コルバーニの青い花(5)

 ガリアの狙いはクローディアだ。

 クローディアがいる限りウィザードに戻ることは万に一つも無く、確実に今夜の内に2人でどこかに逃げるだろう。

 そんな事を手をこまねいて待っているはずが無い。

 何よりガリアの優先順位はクローディアの方が高い。


 早く……早く!

 追いついてきたジョセフさんも顔を真っ青にしている。

 彼女が行きそうな所は容易に浮かんだ。


「ジョセフさん、泉へ!」


 ※


 2人で良く花を摘んだり話をしていた泉のほとり。

 駆けつけた込んだ私が見たのは、泉のほとりで何か包みを抱えて歩いているクローディアだった。

 良かった……間に合った。


 胸をなで下ろした私は次の瞬間、全身に鳥肌が立った。

 クローディアの背後の木陰から2人の男が近づいていた。

 そして、2人の手には小さなナイフが……。

 

 ダメだ、間に合わない!

 声をかけるか……いや、ダメだ。

 クローディアの反応よりも背後の2人のナイフの方が恐らく早い。


 迷っている間は無かった。

 そして、私は……動いた。


 無言でジョセフが持っているスリングショットを奪い取ると、手前のナイフを先に構えた男に向かって撃ち、その直後弾丸のように走った。


 放った石は正確に男のナイフを持つ手に当たり、ナイフを落とした直後。

 駆け込んだ私はナイフを手に取り、振り返ったクローディアの前で男の喉を切り裂いた。

 クローディアは大量の返り血を浴びた私を見て、呆然としていたようだが、そちらを気にする余裕はない。


 私は、もう1人の男がクローディアに短剣を突き出そうとする前に額へナイフを投げつけ、それは正確に突き刺さった。

 そして男達は時間にして5秒もしない間に物言わぬむくろとなった。

 

「何、これ」


 真横からクローディアの声が聞こえる。

 その聞いたことの無い声色に、心臓に氷を入れられたような違和感を感じながら私はゆっくりと振り向いた。


「アリ……サ。何で……」


「ゴメンね、クローディア。私、嘘ついてた。本当……ホントは強かった……私」


 私はきつく目を閉じたまま絞り出すように言うと、一歩彼女に歩み寄った。 

 そんな私にクローディアが発したのは、耳をつんざくような絶叫だった。


「嫌……助けて! 殺さないで!」


 そして。


「来ないで人殺し! ……助けて、パパ!」


 クローディアは腰を抜かしたのか、その場にへたり込んで必死に後ろに這いずっている。

 その横には彼女が抱えていた包みが落ちていて、中からフリルの着いた可愛らしいデザインの服が見えた。

 

 手足が冷たい。

 口の中が苦い。

 何だろ……この感じ。

 私は自分の姿を手鏡で見た。

 そこには服や顔を返り血で真っ赤にした人殺しが映っていた。


「そうだよね。怖かっ……たよね」


 まるで自分の声が真上から降ってきてるように思えた。

 私は倒れている男の頭部を踏みつけると額からナイフを抜き、クローディアに言った。


「ごめんなさい、クローディア。でも……もうちょっとだけ辛抱して。目をギュッと閉じて、耳を塞いだまま歌を大声で歌ってもらってもいい? そうすれば……今から起こる事を知らずにすむから。ね?」


 クローディアは私に殺されないためだろうか。

 コクコクと慌てた感じでうなづくと、目を閉じて耳を塞ぐと大声で歌い出した。

 ああ……彼女、歌上手なんだ。

 知らなかった。


 そう思いながら私は彼女の背後を睨み付けて目を拭った。

 まだだ。

 泣くのは……アイツらを倒した後。

 クローディアの安全を確保した後だ。


「ジョセフさん! クローディアを連れて安全を確保して! 残りは私が……殺す」


 そう言ってナイフを構えると、木陰から3人の男が出てきた。

 その1人はショー・ガリアだった。


 ※


「君はもしかして小屋の影に隠れていた人かな? いやいや、ここまでのやり手とは。そうなると、話は別……」


 だが、ガリアは何故か言葉を途中で止め、私をじっと見た。

 ……なんだ?


「ガリア様!」


 両側の男達が慌てたように言った。

 ガリアは1人で私に近づいてきたのだ。

 一体、何を考えている?

 私はナイフを構えたが、ガリアはその場で立ち止まると私を無言で見ていた。

 何を考えている?

 

「これは驚いた。君はアリサ・ガレリアじゃないか。今はアリサ・コルバーニ。こんな所でお会いできるとは。40年近く経つのに当時の情報と変わらぬ外見とは、さすが万物の石と……ユーリの力」


 こいつ、私を知っている!

