コルバーニの青い花(8)
「なんでなの! なんで今更! ずっと待ってたんだよ……あのお砂場でずっと待ってたんだから!」
私はこぼれる涙を拭おうともせず、お父さんに向かって怒鳴り続けた。
「あの日、お遊戯会の練習でピアニカがキチンと出来たんだよ! 聞いて欲しかったんだよ! 亜里砂の事なんて邪魔になったんだよね……だから捨てたんでしょ。あれからずっとずっと……寂しかった! ねえ、なんで捨てたの!」
そう言うと私はお父さんの頬を強く叩き、何度も背中を、肩を、腕を叩いて、突き飛ばした。
「何で捨てたの! 何で! 何で! 亜里砂の事、そんな邪魔だったんだ! お母さんの代わりになろうとしたのに……一緒に頑張ろう、って思ってたのに! もう何もかも遅いじゃん! 遅いじゃん!」
近くの花瓶を壁に投げつけ、お父さんを手が痛くなるほど何度も叩いた。
お父さんは涙を拭おうともせずされるがままだった。
そして、疲れ果てその場にへたり込んで子供のように泣き叫ぶ私の頭をそっと撫でた。
「あの日……出先の仕事が終わって、海の近くだったから思い立って歩いてみた。お前、貝殻が好きだったから。そこで綺麗な桜貝の貝殻を見つけてお土産にしようと思った。その直後、青い光が少し離れた所に浮かんでいて、興味を感じ近づいたら……そのまま」
そう言ってお父さんは懐から小さな鉄製の箱を取り出して開けた。
中には小さくてとても綺麗なピンク色の貝殻が入っていた。
「これをお前に渡すまでは死なない。どんなことをしても……悪魔に魂を売っても。それだけが私の生きる全てだった。お前を探せるかもしれない。そんな僅かな望みをかけ、ウィザードに入った。任務のため顔を変えても、周囲から『悪魔』と言われようと、お前の事を考えない日は無かった。だが、悪魔もついに私の願いを叶えてくれたようだ。意図した形では無かったが」
お父さんはそう言うと私を強く抱きしめた。
「亜里砂……生きてて良かった。美人になったな。いい子に……なったな。ごめんな、怖い思いをさせて。辛かったな、怖かったな。ずっとよく頑張ってきたな……駄目な父親なのに……すまなかっ……た」
その声は酷く震えていた。
肩にポタポタと涙が落ちてくる。
お父さんは……見捨ててなんか無かった。
ずっと……愛してくれてたんだ。
私はお父さんの背中に手を回して、そのまま泣いた。
「もう……ピアニカ、聞いてもらえなくなっちゃった」
「もし……許してくれるなら、お前の歌でも聴かせてくれ。きっと上手なんだろうな」
「うん、歌……大好き。聞いてくれる? お父さん」
「ああ、好きなだけ歌ってくれないか」
※
「亜里砂、お前の剣と荷物はここにある。追い立てるようで悪いが、すぐにここを出るんだ」
お父さんの言葉に頷かざるを得なかった。
リーゼたちの目を欺き続けることは不可能だろう。
遠からず私の存在に気付く。
「それと……クローディア・アルトとジョセフ・アルト。お前はあの親子も追わねばならん。早急に……特にクローディアの保護が必要だ」
「それはウィザードからの保護?」
「それもある。だが、それ以上にクローディアが危ない。彼女の実の父……フィーゴ公爵がクローディアの探索を進めている」
父親!?
