南南東に進路を取れ(4)

「ヤマモトさん、どうしました。そんな所で」


 夕暮れ時。

 食事も終わって、それぞれバラバラに過ごしていたけど、私はクロノさんとの約束もあるので、一緒に離れたところに座ってボンヤリと夕焼けを見ていたのだ。

 これもこれであらぬ誤解を招きそうでヤダけど……


「あ、アンナさん。……ううん、なんでもない」


 私は笑って顔を振った。

 でも、アンナさんは何かに気付いたようだ。


「さっきの件ですか? 先生とお父さんの」


 さすが鋭いな。

 そう。さっきのことを考えてたんだ。

 コルバーニさんとガリアさん、そしてジャック君のやり取り。


「うん。二人とも凄いな……って。最初ちょっとだけ二人が怖かったけど、ジャック君を完全に従わせちゃった」


「有り難うございます、先生を理解して下さって。私たちの学ぶ道場は実践特化。命のやり取りが基本です。そうなると、優しさだけでは立ちゆかぬ局面も多い。その時にああいう飴と鞭を混ぜたやり方は効果的です。先生はああ見えて安易な拷問に頼ることは好まないので」


「うん、私もコルバーニさんを信じてる」


「特にジャック・カーはあなたの命を狙った者。今後も繰り返す。だとすれば牙を抜かねば。なので、この事はジャック・カーには言わずにお願いします」


「分かった。そうする。私こそありがとう、アンナさん」


「いえいえ。じゃあ私はこれで。そいつを早くたたき起こして来て下さいね。夕食ももうすぐ出来るでしょうから」


 そう言って戻っていったアンナさんに手を振ると、ふと夕日を見た。

 大きくて綺麗……日本の夕日と一緒なんだな……


「所で、クロノさんエラく大人しい……って、寝てる!? ねえ、こんな所で寝ないでよ! 夕食の時間だから」


 私が怒鳴っていたとき、木陰からクスクス笑い声が聞こえた。

 誰?

 驚いて見ると、口を押さえながら出てきたのはライムだった。


「あらら、リム。いつの間にクロノ・ノワールとそんな関係になってたの? お似合いじゃない」


「……なっ! ち、違うって!? って言うか、ライム!」


 私は慌ててペンダントを握ったけど、ライムはそんな私を見てヒラヒラと手を振った。


「ああ、安心して。今回はあなたじゃないから。別件で遊びに来ちゃった」


「なに……別件って」


「ジャック・カーか」


 突然横からクロノさんの声が聞こえたのでビックリした。

 起きてるなら言ってよ!


「お、相変わらずオツムだけはいい感じね。そうだよ。彼に用があってね。最近リムとクロノが二人でいることが多いから、二人だけの場所なら彼の確保も容易かな、って。ほら、戦闘能力ゼロのコンビだしね」


 ライムがそう言うと、背後からリーゼさんに捕まえられたジャック君が現れた。


「やっほ、ジャック・カー。ごめんね、荒っぽい事して。でもさ、公爵の側近ならもっと危機管理はしないと。まさかガリアの変装にあっさり引っかかってノコノコ隊を離れちゃうとはね。お初にお目に掛かるけど私はライム」


 軽い口調で言うライムにジャック君は訝しげな視線を向けた。


「君は誰だ。その変なドレスは誰かの使いか?」


「あ、ひどーい! 初対面なのに。ま、いいや。これから仲良くなればいいもんね。リーゼ、行きましょ。サラ王女が首を長くしてお待ちだから。大好きなパパに点数稼ぎたくてウズウズしてらっしゃるので、早急に」


「はい、ライム様」


 ジャック君を?

 そうか! ジャック君はザクター王に反旗を翻してる公爵の側近だもんね……

 彼を……助けなきゃ。


「ああ、リム。ゴメンね。今回あなたはお呼びじゃない。ジャック・カーだけ」


 そう言うと、ライムは何か取り出し……ってムチ!


「この距離ならあなたたちを足止め出来るね。言っとくけど私は、サラ王女よりもムチは上手いので、動かないことをおすすめするわ」


 こ、これじゃどうにもできない……

 私がどうしようか考えていると、突然隣にいたクロノさんがライムに向かって言った。


「ライム! 話がしたい」


 ライムは首をかしげて言った。


「何の? 私は特にお話ししたいことはないんだけど。ま、あなた案外イケメンだし、暇になったらお茶でもしてあげるわ。その時でも……」


「ヤマモトの真の価値はなんだ!」


 その直後。

 ライムの目が大きく見開かれ、信じられない者を見るようにクロノさんを凝視した。。

 何て言うか……この目。

 ああ、昔外国のドキュメンタリーで見たことある。


「……続けなさい」


「リム・ヤマモトの価値は最も優れた石の使い手、などと言うチンケなものではないだろう! 後、ユーリの本当の……」


「クロノさん! もうやめて!」


 私は思わず言ってしまった。

 だって……ライムの目。

 あれは、まるで外国のテレビで見た……そう、獲物に食らいつく前の獣の目。

 完璧な殺意のみで出来た目……

 私は急いで石を握りしめた。

 お願い……動いて……


「お前はどこまで知っている! 私はお前と話がしたいんだ。そうすれば真実……」


 その言葉は途中で止まった。

 クロノさんのまさに目の前で……額の中心に向かってライムによって投げつけられたナイフが、私の出した鳥さんの盾に刺さっていたからだ。


「リーゼ、今から予定を変更する。第一の標的をジャック・カーからクロノ・ノワールへ。確保では無く殺せ。この場から決して逃がすな」

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