ある村の姉妹
「あの……エッタさん」
私が声をかけると、彼女は弾かれたように振り向いた。
その顔は涙でベトベトになっており、全身からはお酒の匂いが漂っている。
「ああ……あなたたち。今は勤務時間外。何しても自由でしょ」
そう言ってクックと笑った。
手にはお酒の瓶があった。
「エッタさん、大丈夫……ですか。そんなに飲んで」
「さあ、いいんじゃない? だってこうしないと、あの子……エリオットの顔が浮かぶんだもん。……私にどうしろって……言うの!」
そう言ってエッタさんは手に持った酒瓶を隣の焼却炉に向かって投げつけた。
瓶は激しい音を立てて割れた。
「バーンズの野郎、一抜けしやがって! ここから脱走できるなんて思わなかった……でももう無理! 警備は余計厳重になったし。ほんと、あなたたちも不運だったよね。こんな地獄に来ちゃってさ」
エッタさんは吐き捨てるようにそう言うと、私たちを見た。
バーンズさんって酒場で会ったあの人……
「エリオットをこの手で……そんな手で赤ちゃんを抱いて、子供達に向かってケラケラ笑って。こんな張りぼての楽園ごっこをして! 新人さんたち。結晶病は治らない病気なの。子供は一度感染すると2年持つかどうか。そして他の感染している子達に触れるとさらに発症が早く、酷くなる。それを防ぐには……言いたくない。あなたたちも慣れるまでに正気を保ってたら分かる」
「みんな……死ぬ」
「そう。だからあの娘達に未来なんて見せないで欲しいの。それを話す子供をみると、気が変にな……あ、もうおかしくなってるか」
エッタさんは、私たちを酔いで濁った目で見ると続けた。
「だからお酒は大好き。こうやって飲んでれば死ねるかも知れないから。毒薬はここにないからね」
※
その夜。
寝付けなくてお手洗いに立った私は少し先にシーナさんが立っているのが見えた。初日に私たちに話をしてくれたメイド長と言う偉い人だ。
変わらず黒いメイド服がよく似合っている。
シーナさんは無言で私を見ると、軽く手招きをして先に歩き出した。
え? なんだろう。
不思議に思いながら後に続くと、シーナさんは自分の部屋の中のドアを開けて、私に入るよう促した。
何かの話があるんだろうけど……思い当たるところが無かったので、不安にはなったけど中に入った。
「あの……何かご用でしょうか?」
おずおずと話す私の顔をじっと見ながらシーナさんは言った。
「地上の楽園のご感想はどう? リム・ヤマモト」
え?
驚く私の前で、シーナさんはおかしそうにクスクス笑うと、顔を……またも剥がした。
すると、そこに居たのはリーゼさんだった。
「リーゼさん……シーナさんに化けてたんですね!」
強い口調でそう言った私は、振り向いて部屋を出ようとした。
「待ちなさい。あなたをどうこうしようとするつもりは無い。何よりそのドアは開かないわ」
確かにドアノブは何回回してもビクともしない。
「話を聞いてくれたら出してあげる」
「ライムは……どこにいるんです? どうせどこかに……」
「居ないわよ。これは私の独断で動いてる」
「え?」
「だからあ、私が勝手にやってるんだってば。本物のシーナはエルジアと一緒に出かけてて、明日の晩帰ってくる。それまでなりすましてただけ」
「なんで……こんな事を」
「さあね。私も分かんない。ただ、あなたを見てると思い出しちゃうのよ……妹を。昔の私を……」
リーゼさんはそう言うと私の目の前に歩いてきて……突然胸元の服を掴んだ。
首元が締まる苦痛に思わず顔を歪めた私に向かってリーゼさんは言った。
「妹……リタは気が弱いけど真っ直ぐで優しい子だった。私たち一家はパパを早くに亡くし、私とリタ、ママの三人で暮らしていた。作物もろくに取れないラウタロなんてクソみたいな国の中でも、さらに貧しい地方の村だったから生活は苦しかったけどそれなりに楽しかった。特に本を読むのが好きだったリタには良く適当に作った話を聞かせてあげた。本とか買ってあげるお金は無かったから」
そう言うと、私の首元から手を離した。
そんな私を見ながらリーゼさんは続けた。
「そんなリタは医学に興味を持ち、薬草を集めたり行商人から本を買ったりして自分で勉強していた。それで村人の病気や怪我を治療したりもしていた。そのうち村人から頼られるようになり、私もそんな妹が誇らしかった……そんなある日。私たちの村に住む女の子が急に苦しみだした。そして、身体のアチコチに青い結晶が出てきた」
