静寂の嵐(2)

 フィーゴ公爵の住んでいるところは、身を潜めていると言う割りにはかなりの広さで、まさに「白亜の豪邸」という感じの佇まいだったので、思わずため息が漏れてしまった。

 ああ……乙女の憧れ……


「驚きましたか、ヤマモト様? ただ、こちらは公爵の志に共鳴したと話す貴人からのご厚意で提供された邸宅なのです。身を守るにも必要だろうと言うことで」


「それは公爵の仲間、って言う人?」


「分かりません。その貴人は直接公爵の前には現れていません。使いの者を窓口として全て進みました故」


「そんな物騒な話、よく信じたな。公爵は」


 オリビエの疑問にジャック君は事もなげに答えた。


「ただ、公爵はその方に心当たりがあったようです。お疑いだった公爵は、別室で使いの者としばらく話した後、態度が急に変わりました故。それ以上は話す理由はありません」


「ふん、ガキ。さっきからずっと無表情だな。愛想の無い男はモテんぞ」


「ではあなたもモテないんでしょうね。クロノ・ノワール」


 ジャック君の冷静な一言に私とアンナさんは笑いをこらえるのに苦労した。


 その後、繊細で精密な彫刻の施された調度品に囲まれた応接室に通された私たちの前に、フィーゴ公爵が現れた。

 何というか……華が凄い。

 上手く言えないけど、現れた瞬間に場の空気がパッと変わった。

 確かに豊かな口ひげを蓄えた公爵は、40台くらいのハリウッド俳優みたいなイケメンだけど、それだけじゃない何かがあった。

 なるほど、これは協力者もガンガン出てきそうだ……

 そして、クロノさんの言っていた「クローディアでは無くお前を狙っている」と言う言葉が思い出された。


「君がリム・ヤマモトか。そして、アンナ・ターニア。君の勇名は私の耳にも良く飛び込んでくる。その剣、まるで流れる水のごとし。水の剣を持つ美しき天才剣士……と言うところか」


「お褒めいただき恐縮です。ですが、私にお世辞を言うために呼んだのでは無いでしょう? 本題に入っていただければと。あと、そちらの彼、ジャック・カーから聞いていた、我らの求める情報はいついただけるのです?」


 アンナさんのビジネスライクな返答に公爵はくっくっと可笑しそうに笑った。


「水のごとし剣とその感情氷のごとし……か。気に入った。君たちへの報酬は成功した暁に話そう。君たちに頼みたい任務とは……」


 ※


「ねえ、ジャック君。クローディアって人は本当に公爵に会いたがっているの?」


「はい。公爵と生き別れになったリリイ様……クローディア・アルトは、冷酷な男の元で日々奴隷のような労働をさせられているとの事です」


 それが本当なら絶対に助けてあげないと……本当なら。

 クロノさんの言葉が私の中にかなり根付いて居るみたいで、ジャック君の言葉を心の底から受け入れきれずに居た。

 嘘つきに囲まれている……

 

 私は思わずため息をついて顔を振った。

 私たちは公爵の用意した大きな馬車に乗って、クローディアという人が住んでいると思われる森へと向かっていたのだ。

 

「ねえ、ジャック君? こんな立派な馬車とあなたやその護衛の人たちがいるなら、私たちなんていらないんじゃない?」


「いえ、まがりなりにも公爵の娘様。万一のことがあってはいけない。最善をもって望むべき事です」


 そういうものなのかな……

 そんな疑問を持ちながら、馬車は森の中へ入っていく。


「ここからは徒歩になります」


 ジャック君の後に続いて私たちも歩いて行く。

 そして30分くらいだろうか。

 歩いていると……


「ねえクロノさん! 冗談でしょ!」


「もう……動け……ん。ヤマモト……私はここ……までだ」


「何で30分歩いただけで死にそうになってるの! 男でしょ!」


「なんだ、この山道は……過酷すぎる」


「まだ上り坂にも入ってないんですけど!」


「クロノ、貴様ふざけてるのか?」


 オリビエと共に戻ってきてくれたアンナさんは呆れたように言った。


「私だって余裕なのに」


「ヤマモト、お前……化け物か」


「あなたが弱っちいの! もう……ホントに」


 已むなく私はペンダントを握ってイメージした。

 私だってリーダーなんだ。

 みんなの役にちょっとでも立てればとこっそり色々練習してたんだ。

 その一つだったけど……

 ペンダントから青い光が立ち上り、それが形を取り始めて……


「あ……」


「ぬ……ヤマモト、この異形の化け物は何だ?」


 そこに現れたのは、イメージした白馬……ではなく、タヌキの顔とロバの身体が合わさったような白い何とも言えない生き物だった。


「……を、出したくて」


「あ……さ……さすがヤマモトさん! このような力強く華やかなクマは見たことがありません!」


「……白馬のつもり」


「はへ? 白……そ……私はそう思ってました! なのにオリビエが耳打ちを。こら、オリビエ! クマなどと失礼な。ヤマモトさんに土下座しろ!」


「え!? それ、先輩が……」


「う、うるさい! お前が耳打ちしたんだろ!」


「軍隊でも見ない理不尽だな……」


「ふはは! ヤマモト、どうやらお前に絵の才能は全くないらしいな! スライムの美的感覚でも『これは化け物』と言うぞ」


「ム、ムカツク。じゃあ今度は……ゴメンね白馬さん」


 私は白馬さんを消すと、黒い鳥をイメージした。

 クロノさんを見返すためにあえて黒い鳥を!

 空を切り裂く鮮明な黒……

 そして……

 出てきたのは何故か、黒い玉に短い羽の生えた、まるでクマンバチみたいな何かだった……


「さすがヤマモトさん。今度はあえて昆虫を出すことで、敵の動揺を誘おうとは。ヤマモトさんの感性がみなぎってます」


「あの……鳥なんだけど」


「へ? ……そ、そうですね。あの、昆虫のような迫力を持った鳥と言う意味です。素晴らしい!」


「もういいよ、アンナさん。なんか惨めになる……」


「ヤマモト、お前にお笑いのセンスがあるとは驚きの発見だ。お前は目玉の代わりに石ころが……おいアンナ、貴様なぜ剣を向ける!」


「クロノ……お前のせいでヤマモトさんに嫌われたではないか! 元はと言えば貴様が元凶。この場で首を落とす」


「面白い。書物の師匠であるこの私に剣を向けるか。だが、私は疲れ切って足が全く動かん。お前を葬れんのは残念だが、勝負はまたの機会に……」


「皆さん、仲がよろしいですね」


 突然聞こえたジャック君の声に私たちは、彼の方を見た。


「いつまで経っても来ないので、逃げたのかと思い来てみました。あまり予定を狂わせるようであれば、報酬の内容を一部再検討しなければ、と思っていますのでご注意を」


「ごめんなさい」


 うう……何か、教室で騒いでて先生に注意されたみたいな後ろめたさが……


「その程度で噛みつくな。お陰で体力も回復した。いくぞ」


「なるほど。クロノ様がお疲れでしたか。その黒いカボチャで運ぼうとしたんですね。さすがヤマモト様、石を使いこなしている。勘違い失礼しました。どうぞ、お運び下さい」

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