深淵(1)

「ありがと、おタマちゃん。またよろしくね」


 クレドールの街の近くに降りた後、そう声をかけるとおタマちゃんはスッと消えた。

 さて……

 改めて目の前の街を見てみる。

 そこは周囲を高い灰色の外周に囲まれてて、上の数カ所にある物見やぐらのような所に鎧で身を固めた兵士さんがいるように見えた。

 なんか、カーレみたいだな……


「ふむ、まるで我が故郷、カーレのようだな」


 同じ事を思ったのかクロノさんもしみじみと言った。


「クロノさん、カーレに住んでたんですか? あの死の街に……凄い」


 尊敬の目で見つめるジャック君にクロノさんは事もなげに言った。


「死の街なのは事実だが、住んでる物全てが悪人ではない」


「はい、あなたを見てるとそう思います」


 う~ん……

 2人の様子を見ながら首をひねってると、隣のアンナさんが私にそっと耳打ちした。


「ヤマモトさん。あのジャックって子、もしかしてクロノの事……」


「や、やっぱりそうかな……」


 これって、私も読んだことあるああいう方向かな?

 でも、個人の自由だしな……でも、クロノさんはどうなんだろ?

 そんな事が脳内をグルグル回っていると、アンナさんは続けてコソッと耳打ちする。


「はい、私なぜかそういう事には最近勘が冴えてて。ならば、クロノがいる限りヤマモトさんにいらぬ危害は加えませんね。さすがに街に入るのに、手かせをはめたままと言うわけには行かないので」


「あ、そうか」


「はい。今から外すことにします」


 そう言うとアンナさんはジャック君に近づいて二言三言話すと、剣で手かせを一刀両断した。


「勘違いしないで。あなたを信じたわけじゃない。手かせをはめた少年を連れて街には入れないでしょ?」


「……有り難う」


 ジャック君はペコリと頭を下げると私たちを先導する形で外壁の正面に見える門へ近づいた。

 その時、アンナさんがクロノさんに何か耳打ちしているのが見えた。

 クロノさん、何か嫌そうな顔してるな……

 でも、渋々と言った感じで頷くと、ジャック君に近づき笑顔で言った。


「そうだ、ジャックよ。我らは確かに公爵の依頼は果たしていない。だが、お前を助けたし、これからもお前を守りたいと思っている。そこでだ……その代わりではないが良かったらユーリの場所を教えてもらいたいのだが」


「……それは誰の指図なのですか? アンナ・ターニア?」


「い、いや……そうではない! 私はお前とあくまで親睦を深めたくて……」


「いくらあなたの頼みでもお断りします。……あなた方はかなりユーリに近づいてます、とだけ。ただ、良いのですか? いまのあなた方では間違いなく全滅ですよ。せめて、クロノ。あなただけでもこれ以上深追いするのはやめてください」


「ああ、前もそう言ってたな。『存在』とやらか。それは一体何なんだ?」


「……答えられません。ごめんなさい」


 その時。

 どこからか微かに声……いや、女の子の笑い声の様なのが聞こえた気がして、思わず周囲を見回した。


「……どうしました? ヤマモトさん」


「あ、ううん。ねえ、アンナさん? 今、近くで誰か笑ってなかった」


「へ? いいえ、何も聞こえませんが。笑い声?」


「ううん、やっぱり大丈夫。疲れてるのかな……」


 その時、ふと視線を感じて目を向けると、ジャック君が呆然とした表情で私をじっと見ているのが分かった。 急にどうしたんだろ……


 そして聞こえるか聞こえないか分からないくらいの声でポツリと「必ずお迎えに」と言うのが聞こえた。

 

「ジャック君? 今、何か言わなかった?」


 でも、ジャック君はそれっきり私と目を合わせようとしなかった。


 そして、街の正門に近づいて行く。

 もう少しだ……

 そして、門番の兵士さん達の前を通った時。


「コイツらだ。捕らえろ」


 その声が聞こえた途端、周囲から多数の兵士が出てきて私たちはあっという間に取り押さえられてしまった。

 え……!?

 そしてふと、ジャック君を見るといつの間にか居なくなっていた。

 そのままあっという間に私たちは後ろ手に縛られて、目隠しと猿ぐつわをされるとそのままどこかに連れて行かれてしまった。


 暗い……ここ……どこ?

