リムと悪の華(7)

 サラは背後のライムを見ると、冷ややかな口調で言った。


「あなたの都合の良い話ばかり作るのは止めてくれない? 私はパパのために石を取り返してあげたのに」


「でも、山本リム殺害の指示まで受けましたか? 彼女は石を最もコントロール出来る可能性がある。と、言うことは石の力を最も引き出せると言うこと。国王陛下もその商品価値を評価しておられる。殺すことは許されません」


「殺すつもりは無いわ。仲間は別だけどね」


「そうですね。お仲間は好きにすれば良いかと。ただ、山本リムの心を壊し廃人にしてしまっては同じ事。国王陛下の望みはあくまで進んで彼女を協力させることなので。そう思うとサラ様の方法はやや賢くないのでは」


「ならなぜ、アンナ・ターニアの危機を見て見ぬふりしてたの? 矛盾してない? 山本リムの心が壊れるのであればあなたのした事も無能じゃない」


「私は後々の事も考えているのですよ。山本リムを協力させるためにもあれは必要だった。根拠のあるなしは大違い。後でゆっくりレクチャーしてあげますね」


「私を……馬鹿にするな!」


 サラが怒声と共にムチを振ろうとしたが、ライムに腕を掴まれてしまった。


「なぜ……」


「サラ様、以前レッスンしましたよね? ムチの弱点は接近戦に極めて弱い事。先ほどもアンナ・ターニアにそこを見破られたではありませんか。懐に入られたら終わり」


「お前はいつもいつも私を馬鹿に……パパに気に入られてるからって! 弓!」


 サラがそう叫ぶが、弓矢は全く放たれなかった。


「何やってるのよ! 役立たず!」


 そう怒鳴るサラにライムは苦笑しながら言った。


「サラ様、もし矢が放たれたら私の位置ならあなたに当たってしまう事を、あの射手達は分かっている。役立たずは可哀想です」


 そう言った途端、背後から2人の部下の男がライムに斬りかかってきた。

 ライムは軽く避けたが、その隙にサラはライムから距離を取った。


「考えたら、あなたをここで殺しても真実をパパが知ることは無いわね。アンナ・ターニアにやられたって事にすれば」


「あら、私ずいぶんサラ様に嫌われてしまったのですね」


「ええ、そうね。あなたが来てからパパは私だけの物では無くなった。あなたにご執心になっちゃって……あなたの生き血で部屋中塗りたくってやらないと、気が済まないくらいに……嫌い」


「なるほど……ふと思ったのですが、逆もありますね。私がうっかりサラ様を殺めてしまっても、真実を国王陛下が知ることは無い。アンナ・ターニアにやられた、と言えば」


「そうかしらね。じゃあ、このムチ避けてみる?」


 そう言ってライムに向かったムチを、何故か彼女は避けずにまともに受けた。

 右の頭部から大量の血が流れてきていた。

 何で……


「あら? どうしたのライム? 今、避けれたじゃない」


 サラの言葉に返答せず、ライムは無表情でジッと見ている。


 その時、背中のアンナさんが振り絞るように「不覚だ」と言った。

 

「どうしたの? アンナさん……」


「ヤマモト、我ら3人だ。後ろを見ろ」


 クロノさんの言葉に背後を見ると……すぐ近くに斧を持っている男性……私たちが乗ってきたカヌーの漕ぎ手さんがいた。


「あらら、ライム。急に動かなくなってビックリしたじゃん! いいよ~私を切っても。その代わり、アンナちゃんとリムちゃんは……」


 サラは楽しそうに両手で口元を隠してクスクス笑った。


「ライム、そこなんだよ~。あなたがずっとダメダメな理由。さっきアンナ・ターニアとリムちゃんを見捨ててれば勝てた。私ならそうした」


 サラはニコニコと可愛らしい笑みを浮かべると、ムチを置いて腰の剣を抜いた。


「今、思ったんだけどアンナ・ターニアはこの後なぶり殺しにするんだから、そいつがあなたを殺したってのは無理あるよね! いいよ、殺しちゃってもパパなら許してくれる! うっかりやっちゃった、って!」


「そうですか。では、私があなたをうっかり殺しちゃっても、謝れば許してもらえますよね。うっかりやっちゃった……って。私はサラ様よりもお父上に受け入れられているので」


「……黙れ」


 その直後、飛んできた矢がサラの腕に刺さり、彼女は血を吹き出しながら悲鳴を上げた。

 そしてライムは落としたムチを冷ややかに見ると、矢の飛んできた方に手を振った。


「やっほ、ブライエ。ナイスタイミング」


 あ……さっきまでの射手さんじゃない。

 そこにはブライエさんがクロスボウを構えて顔を出していた。


「申し訳ありません、ライム様。制圧が遅れてしまいました。そして、失礼しましたサラ様。本来はクロノ・ノワールを狙ったのが手元が狂ってしまい」


「こらっ、ブライエ! 何という無礼なことを。ま、でも王女とお付きがトラブってたなら、焦って手元も狂うよね。ん、遅れたのはオッケー。大ピンチごっこも良い感じ」


「有り難うございますライム様、そしてリム様の方も制圧してあります。アリサ・コルバーニ達の方へはリーゼ様の部隊が向かっているので今頃片付いているかと。」


 その言葉にハッとして振り向くと、さっきの斧を持った人が首に矢を受けて倒れていた。


「ブライエさん……」


 私の言葉にブライエさんはチラリと目をやると、小さく頷いた。

 けど、すぐにライムの元に向かった。


 少しして合流したブライエさんが言った。


「来ました」


 その声と共に、私たちの頭上が急に暗くなった。

 驚いて頭上を見ると、そこには以前乗った……飛行船が浮かんでいた。


「ライム! 今回だけは見逃してあげる。だからお互い今回のことはパパには報告は無しで。アンナ・ターニア! 次会ったら八つ裂きにしてやる! ……まあ、その必要もなさそうだけど。もうすぐ死ぬよね」


 サラはそう言うと、飛行船に乗り込んだ。


「リム。間違ってもらっては困るけど、助けたわけじゃ無い。コッチ陣営の利害がズレただけ」


 ライムはそう言うと、ブライエさんとともに飛行船に乗り込もうとした。


「待って! ライム!」


 私はそう叫ぶと、クロノさんにおぶっていたアンナさんを任せて、ライムに向かって駈けだした。


「ヤマモト!」


 クロノさんの声が聞こえたけど、関係ない。

 私は彼女を逃がすわけには行かないんだ。絶対に。

 でないと……手遅れになっちゃう。

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