コルバーニの青い花(4)

 アルト家へ居候するようになってから10日ほど過ぎたある日。

 クローディアが用事があるというのでジョセフさんの手伝いでも、と近くの泉に水を汲みに行く事にした。

 本当は薪割りも問題なく出来るのだが、以前やろうとしてあまりにスムーズに切りそうになったので、慌てて転ぶフリをしてそれ以降は控えていた。


 だが、水くみも悪くない。

 道中、とても可憐な花を見つけたのだ。

 綺麗な青色の可憐な花。

 今までもクローディアに似合うだろうと思い、密かに花を摘んでは押し花にしていた。

 ライムにはよく花かんむりを作ってやったが、押し花はいつか彼女に渡したい。

 それに青い花は見てると心が暖かくなる。

 お父さんの描いてくれた青い花……


 そんな浮き立つ気分で歩き、小屋が見えた所で……足が止まった。

 

 誰か居る。


 私は近くの木の陰に隠れて、小屋を見た。

 アルト家……いや、ジョセフは何故か人との接触を避けており、薪を売りに行くのも私とクローディアが行うことが多かった。

 それも、用事が終ったら直ぐに戻るようにと念を押されるほど。

 そのため、お客も当然来ない。

 まして、小屋の前で立っているのは白いシャツに黒のウエストコートを着た60代の男性が1人。

 どう考えてもこの場には不釣り合いだ。

 だが……私はその男性を見た時、妙に引っ掛かる物を感じた。

 何だ……この感じは。

 いや、今はいったん置いておこう。


 私は木陰を移りながら気付かれないように、小屋の裏から入り口近くに潜むと、手鏡を使って入り口の様子を映した。

 その頃、ジョセフもすでに出てきており、男と話し始めていた。


 初老の男は悠然とジョセフに言った。

 

「ジョセフ、久しぶりだね。君の顔が見れて嬉しいよ」


「ガルト様、なぜここに……」


「ずいぶん探した。さすが我が組織の中でも隠密を得意とする男。今はバカンスなのだろう? ずいぶん長かったな。だが休暇は終わりだ」


「違います! 私はもうあのような世界と関わるつもりはありません」


「悲しいね。大層な言いようだ。だが、君も知っているだろう。我がウィザードは一度所属した者は死ぬまで諜報員だ。抜ける方法は天に召された時……いや、地獄に招かれる時かな」


 ウィザード。

 と、言うことはジョセフは……

 

「分かっています。ですが……」


「だが安心したまえ。私も悪魔では無い。君の苦悩はよく理解している。その原因を」


「ガルト様……」


「君がウィザードから逃げ出した切っ掛け。それは、任務中に出会った赤子。母を惨殺され、逃げ出した父に見捨てられ1人泣いていたその赤子によって、君は人の心という奴を感じ、その子を連れて……逃げた」


「はい……」


「任務は『一家全員の命を奪う』だったのにな。国王陛下の政敵の暗殺だ。生き残りがいては禍根を残す。なのに君は。と、言うことはだ。君の現状の全ての原因はその赤子……えっと、今はクローディアと言うんだったっけ」


 クローディア!

 彼女がザクター王の政敵の娘。

 私は早鐘のように音を立てる心臓を鎮めながら鏡の中の2人を見た。


「ガルト様……まさか」


「君が何の禍根も残さず復帰できる方法……それはクローディアの抹殺。彼女がいなくなれば君は心置きなく復帰できる。君に協力を要請したいと思っている」


「や……止めてください! それだけは……」


「酷い言い草だね。私は君に便宜べんぎを図ってるのだよ。本来問答無用で君は処刑だ。だが、クローディアを君が殺すか我々が殺すのに協力するか。いずれかを選べば復帰させてあげよう。そう言ってるのだ。経験上、優れた諜報員は多かれ少なかれ人の心を殺した。己で出来る者もいるが、中には他者の手を借りる者も……君はどっちかな?」


