コルバーニの青い花(3)

 私はポカンと口を開けたままクローディアを見たが、次のジョセフの言葉にも驚いた。


「そうだな。それがいい。もし、君さえ良ければだが、ここにしばらく住むと良い。女の子が一人で生きて行くには剣を多少は使える方が良いだろう。悪いけどその棍棒じゃ、大人の男一人も倒せないぞ」


 これは困ったな……完全に想定外だ。

 だが、クローディアはすでに私のバッグを小屋に運び込んでいた。

 仕方ない。毒食らわば皿まで、だ。


 こうして、アルト親子との生活が始まった。

 朝、日が昇ると共に起き出し、クローディアと共に剣術の稽古。

 その後は彼女と共に森へ狩りの付き添い。

 私は見ているだけで、クローディアが狩りを行う。

 昼過ぎには伐った木を抱えたジョセフが戻ってきて、それからは私とクローディアで街へ薪を売りに行き、帰ったら二人で話をしながら夕食の準備をする。


 その日々は楽しかったが、一番大変だったのが意外な事に剣術の稽古だ。

 何せ彼女の剣の腕は、困ったことにかなりお粗末だった。

 まぁ、森の獣相手には充分なレベルだし、スリングショットはオーガの時に思ったが中々のものだ。

 ただ、そんな彼女の真似をして剣を振るのは中々に骨が折れる。

 気を抜くと彼女のレベルに落とせなくなるので、違う意味で気を張りっぱなしだ。

 特に、彼女との手合わせは大変……


「違うよ、アリサ! もっと腰を入れて、足を踏ん張って! 剣は足腰で振るんだよ」


「うん、分かった!」


「ダメ! もっと身体全体で振って」


 う~ん、足か身体かどっちで振るのか一貫して欲しいな……

 そんなアチコチ矛盾したクローディアとの稽古は、気疲れするものの私の心は浮き立っていた。


「もうちょっとだよ、アリサ! これ終わったら、野いちご一緒に食べようね!」


「うん、頑張る!」


 こんなやり取りをしているとライムに剣を習っていた頃を思い出される。

 もちろんライムの剣は当初から完成されており、芸術だったので比較にならない。

 でも……


(アリサ! もっと足腰を使ってビュッと振って、グワッと上げて!)

(空気の流れを感じるの。あなたはピューッと吹く風なんだよ)


 今思えばハチャメチャな指導だけど、彼女の真似をしているだけで不思議と強くなれた気がした。

 そして、楽しかった。


(ライム……もう……ヤダ)

(泣かないのアリサ! これ終わったら一緒にパフェ食べるよ。頑張れる? オッケー?)

(……パフェ……食べたい)

(じゃあファイト! 私も食べたいもん)

(頑張る……)

(特別に乗っかってるイチゴもあげる!) 


