リムと悪の華(4)
少女の突然の言葉に私は息を飲んだ。
この子……
「えっ、ごめんなさい! ビックリさせるつもりは無かったの。ただ、普通の子があんな変なの出せないでしょ」
私の両手を掴んでニコニコしながら話す少女の表情からは、何も伺うことは出来ない。
でも、この子は万物の石を知っている……
「お前、何者だ」
クロノさんが私の隣に来て、護身用のナイフを構えている。
でも、少女は鈴が鳴るように軽やかに笑った。
だけど、その次に続けた言葉は私の心胆寒からしめるものだった。
「ごめんなさい、冗談も程々にしないとパパに怒られちゃう! また遊び過ぎちゃった! 続けるね、リム・ヤマモト。エルジア邸では人形を山ほど出し、実験台の子に幻覚を見せ。カンドレバでは真紅の犬を出した。そうそう、付け加えるならカーレではあなたが結晶病をコントロールし、今や取り込んでいる。気付いてる? その異常さを。まさにあなたこそユーリの最高傑作。本当はパパに差し出したいけど、その前に壊れるまで遊んであげるよ」
抑揚がほとんど無いしゃべり方の異様さも相まって、目の前の少女が別の存在のように思えた。
この子……マズい。逃げなきゃ!
私は後退りして彼女から大幅に距離を取った。
クロノさんも同じ事を考えていたのか、後ずさりしているけど、そうしながら小声で私に言った。
「他に2人、路地裏に隠れているようだ。ヤマモト、以前お前のくれた……ぶざー? あれを私が鳴らす。アイツと仲間が気を取られている間に全力でカヌーまで逃げろ。お前が視界から消えるまで死ぬ気で食い止める。コルバーニ達の所へ必ず行け」
クロノさん……そんな!
「あ、おじさん。言っとくけど自分を犠牲にしてリムちゃんを逃がすのは無しね。なんでって? だって……」
そう言うと、少女は腰に下げたバッグから何かを取り出したが、それが何か分かった私は背筋が凍った。
それは、無数のトゲが付いた太いムチだったのだ。
少女はそれを見せつけるように地面に向かって振る。
その瞬間、空気を切る不気味な音が聞こえた。
「私、可愛い子の悲鳴が大好きなの。おじさんに用はない。ううん、もっと好きなのは……」
次の瞬間、瞬きほどの間に少女は私の目の前に来ると、次の瞬間頬に鋭い痛みを感じた。
少女は左手の長く鋭い爪を見せつけるようにヒラヒラさせると私の頬を撫でた。
その手にはベッタリと血が付いていた。
足が震えている私の目の前で、少女は手に付いた私の血を口に含み、ウットリとした表情で言った。
「可愛い女の子の血が大好き。だからリムちゃん、今から遊びましょ。あ、さっきの邪魔者達は処分しといたから、もうすぐ二人っきりだよ」
その言葉が合図になったかのように、路地から2人の男性が現れた。
でも、2人とも何というか……仮面のような不自然な無表情で見ているだけで、ゾッとする。
どうしよう……
私は真っ白になりそうな頭を必死に働かせて、この異様な状況を何とかしようと思った。 でも、全然浮かばない。
この場にはクロノさんと私しか居ない……
「あ、自己紹介遅くなっちゃった。私はサラ・ザクター。以後、お見知りおきを。あ、今ので気付いたかもだけど、パパはニコラ・ザクター。ラウタロ国の国王だよ。良かったね! 一気にラスボス? ライムのバカがそんな事言ってたな……そのラスボスに近づけたね!」
「あなた、ライムを……知ってるの?」
「当たり前じゃ無い。私はラウタロの王女。ライムは私の部下。と、言っても元々敵だった奴なんて信じないけどね。しかも……パパの寵愛も受けちゃってさ……ムカつくよね。ムカつく。……そうだ、リムちゃんライムと仲良かったんだよね?」
そう言うと、サラはムチを振り上げた。
それはまるで生き物みたいに私の左腕の二の腕をかすめたが、次に瞬間焼けるような痛みを感じ思わず悲鳴を上げた。
「ゴメンね。ついムカついちゃった。でも、今ので無しね。次からは遊んであげる……動けなくしてから、お城に連れて行って八つ裂きにしてあげるから。楽しいよ。可愛い子で遊ぶの。パパにおねだりして良かった。一目で気に入っちゃったんだもん。リムちゃんの事。その前に万物の石の液体……名付けて万物の水。これを身体に入れて! ってお願いして良かった。こうして石をコントロールする力も持てたし。お近づきになれたし」
サラがニコニコと抑揚の無い口調で言う。
「あなた……狂ってる」
「嬉しい! どの子もそんなような事言ってたの。それ聞く度に嬉しくなる。何でって? だって楽しいじゃん……生意気な子の泣き声を聞くの。許してくださいって言わせるの」
そう言うとサラはまたムチを振り上げた。
私は思わず目を閉じようとしたがその瞬間。
「2人とも伏せて!」
その鋭い声に思わずしゃがみ込むと、私たちの上を黒い影が飛び越えて飛んできたムチを剣でなぎ払った。
「ヤマモトさん、クロノさんご無事で」
その何回も聞いた声。何回も見た優しい表情。
私は安堵で泣きそうになった。
「アンナ……さん」
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