あなたが幸せになるまでは

 暗転した世界が開いた時、目の前にライムの顔があった。

 朱に染まった顔。そして対照的な氷のような無表情。

 でも、私を充血した目で見ている。


「……ラ……イム」


 途切れ途切れに言う私にライムは深く息を吐くと……私の頬を思いっきり叩いた。

 頬の信じられない痛みと共に、私は後ろに飛ばされた。

 その頬と全身の痛みで一気に意識が覚醒した。


「私が治した。でも……ギリギリだった。石の発動が酷く遅れたから。石は死人の復活は出来ない」


 そう言うと、ライムは私に近づき胸元の服を掴んで引っ張り上げた。


「このペンダントは……ユーリが細工した。あなたでないと完全にコントロールできないの! あなたみたいな……大馬鹿でないと!」


 ライムはまた手を振り上げたけど、私の目はライムの腕では無く、彼女の胸元のペンダントを見ていた。

 これを……待っていた!

 ほんの少しの隙が出来るのを。


 私はライムの胸元のペンダントを掴むと思いっきり引っ張って、それをちぎった。

 そして、久しぶりに戻ってきたペンダントを両手で強く包み込むように握ると。

 クロノさんの所に駈け出した。


「リム……あなた……わざと首を……」


「こうすれば絶対ライムは私を助けると思った! 死なれちゃ困るんでしょ? 普段のライムからペンダントを取り返すなんて、私じゃ絶対無理。でも……これだったら、って」


「その機会を作った……自分の命をかけて……でも、もし私が来なかったら? 石が発動しなかったら?」


「絶対ライムなら来てくれる。そして、ライムなら助けてくれる。そう思ってた。私に商品価値がなくたって……きっと。私、あなたの事も信じてるから」


 ライムは呆然としていたけど、飛行船から聞こえてきたサラの言葉で我に返ったようだ。


「ねえ! 早く戻りなさいよ! お城に帰って傷を治して欲しいのよ! 痛いって言ってるでしょ!」


 飛行船から聞こえてきたサラの声に、ライムは舌打ちをした。


「うるさい神輿ね。ブライエ、今度こそ戻るわよ」


「はい」


 2人はそのまま飛行船に戻っていった。


「リム。そのペンダントはあげる。あなたの覚悟と勇気に対する対価として。でも、次会った時はあなたごと私の物にする」 


 そう言うと、ライムは飛行船に乗り込んだ。

 ブライエさんも私たちを振り返ることなく、後に続く……と思っていたら、突然立ち止まると私を見て言った。


「リム様。ライム様のお考えは分からない。でも、あの方を信じる。……ライム様は必ずあなたを手に入れるでしょう。忘れないで下さい」

 

 そう言って飛行船に乗り込むと船は浮かび上がった。


 それを見ながら私は改めて手の中の物を見た。 

 青いペンダント。

 コインのような形をした深い青色で、夜空の星のような細かな粒が無数に入っている。

 私の宝物だった。


 ※


「この……馬鹿者! 何という馬鹿者だ! 本当に信じられない馬鹿者……」


「クロノさん、後で好きなだけ聞くから今はアンナさんを!」


 そう言うと、ペンダントを握りしめる。

 お願い……!

 祈るようにペンダントを見ていると、ぼんやりと青く光り始め、それは徐々に私の意思に呼応するようにアンナさんを包み込んだ。

 そして……血まみれは変わらなかったけど、傷が治っているのは見た感じで分かる。

 ……やった!


 私が涙を流していると横たわっていたアンナさんがうっすらと目を開けた。


「アンナさん……」


「ヤマモトさん……」


 そうぼんやりとつぶやくと、突然大きく目を見開いて勢いよく身体を起こした。

 何かあったの!?


 驚く私にアンナさんは言った。


「ヤマモトさん! 何という……馬鹿なことを! 私、白髪が一気に増えました。おばあちゃんにする気ですか!?」


「アンナさん……元気に……」


 そこからは言葉にならなかった。

 こんなに出るんだ、とビックリするくらいの涙を流しながら、アンナさんを抱きしめた。


「良かった……良かったよ……」


「ヤマモトさん。ご心配……おかけしました」


「大丈夫。でも馬鹿なことはお互い様だよね。これでチャラね。それに、クロノさんだってあんなに泣いて……」


「馬鹿者。私は泣いてない。やたら眠くてあくびが止まらんだけだ」


「アンナさん、死んじゃうかと思って怖かった……」


「大丈夫です。わたしは絶対死にません。全て終わって、あなたが……愛する人と幸せになるのを見届けるまでは」


 私はアンナさんの顔をじっと見た。


「それまで山本リムを守り続けます」


 その時、クロノさんが横からぼそっと言った。


「ヤマモト。悪いが私の腕も早急に治してくれ。矢のかすり傷が痛い。以前、深爪した時より痛い。あの時も死ぬかと思ったが、それ以上では無いか。このままでは死んでしまう」


「では死ね」


「アンナ……貴様! 私と戦うつもりか!? 命知らずめ」


「その言葉はせめて6歳児に勝てるようになってから言え」


 私は2人のやり取りを聞きながら、胸があったかくなるのを感じていた。

 やっと……終わった。

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