「なのにしれっとイチゴ全部食べちゃってさ」


 そう小声でつぶやくと、最後の一振りを終えてクローディアと一緒に野いちごを食べた。

 彼女と剣の稽古の後に野いちごを食べながら、お互いのことを話すのが最近の一番の楽しみだった。

 同じ目線で、同じ立ち位置で話せる相手。

 ライム以前も以後もそんな相手はクローディアが初めてだった。


「アリサ、かなり強くなってきたね。あなた剣術向いてるんじゃない?」


「そ、そうかな」


「そうだよ! 剣の扱いが様になってきたもん。このままならいずれ私と良い勝負できるかもよ」


「ほんと? そうなったらいいな」


「ま、20回に1回くらいはね。毎回とは言ってないよ!」


 そう言ってニッと笑うクローディアに私もクスクス笑う。


「今度、行商人が来たらあなたの服選んであげる! あなたに似合いそうな服、イメージ出来てるんだよ」


「え! なになに?」


「それは……内緒!」


「教えてよ! ケチ」


 そう言って二人で笑い合った。

 それから2人で近くの泉のほとりに座り、咲いている花をいっしょに摘んだ。


「クローディア、これ似合うんじゃない?」


 私は咲いていた青い花を彼女にさし出した。


「えっ! いいよ私は……ガサツだからそう言うの似合わないし」


「そんな事無い! クローディア、とっても可愛いよ。ちゃんとお化粧して髪型も整えたら、男性がほっとかないよ」


「……そ、そうか……な」


「うん! 絶対に。街にもクローディアくらい可愛い子そうはいないもん」


「街……か。私、何故かパパにも余程のことが無い限り街を歩き回るな、って言われてて。だから用事が済んだらすぐに帰ってたんだ。でも、本当は……市場でお菓子を食べたり、可愛い服を見たりしたい」


 そうだったのか。

 何故、そこまで人の目を避けるのだろう。

 私のそんな疑問を知る由もなく、クローディアはため息まじりに続けた。

 

「ねえ。アリサはやってみたい事とかある?」


「わたし?」


「そう」


「私は……どこかの街の片隅でひっそりと平和に暮らしたい。普通にお仕事して、普通に友だちを作って。普通におばあちゃんになりたい」


 友達……

 その途端、リムちゃんやアンナを初め、みんなの顔が浮かんだが、軽く頭を振って追い出した。

 私に……みんなの事を思う権利なんて無い。


「そっか、アリサは奴隷だったもんね。そう言うの憧れるよね。私はね……旅したいな」


「旅?」


「そっ! 知らない国をアチコチ旅してみたい。だってさ、世界ってめちゃくちゃ広いじゃん! なのに、そんな場所や景色を見ること無く死んじゃうなんてヤダよ」


「クローディア……」


「この森や小屋は好き。私の居場所だもん。パパも大好きだし。でも……ここしか知らないのは嫌。もっと色んな場所を見て、色んな人に会いたい。色んな出来事も経験したいし知りたい」


 クローディアは話しながら、うっすらと涙ぐんでいた。

 彼女は確かに容姿端麗だし、頭も切れる。

 エネルギーにも満ちているから、この森で埋もれるには気の毒ではある。

 それを望んでいるならともかく、そうでないなら尚更。


「だからアリサ、一緒に旅しよう!」


「えっ!?」


「私、パパに近々話そうと思ってるんだ。独り立ちしていいか? って。私もう15歳だもん。独立してもいいと思うの。許可もらえたら街で仕事して、お金溜まったらあちこち旅してみたいの。その時は一緒に行こうよ! ってか、一緒に街でお仕事しようよ。奴隷商人が来たら私がやっつけてあげるから」


「クローディア……」


「憧れてたんだ……友達と一緒に旅するの。何故かあなたといると凄く楽しい! 何だかホッとするし。良かったら一緒に街に住もうよ。そこで2人でお仕事してお金貯めてさ……そして、2人で旅するの」


 私は無言でクローディアを見つめた。

 もし、そうなったら……

 それはとても心が浮き立つ空想だった。

 でも、出来ない。

 そうすることは、リーゼやライムから逃れる私の逃避行に突き合わせることになる。

 それは、彼女が望む「旅」ではないだろう。

 街に降りるのはいい。

 でも、そこからは彼女は彼女にふさわしい人と出会うべきだ。


 そう思いながらクローディアを見ると、彼女は不安気な表情で私を見た。


「だめ……かな?」


 駄目に決まっている。

 断らないと。きっぱりと。

 だが、私の口から出た言葉は全く異なるものだった。

 

「……分かった。その時は一緒に旅しよう。色んな国を」


「わあ、やったあ! もう〜アリサったら、断られるかと思って怖かったんだからね! 大丈夫、私が道中は守ってあげるから」


 私は曖昧な笑みを浮かべながらクローディアを見た。

 でも、それから2人で泉に入り水浴びをしたけど、とても幸せな気持ちだった。

 彼女と……暮らせる。

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