「それって……」
「そう。村に結晶病が来たの。ただ当時はそれが何なのか広まっていなかった……今もそうだけどね。違いは今は『死体を原型も残らないくらい破壊する事で感染を防いだ気になる』だけど、当時は『死神に取り憑かれた不吉な存在』かな」
リーゼさんは皮肉っぽい笑みを浮かべると続けた。
「極度の恐怖に襲われた村人は、感染した子供が苦しみ抜いて死ぬのを見て、次は自分たちだと恐れた。それを見たママはこの村から逃げよう、と言った。けど、リタは言ったの。こんな時だから見捨てたくない。自分たちに出来ることをしたい。きっとみんなで協力すれば……どこかのバカ娘みたいな事を言って」
リーゼさんの顔は真っ赤に染まり、鬼のように歪んでいた。
「何より許せないのは、リタの話を聞いて『見捨てちゃいけない。村のみんなは大事な仲間だ! リタはずっと村のみんなのために頑張ってきた。あんなに慕われてるこの子がいればみんな協力するはず!』そんな事をヘラヘラと言ってたリーゼと言う女だけどね。結局、ママは私の言葉が最後の一押しとなり、村に残ることに決めた。『あなたたちを信じる』と言って。あの子は、リタは言った『きっと姉さんが聞かせてくれたお話みたいになるよ。って』」
リーゼさん……
「あの日。私は結晶病の事を調べてたリタの代わりに山に薬草を採りに行っていた。リタやママが大好きだったキノコも見つかったから、それも集めて。二人とも喜ぶだろうな……頑張ってるリタにキノコ鍋でも作ろうか。なんて脳天気な事を考えながら。そして、キノコ集めで予定よりかなり遅くなり急いで山を下りた私は……村の1カ所から火の手が上がっているのが見えた。私の家だった」
リーゼさんはそこまで話すと、テーブルの上のノートやペンを右手でなぎ払った。
「あいつら、私たちの家に火を着けたの。呆然とたたずむ私の耳に聞こえていた『魔女は滅んだ』『変な研究してた魔女はいなくなった』『これで村は安全だ』笑えるでしょ? 今まであれだけリタに助けてもらってたのに『ありがとう』と言ってた同じ口で言うのよ! そう! 結晶病をリタが運んできたと思ってたのよ! あいつら!」
最後の方は怒鳴り声になっていた。見ると、涙も浮かんでいる。
「私は気がついたら逃げていた。怖かった。私も殺される。それもあったけど、何より家の前に倒れている2つの人影を見たから。リタ、ママ。私のせいだ。その事から逃げたかった……それから私は、スピリオに流れ着きそれからは……まあどうでもいいわ。ただ、私は色んな物に仕返ししたかった。あの村にも。結晶病にも。こんな事にさせたラウタロ国にも。そして世界の『全て』に。ウィザードなら何かヒントがつかめるかもと思い生きてきた……」
リーゼさん……
私は何を言えばいいんだろう?
言ってることが本当なら、リーゼさんは石に家族を奪われた。
じゃあなぜ、ライムと一緒に石にこだわってるの?
私がそれを話すと、リーゼさんは笑って言った。
「最初、ライム様とは敵同士だった。私はラウタロ国の国王が考える『石の力で他の国を攻め滅ぼしもう1つの世界も支配する』と言う考えに傾倒していた。家族を奪った元凶を私が支配する。それは溜まらなく魅力的だった。でも、途中でアリサの力を知り石の破壊、と言う最終段階に入ったこと。そして、国王が石の力に恐れを持ったことで考えが変わった。この国王は使えない、と。なら、石の破壊もありかも、と。そもそも石のせいでリタもママも死んだのだから。そう。私は最終段階でアリサに賭けた……そして負けた」
「負けたって……コルバーニさんが、おじいちゃんを……って言う」
「そう。それからの私はウィザードの力であの村に復讐した後、飛び散った石を探した。こうなったら私があの石を壊すか支配してやる。でも、その後どうすればいいのか分からなかった。その時にライム様に出会った。あの方は私に協力しろ、と言った。当然笑い飛ばした。でも、あの方が言った事。それに私は魅了された」
そこまで話すと、リーゼさんはドアに向かって声を上げた。
「アリサ! いるんでしょ。そんな所でジッとしてないで入ってきなさいな」
すると、ドアにスッと縦横の筋が入り、次の瞬間ドアが崩れてコルバーニさんが入ってきた。
「まさか、リムちゃんに話してるとはな」
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