前に言ってた国王の政敵。
暗殺時、逃れたと言ってたが。
「でも……実の父親なんでしょ」
「事はそう簡単では無い。フィーゴ公爵は奴は再度、クーデターを企てている。その行動の錦の御旗となっているのは『残虐非道な国王に殺された愛する妻と娘の仇討ち』だ。そこに娘が生きていた、となっては奴の大義名分が失われる。なにより奴自身がその悲劇性に陶酔している。その邪魔をされたくないのだ。そのため、奴の理想の筋書き……実の娘はもうこの世にはいない、を崩さないため手下を差し向けている。その前に追いつかねばならん。奴の追っ手が先に追いついたらアルト親子は……死ぬ」
私は言葉を失った。
「急ぐんだ、亜里砂。お前しか彼女を救えない」
「わ、分かった。絶対助ける……この命に代えても」
そう言ったとき。
お父さんは私の頭をポンポンと軽く叩くと言った。
「亜里砂。それは違う。愛する者のために命を捨てる。それは一見美しいが、残された物には地獄だ。本当に相手を愛しているなら共に生きるんだ。他人に嘲笑されても。愛する者と……自分を守るんだ。お前はお前が思っているよりも愛されている。思うよりずっと価値がある。お前の価値は他人のために簡単に捨てるほど軽くない」
「そうなの……私……価値……あるのかな?」
「ある。何より、世界の誰もがお前に背を向けても私はお前の味方だ。きっとクローディア・アルトもそうなる。彼女の誤解はきっと解ける」
「私……前向いててもいいの? 胸張って歩いてもいいの?」
「ああ。前を向いて歩いても走ってもいい。お前の人生はお前のものだ」
「私……高木亜里砂で歩きたい。でも、アリサ・コルバーニでも歩きたい」
「どっちもお前だ。どっちでも胸を張っていい。前を向いていい。お前は誰にも負けないくらい愛される資格がある」
私は溢れる気持ちを言葉に出来ず、お父さんに抱きついた。
私……ずっと待っていたんだ。
この時を。
私の中で何かがスポンと抜けるような気がした。
ずっと……何十年も詰まってた何かが。
私は顔を上げていった。
「ねえ、お父さん……私……お父さんと……」
そこまで話したとき。
突然大きな音を立ててドアが開いた。
「あら。腰抜けじゃない。こんな所でどうしたの? おままごとでもしてた」
そこに立っていたのはリーゼと……ライムだった。
その顔は能面のように冷ややかで作り物のようだった。
「アリサ……どこまで失望させるの。そしてショー・ガリア。飼い犬に手を噛まれるとはね」
私はお父さんの前にさりげなく立つと、ライムに向かって人差し指を向けた。
「元、友達に対して好き放題言ってくれるよね。ライム。それってね、カスハラって言うんだよ! カスハラ女に構っている暇は無いの。わたしはやることがある」
「カスハラの使い方違うけどね……どうしたのかしらアリサ。雰囲気が違う。何があったの。そしてガリア、なぜ裏切ったの」
「職場を選ぶのは自由でしょ? 一緒にお茶してたらあなたの悪口で意気投合しただけ。どう雰囲気が違うのか試してみる? ライム、リーゼ」
「そうね。今のあなたは是が非でもこの場で葬る必要が出てきたかも。リーゼ!」
その言葉と共にリーゼと背後の2人が斬りかかってきた。
感覚が研ぎ澄まされている。
周囲が止まって見える。
私は驚くほど軽い身体を動かし、リーゼの剣を払い、その流れで2人の男の腕を軽く切り、剣を持てないようにした。
リーゼはほんの一瞬だが驚きを浮かべたのが分かった。
「感覚を取り戻すには弱すぎだけど、まあ我慢してあげる。どうしたの、リーゼ? 腰抜けの始末するんじゃなかったの?」
その時、背後のお父さんが耳打ちした。
「亜里砂、すぐに左側の壁に細工がしてある。簡単に破れるようになっているから飛び込め。下の運河にカヌーを浮かべてある。後は私が食い止める」
私は部屋の中を見回した。
敵はライム、リーゼを含む4人。
私とお父さんでも不利は否めない。
私は小さく頷いた。
そして……
「……亜里砂!」
お父さんの手を取ると、思いっきり引っ張って左側の壁に投げ込んだ。
「ライム、リーゼ。また今度遊んであげる!」
そう言って私も壁の穴に飛び込んだ。
※
「なぜ……私を。逃げ切れなかったらどうする」
呆然としているお父さんを乗せたまま、私はカヌーを漕いでいた。
「お父さんが言ったんだよ? 『残された者は地獄だ』って。お父さんに死んで欲しくないもん。それに……お父さんの価値は私のために簡単に捨てるほど軽くないよ」
言い終わると、お父さんの方を向いて言った。
「私と旅をして、お父さん。お父さんの言うとおり、私1人じゃ旅は続けられない。それにクローディアを助けられない」
「亜里砂……」
「私にはお父さんが必要なの。もう離れちゃダメだよ。親子は一緒にいるものでしょ?」
「私を……許してくれるのか? ……また、父親にしてくれるのか」
「またも何も私のお父さんはずっとあなただから。この世界での両親はコルバーニ夫妻だけど、血の繋がったお父さんは高木翔太、そしてショー・ガリア1人だよ」
私はそう言ってニッと笑った。
「大丈夫、お父さん。亜里砂が守ってあげるから!」
※
「では、リム・ヤマモトとそのご一行。君たちには期待しているよ」
う~ん、イケメンは声までイケメンだ。
あの声で「リム・ヤマモト」って言われちゃうと、私の名前の価値が数段高くなった気がするよ……
シックだけど、どこもかしこもお金の掛かってるんだろうな……と言う、お屋敷の一室。
その端の巨大なテーブルに座っている、イケメン? イケオジ? な男性からの言葉に私はコクコクと頷いた。
「有り難う。では、こちらのジャック・カーが道中は案内する。そして、護衛として4名の腕利きの剣士達を揃えた。悪いが明日には出発して欲しい」
目の前のイケオジさんはそう言うと続けた。
「頼んだよ、リム・ヤマモトと御一行。必ず、我が愛する娘リリイ……今はクローディア・アルトと言う名前らしいな……を連れて帰ってくれ」
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