南南東に進路を取れ(6)

「お嫁に行けなくなっちゃったよ! もうヤダ……クロノの変態!」


「そう喚くなヤマモト。大丈夫だ、私はお前みたいなガキには異性としてミジンコほどの興味も湧かん。安心しろ」


 くうう……助けるんじゃ無かった。


「そうですね。リムはお子ちゃま過ぎる。クロノさんのような紳士には似合わないですよ」


「お、クソガキ。お前とは気が合いそうだ。よろしく」


 そう言ってクロノさんが出した手を、ジャック君はなぜかもじもじしながら掴んだ。

 ん?


「所でジャック。その街には、この不気味な球体の早さだとどのくらいで着きそうだ?」


「1~2時間もあれば。コルバーニ達は徒歩ですが、近くの運河から手練れの者がカヌーを漕げばもう少し早いので、明日の夜には到着するでしょう。奴ならこの事態にも気付くでしょうし」


「まあな。せめて我らがクレドールに向かっていることを知らせれるといいのだがな……」


「そうですね。コルバーニ達と合流する前にあの変な格好の少女……ライムか。彼女に追いつかれたら終わりです。僕もそこまで剣の腕はないし、リムも防御のみ。クロノさんも……ごめんなさい。あ、でも人格は素晴らしいですよ! と、なると戦えるのはアンナ・ターニアのみ。僕らの戦闘能力は極めて低い」


 確かにそうだよね。

 あのライムの目。

 今度会ったら、クロノさんは間違いなく……

 明日の夜。

 それまで逃げ切れるのかな……は、いいんだけど。


「ところで……ジャック君。さっきからクロノさんと私の扱いの差が凄くない?」


「お前は復讐の対象だ。そもそもクロノさんと比べるな」


「その事だが、ジャックよ。ヤマモトは女としての魅力は野ネズミにも劣るが、わが弟子だ。命を狙われるといささか困るのだがな」


 ジャック君はクロノさんの言葉にしばらく目を閉じて返事をしなかった。


「すいません。返事は保留で」


 その時、アンナさんがいつ抜いたのか分からないような速さでジャック君の喉下に刃を当てていた。


「で、あればこの場でお前を切るか叩き落す。ヤマモトさんの命令で生かしているだけだ、と言う事を忘れるような捕虜は相応の報いがいるわね」


「アンナさん……!」


「ヤマモトさん、覚えておいて下さい。私はあなたを守るためなら、あなたに憎まれてもいい。その覚悟はあります」


「アンナ。このクソガキが今後ヤマモトに危害を加えるようならまず私を切れ」


「それに意味は有るのか?」


「それでまだ変わらぬなら今度はコイツを切れ。私の孤児院では子供の罪はまず大人が責任を取る。そして子供同士であれば、年上が年下の責任を取る。その上で大人かその年上が罰を与える。自らが安全なところに居て、痛みを知らぬ奴が与える言葉や罰など全く響かん。大人とは、責任とはそうだと教えてきた。まあ、コイツにはコイツの大義があるので、一概に罰とは言えんがな」


 クロノさん……

 私は自分の中学校と高校の先生を思い出した。

 今までも気付かなかっただけで、こんな人いたのかな……私がただ、目を逸らしてただけだったのかも。


「ジャック。お前に何があったのか偉そうな事は言ったが、正直ほとんど分からん。だが……人は心臓が動く限り生きねばならん。だったら……少しでも笑って生きたほうが得ではないか? 生きることは大した事ではない。身体の細胞が勝手に動くだけの作業だ。意味も哲学も全部、脳みそが考えた都合のよい後付だ。だったら少しでも納得できねばつまらんではないか」


 ジャック君はクロノさんをボンヤリと見ていたけど、その内ポツリと言った。


「僕に……意味なんてあるんですか?」


「意味ではない。納得だ。お前が納得できるように生きろ。ただ、誰かを犠牲にする人生は決して納得などできん。人はそんなに器用ではない。まして……お前は本当は優しいやつだ。公爵? リム・ヤマモト? どうでもいい。お前はジャック・カーだ」


 その言葉を聞いた途端、ジャック君は無言でクロノさんに抱きついた。

 そして、しばらくそのまま動かなかった。


「お前はやり直せる。私とてガキの頃はどうにもならぬお荷物だった。だが、今は強さと優しさを兼ね備え、皆から尊敬される聖人となっている」


「僕も……あなたみたいになります」


「道は遠いぞ」


「はい」


 何か、引っかかる箇所はちょいちょいあったけど、とにかく良かった……のかな?


 ※


「しかし、あのライムの表情を見たか。言ってみた甲斐があった」


「あれね! いくらジャック君を助けるためって言っても……ライムのあんな顔、見たことが無かったよ」


「ああまで殺意をむき出しにすると言うことは、私の推測は正しかったと言うことだ。しかもまさにど真ん中だったらしい。私を殺す、と。面白いでは無いか! せいぜい許しを請うまで遊んでやろう」


 その自信、どっから出てるんだろ?

 メンタルうんぬんじゃないよね、絶対。


「あなたは僕が守ります……ただ、僕らはアルバードに着いたらクローディアは一旦置いて、とにかく身を隠しましょう。街に着けばギルドの掲示板にでもコルバーニ達との連絡手段を書くことも出来る。追ってきてくれればですが……」


 そうなんだよね。

 コルバーニさんやガリアさんがいるから、私たちが突然行方をくらませたのも何らかの事情があると察してくれる……はず。

 多分。

 何かないかな……


 ずっとウンウン悩んでいたとき。

 いきなりおタマちゃんが身体をブルブル震わせた。

 

 ん? なに?

 

 すると、いきなり羽の下辺りからもう1つの小さなおタマちゃんが出てきた!

 そして、それはプルル……とか細い羽音を響かせながら、飛んできた方に向かって飛んでいった。


「おい、なんだ今のは! ヤマモト、あんな事出来るなら最初から言え!」


「う、ううん……私……知らない」


 そう。

 こんなの初めてだった。

 石から出てきた子が自分の意思を持っているかのように……

 なんだろ、これ?

 って、言うかあの子どうするつもりなんだろ……

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