静寂の嵐(1)

 その後、みんなで話し合った結果……ジャック君の提案に乗ることとなった。

 と、言うよりおじいちゃんを持ち出されては断る、と言う選択肢は無かったのだ。

 ただ、クロノさんの言葉が私の中にズンと重い物を乗っけたように感じ、心の中がモヤモヤとしていた。


 私たちが公爵のお屋敷に出発する前、お手洗いに立ったとき出てきた私をクロノさんが待ち構えていたのだ。


「あ、あの! 女子のお手洗いの前で待ってるってどうかと思うんだけど!」


「心配するな。私は気にしない」


「私は気にする!」


「まぁ、そんな事はどうでもいい。所でヤマモト、今後の旅は特に気をつけろ。あのジャックと言うガキか今から会うフィーゴ公爵という人物のどちらか、あるいは双方が、恐らく嘘をついている」


「嘘って……あの存在って奴?」


「いや、あれは事実だろう。嘘であれば、具体的な名前や情報を話し、われらをより釣ろうとするだろう。あんな駆け引きのカードにするには魅力に欠ける言い方をすると言うことは真実だ」


「じゃあ、何が嘘なの?」


「それはまだ分からん。ただ、あの公爵の真の狙いはクローディアとか言う女ではなく……お前の様な気がするんだ。ヤマモト」


「え、私!? なんでそんな……やっぱり石を持ってるから?」


 クロノさんはなぜか微妙な表情で顎に手を当てた。


「なあ、ヤマモト。私は前々から思ってたんだが、石の所有者であること。石の力をフルに引き出せる事……それはそこまでの強みなのか?」


「そ、それは……強みなんでしょ? だからライムやリーゼさんだって私を狙ってるんだし……」


「そこだ。そこに私は引っかかっていた。お前も我らもずっと勘違いしていたのではないか? 

考えてみろ。石の力を引き出せる。その効果は……あえて『せいぜい』と言わせてもらう。せいぜい周囲の限られた環境を破壊する程度。または他者を治癒する。あげくに国を沈没させかねない結晶病と言うおまけ付き。なあ、それはそこまで血道を上げてお前を……石を狙うほどの物なのか? その程度、ハッキリ言って飛行船を出せるライム。1国を動かせるザクター王であればいくらでも代用がきくのでは無いか? 私がザクター王なら、お前を確保して『さあ、怒れ! あ、でも一歩間違えたら自分たちも死ぬかも』などと阿呆な事をやるくらいなら、ライムと共に手持ちの石の欠片を既存の力と組み合わせて生かすがな」


 私は酷く心臓がドキドキしていた。

 何か言いたい。

 でも……言葉が出てこない。


「……ラ、ライムはザクター王の下で、選ばれた者の世界を作ろうとしてるんでしょ? そのために私で石をフルに稼働させて、その力で……」


 そこまで言った所でハッとした。

 石を稼働させて……どうやって選ばれた者の世界を?

 結晶病だってあるのに?

 私は破壊と治癒しか見せてない。

 あとはせいぜいスライムやぬいぐるみ出したり……

 そもそもクロノさんの言うとおり、そんなのライム単独でも出来る。

 ……なんで、私を?


「……なにが何だか……分からない」


「すまん、ヤマモト。お前を苦しめたいわけじゃ無い。ただ、事態は我らの思うよりも進んでいる。それは、恐らく意図的に張本人のお前を置き去りにしてな。私はお前からよくライムとユーリの事を聞いていた。コルバーニからは3人の旅の事を。そこから浮かぶライムとユーリの姿、それと今の状況がどうしても合致しない。色々とズレすぎているんだ」


「何が……言いたいの? ハッキリ言って、クロノさん!」


 思わず強い口調で言った私をクロノさんは申し訳なさそうな表情で見返した。


「もしかしたら、我らは思うよりも嘘つきに囲まれているのかもな。何よりユーリ……奴の言う『許されない罪』と言うのは我らが思っている程度の物……結晶病の生みの親である、と言う程度なのか? 私にはもっと……すまん、今は私も考えがここまでしか伸びていない。もっと考えたい。なんなんだ、この酷い違和感は。お前の今までの旅……コルバーニ達の過去の旅……コルバーニとライム……なあ、ヤマモト。提案がある」


「……ゴメン、答えになってないよ」


 声が震えてるのが分かった。

 私……私って何なの?

 そんな私の目を真っ直ぐ見てクロノさんは言った。


「今後は私とお前は離れない方がいい。今までもそうだったが、今後は特に。真実を見つけるまででいい。オリビエもアンナ・ターニアも誠実だが、こういった疑惑を検討するのには向いてないからな。後……気のせいならいいが、恐らくあのジャックというガキは私の命を狙っている。なぜか分からんが。だが、お前という爆弾がそばにいれば容易には狙えまい。私に考える時間を作って欲しいんだ」


「クロノさんの……命? 何なのそれ? あと、嘘つきに囲まれてるって?」


「お前の気持ちは分かる。だが、頼む。私を信じて欲しい。我々は……私はお前を守りたい。そのために、どんなものであっても真実に行き着かねばならん。我ら2人で。ああ、せめてライムと腹を割って話すことが出来れば。奴が確実に最も大きな答えのピースを持っているはずだからな」


 頭が混乱しきっていて、思わず唇を噛みしめてしまった。

 口の中に血の味がする……

 私は……真実を何も知らないの?


「ヤマモト、強くなれ。お前は充分強くなった。だが、私の違和感が確かならこれからはより強くならねば。お前の存在は思っているよりも……巨大なのかもかもしれん。自らの目で信じる存在。愛する存在を見つけろ。誰を信じて切り捨てるか、自分で選ぶんだ。だが、忘れるな……私はお前の味方だ」


「……私は、クロノさんを信じる。分かった。これからは一緒に居るようにする」


「交渉成立だ。心配するな、トイレと風呂は別々にしてやる」


「当たり前でしょ!」


 あまりに沢山の腑に落ちない物を抱えながらも、私はクロノさんを信じることにした。

 私に話すクロノさんの目は暖かくて何故か……悲しそうだったから。

 何より、大切な仲間だから。


「ぬ! クロノ! ヤマモトさんと何をしていた? お前が行ってからかなりの時間が経ってたぞ」


「気にするな、アンナ。一緒に連れションをしてただけだ」


「……はへ? つ……つれ……」


「な、わけ無いでしょ! ばか!」


 私はクロノさんの足を思いっきり踏みつけた。


「ヤマモト! ああ……今ので足が折れたぞ! なんだ、この激痛は! 死んでしまう!」


「じゃあ死になさい!」

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