リムと悪の華(8)

 突然駈けだした私をライムは無表情で見やると剣を抜いた。

 切られる?

 でも……死んじゃうわけには行かないんだ!

 その時、私とライムの間にクロノさんが走り込んだ。


「ヤマモト! 死にたいのか、馬鹿者!」


 私はその場に立ち止まると、ライムに向かって声を限りに叫んだ。


「お願いライム! ペンダントを……返して! 万物の石のペンダントを!」


 突然の私の言葉にライムは表情を変えず、隣のブライエさんは軽く口を開けていた。

 クロノさんもポカンとしている。


「ヤマモト! お前は……馬鹿か!」


 クロノさんの怒鳴り声が聞こえる。

 

「敵からやっと奪い取ったものを『返して』と言われて、すんなり返す馬鹿がどこにいるの?」


 ライムの冷ややかな声が聞こえた。


「リム様。結果として共闘することもありましたが私たちは敵同士です。勘違いなさらぬよう」


 ブライエさんの言葉はまるで駄々っ子に言い聞かせるようだった。

 うん、分かってる。

 私だってそこまで脳内お花畑じゃ無い。

 でも……でも。


 私はクロノさんの横をすり抜けようとしたけど、腕をがっちり掴まれたためそれ以上近づけなかった。

 そうだよね、分かってる。

 なので、私はその場で……土下座した。


「お願い、ペンダントを返して!」


「アンナ・ターニアを石の力で治すって事?」


 ライムの言葉に土下座したまま頷く。


「じゃあ、条件がある」


「な、なに?」


「私たちの仲間になりなさい、リム。アリサ達を見限って。私たちの側について、私たちの考えによって石を働かせなさい。約束すればペンダントは返してあげる」


 私は息を呑んだ。

 内心、あり得ることだと思っていたけど、言葉として聞くと脳の芯がカッと熱くなるみたいだ。

 そうか、さっきライムが言ってた「私を協力させるためにも必要だった」って言うのはこの事。

 だからアンナさんを見て見ぬふりを……

 

 でも……それをしてしまったらどうなるの?

 改めて考える。

 エルジアさんの所での事が浮かぶ。

 石を破壊する。

 そして結晶病を無くす。

 その約束。

 ライム達は石を使って、選ばれた者の世界を作ると言った。

 そこにはアンナさんはいるの? コルバーニさんは? オリビエは? クロノさんは? エリスちゃんみたいな子はいるの?


 私は……やっぱり。


 私はギュッと目を閉じると覚悟を決めた。

 そう。

 分かっていた。これしか無いことを。

 でも、怖くて出来なかった。

 でも、アンナさんの感じた怖さに比べれば。

 

 私はいつもそれに甘えてきた。

 オロオロしながらいつでも安全なところで、みんなの「覚悟」に乗っかってた。

 まるで、クッションに座ってくつろぐみたいに。

 クッションがどんなに形が歪んで、中のビーズが飛び出しても構わずに。

 でも、今は違う。

 今度は……私が!


「ライム! 私を……見なさい!」


 私はそう大声で叫び、ライムが私にまた目を向けたのを確認すると、護身用のナイフを抜いて首に当て一気に引いた。

 瞬間、世界が止まった……様に見えた。

 首の焼けるような痛みと共に、暖かい血が溢れて……吹き出した。


 良く聞こえないけど……クロノさんの悲鳴かな?


 そこまで考えたところで、急速に目の前が暗くなりそのまま世界が暗転した。

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