コルバーニの青い花(6)
翌日、アルガードと言う街に着いた私は、仕事を探すための拠点となる宿屋に入った。
そこは大きな食堂と冒険者ギルドが併設されており、多数の冒険者で賑わっていた。
2階の部屋に入った私は荷物を降ろして、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。
ここからしばらくは職探しだ。
出来れば住み込みの仕事がいいな。
これからどうなるのか。
不安は尽きない。
なんで……こんな糸の切れた凧みたいになってるんだろう。
リムちゃんやアンナのように真っ直ぐ歩めない。
アッチへ行ったりコッチへ行ったり。
時には戻ったり。
まるでからまった糸のようにグチャグチャな足跡だ。
その原因は分かっている。
私は自分に自信が無いんだ。
自分を認めることが出来ない。
それはきっとお父さんに捨てられたあの時からなんだ。
実態の年齢は50を超えているのに、未だに小娘のように落ち着かないのはきっと心はあの時から止まっているからなんだ。
そんな私は結局50年前後生きてきても、今でも怯えている。
自分や他人に。
もう捨てられたくない。
自分をギュッと掴んで離さないで欲しい。
でも、何かあったら自分なんて……
私はそう思いながらいつの間にか眠りに落ちていった……
目が覚めると、もう夕方になっている。
早いな……
我ながらクローディアの事で疲れていたんだろう。
クローディア……元気にしてるかな。
私のこと、心の傷とかになってないといいけど……
ベッドから起き上がると、剣と荷物を身につけて階下へ降りた。
夕食にしよう。
食堂は驚くほど客が少なかった。
昼間はあんなに賑わってたのに……
私は妙な胸騒ぎを感じ、昨日買った長剣に手を添えた。
複数名の強烈な殺意。
背後を振り返るとそこに居たのは、ショー・ガリアと5名の部下らしき男。
そして……
「あらあら。腰抜けの裏切り者さんじゃない。まだリム・ヤマモトたちは恋しくなってない? それとも裏切ったけどやっぱり帰りたい、ってなっちゃったかな」
「リーゼ……」
リーゼはピンクのブラウスを着ており、悠然とした笑みを浮かべていた。
「そうよ、久しぶりね。まさか、尻尾巻いて逃げちゃうなんてビックリしたわ。腰抜け、ここに極まれりね」
「この酒場の全員、ウィザードか」
「そうよ。今朝からね。店主にはお金を渡して臨時休業にしてもらった。仕事早いでしょ。ガルト。情報提供と段取りご苦労」
ガルトはリーゼに恭しく一礼した。
「さて、アリサ。腰抜けでもあなたを甘く見るつもりは無い。まずはあなたを全力で始末する」
「聞く気は無いだろうが念のため言っておく。私はもう戦いは捨てたいと思っている。一般の市民として生きるつもりだ」
「で? それをはいそうですかと聞くほど、私もライム様も甘くない。あなたは存在自体が危険すぎるから。って言うか、いい加減過去の呪縛に囚われるのは止めたら? だから腰抜けなのよ。それとも囚われてるのはこの世界に来る前の事?」
「知ってるのか?」
「知らないわよ。流石の私でもあなたがコッチに来る前の事まで調べられない。ライム様も教えてくれないしね。向こうでのあなたの名前も知らないんだから。どうせ死ぬんだから最後に教えてくれない? せっかく同じ異世界転移者がいるんだから」
「何?」
私が驚いて言うと、リーゼの背後に居たガリアが頷いた。
「そう。私も君と同じだ。どうりで親近感が沸くと思ったよ」
こいつも……
全く、嫌な偶然だな。
ガリアは面白そうな表情で続けた。
「君は日本人だろう。私と同じだ。遺言代わりに君の本当の名前を教えてくれないか。最後くらい本当の名前で戦い、死ぬのもいいんじゃないかね?」
「なぜ、お前に……」
そう言いかけて、ふっと口が止まった。
いや、最後くらい……
そう、確かに最後くらい「アリサ・コルバーニ」でも「アリサ・ガレリア」でもない名前で死ぬのも悪くない。
「私は……高木亜里砂」
ガリアは眉一つ動かさず私の言葉を聞くと、続けた。
「そうか。ご丁寧にどうも。ではついでに両親の名前も聞かせてくれないか? 遺言なんだ。少しでも長くしゃべりたいだろ」
「お前は私のファンか? 父は高木翔太。母は高木涼子。満足?」
「ああ、とても満足だ」
「へえ、アリサ。あなたアリサ・タカギだったのね。最後に知れて良かった。さて、じゃあ……」
「リーゼ様。僭越ながら、この女の始末は私めに」
「なぜ? ガリア」
「この女には大恥をかかされましたので。クローディアを取り逃がすという。名誉回復の機会を頂ければ」
「……分かった。でも、勝てるの? アリサを早く始末して、行方知れずになったクローディア親子の捜索に移るから」
「お任せを」
クローディア!
やはりあの小屋を離れたか……
でも、どこに。
だとすれば、最低でもガリア。この命を捨ててリーゼも葬れたらラッキーだが。
リーゼが無言で頷くと、ガリアは恭しく一礼し……ナイフを抜くと私に向かってきた。
来る。
ガリアの一撃を短剣で防ぐと、素早く振ったが最低限の距離でかわしていた。
流石に……早い。
以前も思ったが、かなりの腕だ。
気を抜いたらやられる。
だが、コイツのくだらんプライドに救われた。
一斉に来られたら私もどうにもならなかった。
そこから数回、剣を斬り合ったが中々決め手にならない。
だが、ガリアに僅かに隙が産まれた。
今だ。
私はつま先に仕込んだナイフを足指で出すと、素早く蹴り上げた。
ガリアはギリギリで避けたが、手に持っていたナイフに当たり蹴り飛ばされてしまった。
よし!
私は素早くナイフを奴の喉元に向けた……が、ガリアは私の目の前から消えた。
私が一瞬、動揺した隙を逃さず背後に回り込んでいたガリアは、私の首に手をかけた。
「終わりだ。眠れ、高木亜里砂」
その声と共に、私の首の骨が折れた音だろうか。
聞いたことの無い異音が生じ、その直後意識は闇に落ちていった。
そして、最後に感じたのは宙に浮いた感じと、冷たい運河に落ちる感触だった……
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