 ユーリとライムと旅してた時の私を。

 そう、アリサ・ガレリアと言う名はユーリとライムと旅してたときの私の偽名だった。

 本名の高木亜里砂は危険だという理由で。

 私の家族に危険が及ぶかも知れないと言う事だが、家族の居ない私には理解できないことだった。

 私を捨てた憎い父のため?


 そんな私の心境も知るよしも無くガリアは私を見たまま続けた。


「当時は私も駆け出しで君の事は情報でしか知らなかった。初めて本物を見れて嬉しいよ。ウィザードでは君は伝説だからね。39年前の戦いで組織の人間を多数殺害した『死神の恋人』として」

 

 両側の男達はクローディアに向かって弓を構えている。 

 この距離では斬りかかる前に男達の弓矢の方が先に……

 彼女を守る方を優先せざるを得ない。

 抜け目ない奴め。


「ここで本来は当時の仲間の仇討ち……と行くところだろうが、君は任務の対象外なので優先順位は低い。よってかわいい仲間の仇討は無期延期だ。残念残念」


 ガリアはそうつぶやくと男達に向かって片手を上げた……所で、私は素早く踏み込むとガリアの喉元にナイフを振った。

 だが、ガリアは身体を後ろに逸らせて避けた。

 ……馬鹿な! 私の攻撃を。

 そして、ガリアが右手の短剣を私の喉元に向けて振った。

 

 やられる!


 だが、なぜかガリアは突然踏み出そうとした左足を再び後ろに下げた。

 ……なぜ?

 いや、なんでもいい。

 その隙を逃さず再度ガリアの喉にナイフを当てた瞬間、私の喉元にもガリアの短剣が触れていた。

 これで、お互いに刃を喉元に当てていることになる。


「ほう……ジョセフを切り捨てるか」


 そう。

 ガリアに危害を加えようとしたときに、2人の男がクローディアに弓を放つことになっているようだった。

 だが、今はジョセフが彼女に覆い被さっている。

 クローディアには……当たらない。


「コルバーニ夫妻の元で丸くなったと聞いていたが、情報のエラーか? 今の君は己に必須の存在以外はゴミとしか思わない『死神の恋人』のままだ」


「遺言は終わりか? では死ね」


「いいのか? 君も死ぬぞ」


「少なくともお前が死ねばクローディアは安全だ」


「ふっ、愛情と言う奴か。馬鹿馬鹿しい」


「クローディアは……私が守る」


 そう言ってガリアを睨み付けた。


 だが、ガリアはその直後突然目を見開いたまま、私の顔をじっと見ていた。

 そして「守る……」とつぶやくと、視線を左右に動かしそのまま背後に下がった。 


「引くぞ2人とも。また会おう……アリサ・コルバーニ」


 その言葉と共に、3人は背後の木々の影に溶け込むように消えた。

 ホッと吐息をつき、何気なく足下に視線を落とした私は目の前の……丁度ガリアが何故か足を戻した場所に咲いていた青い花を見ていた。


 私は先ほどの青い花を摘むと、そっと持ったまま2人の所に歩いた。

 可哀想に、クローディアはジョセフの胸に顔を埋めてシクシクと泣いている。

 顔を上げたジョセフと目が合ったが、ジョセフは悲しそうな顔で私に向かって首を横に振った。


 私は立ち止まると、青い花を懐に入れて2人に向かって頭を深々と下げた。


「今まで有り難うございました」


 クローディア、幸せにね。

 私の大切な友達……だった人。


 後ろを向いて歩き出した私にジョセフの言葉が聞こえた。


「本当に……有り難う。君のお陰で娘は助かった」


 私はその言葉に振り向くこと無く、聞こえない振りをして歩いた。


 ※


 そのまま2人を残して、アルト家の小屋に戻った私は荷物を持つと、テーブルの上に青い花で作った押し花をそっと置いた。

 本当はちゃんと完成させたかったな……

 あの包みの中の服……もしかして私にくれるはずだったのかな……

 そう思ったとき、急に目の前が酷くぼやけた。

 そして、頬に涙が伝う。


「クローディア……」


 そうつぶやくと、その場にしゃがみ込み声を上げて泣いた。

 このくらいいいだろう。

 誰も聞いてないんだ。


「人殺しじゃない! 大好きだったのに……大好きだったのに!」


 涙の熱さがどんどんと感情に火を付けるようだった。

 それからしばらく、彼女の名前を幼児の様に呼び続けながら泣いた。

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