南南東に進路を取れ(2)

 え? え? なんで……

 目の前の事実に脳がフリーズしちゃって、呆然としていた私に比べコルバーニさんは早かった。

 ポカンとしている私にコルバーニさんはみんなに聞こえるように言った。


「リムちゃん、ここから私に指揮権を少し預けて」


「う、うん。でも……ジャック君に危険なことは……」


 慌てて頷きながらそう言うとコルバーニさんは素早く立ち上がり、毅然とした口調で言った。


「オリビエ、アンナ、ガリア、彼を四方から囲み確保! 抵抗する場合は足を切れ! だが命は奪うな。リムちゃんの指示だ」


 その言葉にコルバーニさん合わせて4人が素早くジャック君を囲んだ。

 ジャック君は冷ややかな目でみんなを順に見ると言った。


「……これはどういう事なのですか? 事情は追々聞くとして、まずは公爵への重大な裏切り行為として告発します。僕の仲間も殺されていた」


「少年。君は記憶が無いんだね。あれだけの事をしといて、平然と戻ってきて私たちを責める内容の発言。正気だとするなら、それ以外説明が着かない。お父さん、万物の石の作用に記憶の混濁なんてあったっけ?」


「いや、そのような事実は聞いたことが無い。ただ、精製された欠片ゆえに別の作用はあるかもしれんが」


「ふむ……まあ、それは少年を確保した後、ゆっくり検討しようか。標的を確保しろ!」


 ※


 ジャック君は拍子抜けするくらいアッサリと確保された。

 両手を縛られて、剣やナイフ。そして石を精製したと言う破片が入っている革袋もコルバーニさんとガリアさんがそれぞれ所持する事となった。


「コルバーニ。あなたの言うとは何ですか? 僕は何をしたのですか」


「結論から言うと、我らのリーダーである山本リムを殺そうとした。それだけでなく、この袋の中の石で彼女に幻覚を見せ、精神的に追い込んでね。少年……ジャック・カーと言うんだね。カー君。君はちっと危険なので、公爵の所には戻せないんだ。ゴメンね~」


 その時、クロノさんがジャック君の前に立った。


「ガキ、お前がなぜヤマモトを狙う? そして……私の解釈が正しければ、公爵はヤマモトが目当てなのだろう? で、無ければ我らに声をかけるのはやはり不自然だ。クローディアの追跡だけなら、相応の者を高給で雇った方が確実だからな。お前がヤマモトを狙っていたので、さらに確信に変わった」


 ジャック君は話を聞きながら、俯いて何かをじっと考えていたけどふっと苦笑しながら言った。


「リム・ヤマモトを……そうですか。コルバーニに殺されかけたこと。クロノ・ノワールに救われたことは思い出しました。リムについては……狙う理由は答えない。彼女を憎んでいることは確かだ。これ以上は拷問されても口は割らない」


「そうか。では私が答えてやろう。貴様は恐らく『ヤマモトのなりそこない』なのだろう?」


 クロノさんの言葉にその場のみんな……私はもちろんの事だけど、は固まった。

 コルバーニさんとガリアさんはクロノさんの顔を凝視している。

 ジャック君は文字通り顔面蒼白になっている。


「貴……様、なぜ……」


「ほう、カマをかけたら大当たりか。ただ、私も深い所までは分からん。ただ、貴様が石の欠片を持ち、幻覚を見せるほどに使いこなしている。ヤマモトと同じ力だ。そして、ヤマモトを憎んでいる。殺そうとするほど。私は石に関しては全く知らん。だが、貴様とヤマモトは似た部分がいくつかある。と、言うことは貴様は本来なら、ヤマモトの場所に立つ可能性があった。だがそれが叶わなかった、と考えるのが自然だ。これ以上はまだ推測の段階なので答えられんが」


「おっさん。あなたの考えとやらはちっと興味あるね。私にも詳しく教えてくれない?」


「出し惜しみしているわけではない。まだ話せる所まで材料が揃ってないのだ。誤った情報を伝えるにはこの推測は爆弾過ぎる。口から出てしまったら、その時点で無しには出来ん」


 コルバーニさんはクロノさんを、射るような目でしばらくジッと見たあと「リムちゃんは知ってるの?」と言った。


「ヤマモトも知らん」


 え?

 クロノさんの言葉に一瞬ビックリしたけど、二人だけで真実に……と言う言葉を思い出したので、何も言わずに俯いた。

 でも、コルバーニさんにくらいは話してもいいんじゃないかな……

 コルバーニさんは私に一瞬視線を移した後、ホッとため息をつくと淡々とした口調で言った。


「オッケー、おっさん。リムちゃんから『必要以上の詮索は無し』って指示もあったわけだしね。従うよ。じゃあ最後に確認。黙っておくことで私たち、何よりリムちゃんの不利益には……ならないよね?」


「ならない。むしろこの事が間違っていた場合こそ不利益になる」


「リムちゃんはそれでいい? この件は保留にする? それとも……」


「あ、あの……私はクロノさんを信じてる。だから、クロノさんが信じて待って欲しい、と言うなら待とうと思う」


 まさに「ザ・しどろもどろ」という感じになった私をみて、コルバーニさんはガリアさんとチラッと目を合わせた後、クスクスと笑い出した。


「ゴメン、リムちゃん。ちっと意地悪しちゃったね。オッケー、リムちゃんの意思であれば、この話は保留で。私も今は触れないよ」

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