リムと悪の華(3)

 え? メイド……


 エルジアさんの所ではそれらしい事もしなかったけど、メイドだったら何とか……

 

「断る」


「え!」


 私の返事も待たずに!

 ムッとしてクロノさんを睨んだ私を真っ直ぐ見ると、彼は言った。


「血迷ったかヤマモト。こいつは肝心なことを言ってない。その金持ちは男か? メイドはいいが何の世話をする? まっとうなメイドを探すなら正規の手段で募集するだろう」


「ふん、クルクルパーかと思ったら鋭いじゃねえか。そうだよ。その方は男だ。お嬢ちゃんには夜の方も世話してもらうんだよ」


「……夜?」


「ヤマモトはまだ知らなくていい。もう一度言うぞ。断る」


「……じゃあ、力尽くだな。おい! エバンス! お客様だ」


 スキンヘッドさんがそう言うと、店の奥から角刈りの男性が出てきた。

 と、言っても筋骨隆々で明らかに強そう……


「ふん、実力行使か」


 クロノさんは失笑しながらそう言うと、悠然と立ち上がった。

 エバンスと言われた角刈りさんは、クロノさんの前に立つと鋭い目で睨み付けて言った。


「その女を置いて逃げたら見逃してやってもいいぞ、おっさん」


「弱い犬がキャンキャン吠えてるな。3回回ってワンと言ったら許してやってもいいぞ。角刈り」


「クロノさん……」


 私はハラハラしながら見守っていた。

 あの様子ならクロノさんが勝つだろうけど、その後でスキンヘッドさんが何してくるんだろ? 絶対激怒するだろうからすぐに逃げて……って……あれ?


 角刈りさんがクロノさんの顔面にパンチすると、あっという間にクロノさんはその場に倒れてしまったのだ。

 嘘……弱い!


「……コイツ、超弱いっすよ」


 角刈りさんがポカンとした表情をしている。


 そうだよね、私もポカンとしてる。

 って! そんな場合じゃ無い!

 クロノさんがやられたと言うことは……夜のお相手? 何するか分からないけど……何か嫌だ。


 私は必死に頭を働かせた。

 角刈りさんとスキンヘッドさんはすっかり油断して、後ろを向いている。

 どうしよ、どうしよ…… 


 必死に考えていると、ふっと誰かが後ろから指輪に触れたような気がした。

 

 え?

 慌てて指輪を見ると、青色に鈍く光っている。

 何? 何なの? 

 クロノさんが弱すぎてビックリしたのが良かったのかな?

 そう思うやいなや、私は反射的に身体が動いた。


 指輪を2人の前に向けると、全力でイメージした。

 お願い! 出てきて!


「お! 何だこりゃ」


「兄貴! なんすかこれ!」


 やった……

 私のイメージした、でっかい黄色のスライムがそれぞれ2人の首から下を包み込み、2人はその場から動けなくなった。

 ただ、その場の物で作ったせいか、スライムがどっかお酒臭い……


「クロノさん! 起きて! 逃げますよ」


 何回揺すっても起きないので、やむなく近くのテーブル上の氷を掴むと、クロノさんの服の中に入れ、さらに横顔に押しつけた。

 

「うわ! 何だ! ヤマモト、貴様何を考えてる。殺す気か!!」


「それは私のセリフです! 弱いのにあんな挑発して! 逃げますよ」


「あのスライムはお前か?」


「はい! ……嘘! 消えかかってる?」


 指輪の光が弱かったのが関係してるのか、スライムが消えかかってる!

 これ……ヤバい!


 2人は怒り狂った表情で私たちに向かって足を進めた。

 

「逃げないと! 行きますよ、クロノさん」


 私はそう言いながらお店の外に駈けだした。


 ※


 もう……何でこんな事に。

 かなりの時間アチコチを走り、背後に人の気配を感じなくなると、私はようやくその場に座り込んだ。

 もう……走れない。

 

 その時、ふとクロノさんの姿が見えないのに気付いた。

 ……置いてかれた?

 そう思い愕然としていると、遥か背後から「ヤマモト」と呼ぶか細い声が聞こえたので慌ててそちらに行くと、案の定クロノさんがふらふらになりながら歩いていた。


「ちょっと、クロノさん。冗談ですよね?」


「こんな非常時に冗談など言うか! 馬鹿者」


「運動音痴の私より体力無いって大概ですよ……って、あなたは?」


 いつの間にかクロノさんの隣でニコニコと立っている女の子に向かって言った。

 その子はブロンドの髪を腰まで伸ばし、宝石のような美しい青い瞳とプルンとした血色の良い赤い唇の……見惚れてしまうような美少女だった。


 その少女は私の問いには答えず私の目の前に近づくと、マジマジと顔を見てきた。

 こんな可愛い子に……何かドキドキする……

 だけど、少女の次に言った言葉に私は耳を疑った。


「ねえ、その指輪万物の石でしょ? もしやと思って触ってみたらやっぱ大当たり! ねえ、あなた何者?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る