どう? 私の新しい力は。凄いでしょ」
「凄いって……何が! あの人達、死んでるんじゃないの! あなたは……そんな事しないと思ってた!」
「勝手に私を良い子にしないで。私はそういう存在。目的のためなら手段を選ばない。あなたを捕らえ、クロノ・ノワールとアリサを消す。あそこに凍り付いてる兵士達みたいにね。ああ、気まぐれでキスしちゃったけど、悪くないね。どう? もう一回しようか」
「……!」
私はライムから離れると、頬を強く叩いた。
「……馬鹿にしないで。私をみんなの所に返して」
「ふざけないで。はい、そうですかと素直に言うわけ無いでしょ。あなたは今から私の物。絶対逃がさない」
そう言ったとき。
ドアが開いてリーゼさんが入ってきた。
「リーゼ! 今からリムを連れて私の屋敷に向かう。部屋の用意は?」
「すでに準備できています」
「じゃあすぐにリムを拘束する。準備できたらすぐに飛行船に乗せて」
ライムがそう言うと、リーゼさんはすばやく私の手足を縛った。
「止めてよ! 私、あなたたちと一緒になんて行かない!」
そう叫びながら手足を激しく動かしていると、ライムが静かに私の目の前に来て……頬を強く叩いた。
え……
呆然としている私に向かい、ライムは感情の無い声で言った。
「あなたが従わないのなら、別室で拘束されているクロノ・ノワールとアンナ・ターニアを殺す。手脚を縛られた状態の2人なら数分もかからない。どうするの?」
その氷のような冷たい表情と、頬の痛みに私は抵抗する力を失い後はされるがままだった。
「ライム……酷いよ」
「前も言わなかった? これは遊びじゃないの。私を甘く見ないで」
「リム・ヤマモト、ちょっと失礼するわね」
そう言うと、リーゼさんは軽々と私をお姫様抱っこして、そのままライムと一緒に屋敷を出た。
そして、飛行船に私を乗せるとそのままふわりと地面から浮かび上がるのを感じた。
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