 ジョセフの顔色は土気色となっており、その場に崩れるように土下座した。


「お願いします。あの娘だけは……」


「大丈夫だ。その痛みはすぐに慣れる。私もそうだった。すり傷みたいなものだよ。大切な者を失うと人は変わる。心を壊すことが出来る。君もそうなって初めて真のウィザードの一員になる。では、明日の夜にまた来よう。それまでに結論を出してくれたまえ……君には期待している。君への罪は本来重いが、先の条件を受け入れてくれるなら不問にしよう」


 そう言ってガルトと言う初老の男は振り返り歩き出したが、突然足を止めると言った。


「所でそこの物陰に潜んでいるのはどなたかな? 殺気が無いので会話を優先していたが、良ければぜひお話ししたいものだな」


 気付かれた……

 今、私は丸腰だ。

 素手で……勝てるか?


 だが、その時。

 ガルトは突然空を見上げると言った。


「……まあいい。やることが出来た。今は見逃そう」


 そう言ってガルトは歩き出した。

 姿が見えなくなった後、ややあって私はジョセフの前に出た。


「ジョセフさん……」


「アリサちゃん、君だったのか。すまない、巻き込んで」


「いえ、それは……大丈夫です」


「今の話を聞いてたのか?」


 どうしようかと思ったが、ジョセフもウィザードだったなら変なごまかしは通じないだろう。


「はい。全て」


「そうか。あの話の通りだ。私は元々この国の諜報組織の一員だった。末端も良いところだったけどね。あの方……ショー・ガルト様の元で任務についていた。だが14年前、一家の暗殺任務の際赤子のクローディアの泣き声を聞きながらナイフを向けたとき……彼女が急に私の手に触れたのだ。その温もりを感じたとき……私は人になった。そして、気がついたら仲間を殺め彼女を抱いて屋敷から逃げた……そして、この森へ隠れたんだ」


 なるほど、それでやたら人目を避けていたのか。


「そう……だったのですね」


「君にはさらに迷惑をかけてすまないが、ここを離れた方が良い。あの方、ガルト様は現役を離れて久しいが、優秀な諜報員だ。彼に目を付けられたなら一刻も早く逃げた方が良い。いくら君が優れた剣士と言えど」


「……知ってたのですか」


「僕は腐っても元ウィザードだ。いくら下手なフリをしてても、体幹の使い方までごまかせない。それにいくら逃げてきたと言っても、少女が1人であんな森に立ち入って傷1つなく、服も全く綺麗なままと言うのは不自然だろ。クローディアは気付いてないが。でも、彼女は大層君のことを好いていたし、悪い人間では無いようだったしね」


 私は話を聞きながら苦笑いを浮かべた。

 全く、私は女優の才能は無いらしい。


「おっしゃる通りです。私は住んでいた街では剣術道場を」


「そうか。なのになぜ剣を持たず……いや、それはいい。とにかく早くここを離れて。あの子には私から言っておく。彼女は君のことを親友と言ってたから寂しがるだろうが……街から彼女が帰ってくる前に」


 彼女のお日様のような笑顔が浮かんだ。

 ライムにそっくりだが、彼女とは異なる魅力を持った少女。

 もっと話がしたかった。

 あの空を照らすお日様のような彼女と……

 それに、一緒に働いていつか2人で旅をしたかった。


 そう思いながら、空を見上げた時。

 ふっと、先ほどのガルトの行動が脳裏に浮かんだ。

 なぜか私を捨て置いたあの時……あの男も空を見上げていた。


「ジョセフさん、ウィザードの連絡手段に空に関わる物はありますか?」


 私の言葉に意味に気付いたのか、ジョセフさんは顔を強ばらせた。


「鳥だ……ガルト様が見上げたとき、一羽の鳥が3回旋回していた……」


 まだユーリとライムの3人で旅してたとき。

 リーゼも連絡手段の際、空の鳥の行動で伝達していた。


 でも、ガルトは何を。

 そう言えばクローディア……遅い。


「ジョセフさん! ガリアは……クローディアを」


 そう言うと、私は走り出した。

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