 

 ガチャン、と重たい扉を閉めるような音が聞こえると、私はフカフカの何かの上にまるで荷物みたいに投げ出された。

 

 何なの……誰か……助けて!!

 必死に暴れてると、突然誰かの手が猿ぐつわと目隠しを外すのを感じた。

 

 口と視界が自由になり、慌てて周囲を見た私は全身が凍り付くのを感じた。

 そこに居たのは……


「あ~リムちゃんだ! お久しぶり。やっと会えたね! ずっと会いたかったんだ~。今度こそ邪魔者来ないから2人でゆっくり遊ぼうね」


「サラ……王女」


 そこに居たのは、紫のドレスに身を包み悠然と座っているサラ王女だった。


「何で……」


「何でここに? って。もう、リムちゃん案外お馬鹿さん! 私はこの国の王女だよ。この街だって私の物。リムちゃん達を捕らえるなんて、アフタヌーンティーを頂くくらい簡単なんだって。あ、あとおんなじパターンでゴメンね。ペンダントも回収済みだよ!」 


 周囲を見回したけど、クロノさんもアンナさんの姿も見えなかった。


「あの2人は結構離れた別室に居るよ。順番どうしようと思ったけどリムちゃんにした! アンナ・ターニアも八つ裂きにしてやりたいけど、やっぱリムちゃんが一番可愛いからさ! だから早く遊びたくて。最初は2人一緒に……と思ったけど、前回それで失敗しちゃったからさ! 念のためにリムちゃん1人にしたんだ」


「2人は……無事なの?」


「当然。クロノ・ノワールはどうでもいいからライムが合流次第くれてやるわ。でも、アンナ・ターニアは私がこの手で引き裂くの。それまでは指一本触れるな! って部下には言ってある。安心して」


 どうしよう……

 私は慌てて部屋の中を見回したけど、サラ王女の他には屈強な兵士さんが3人。

 部屋は広くて私とサラ王女はその中心に居るから逃げられない。

 サラ王女はそんな私を見ると、両手を口に当ててクスクス笑った。


「今度こそは助けなんて来ないよ。コルバーニたちがこの街に着くのは明日の夕方! リムちゃん達を心配して到着した奴らの前には……わっ、すっごいワクワクしてきちゃった! ねえ、早く遊ぼ」


 そう言うと、サラ王女は笑顔のまま目を輝かせて、ムチを取り出した。

 その時、また耳の奥に女の子の笑い声が聞こえた。

 まただ……

 あなたは……誰?


 そう思った直後。

 胸に焼けるような痛みを感じて、思わず悲鳴を上げた。

 痛い……

 呼吸が出来なくなるような痛み。

 胸に焼けた棒を押しつけられたような……

 見ると、胸元の服が破れて血が溢れていた。

 思わず床に倒れ込んで目をやると、サラ王女がムチを振り上げてクスクス笑っていた。


「苦痛に満ちた顔も悲鳴も……最高に可愛い」


 そう言うとサラ王女は、私に近づき血が出ている胸元に手を当てると、手のひらに着いた血を舐めた。


「やっぱり私、リムちゃん大好き。今までのどんな子よりもずっとゾクゾクする」


 そう言うとまた今度は背中に向かってムチを振り下ろした。

 背中に焼けるような……いや、背中を丸ごと剥がされるような痛みを感じ、思わず悲鳴を上げた後……泣き出してしまった。


「可哀想……可愛いリムちゃん」


 そう言うとサラ王女は、私の背中の服を破り血にまみれた素肌がむき出しになった背中に、抱きついてきた。


「大丈夫だよ。その内何も感じなくなるから……それまでサラが遊んであげる。……愛しいリムちゃん」

 

 そう言って背中を撫でられた途端、激しい痛みが走りまた悲鳴を上げた。

 

(あ……そ……んで)


 ボンヤリとしてきた意識の中で女の子の声が聞こえてきた。

 次の瞬間、顔に冷たい塊が押しつけられるのを感じて、一気に目が覚めた。


「氷はいかが? ダメだよ~寝ちゃったら。まだ遊ぼうよ!」


(あそ……ぼ)

(いち……に……さ……んにん……よにん)


 あなたは……だれ?


(こお……り……いかが。まだ……あそぼうよ)


 次の瞬間、突然テレビのスイッチを切ったように意識が真っ暗に……切れた。

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