エルジアの帰還

「ついさっき来たんでしょ? 遅かったわね」


「……リムちゃん」


 蒼白になっている私を見て、コルバーニさんは顔を歪めた。


「リムちゃんに何を言った?」


「え? 何にも。ただ、このお花畑さんに講座の続きをね。あと、ライム様への手土産も」


 そう言うとリーゼさんは目にも止まらぬ速さで近づくと、私の腕を掴んだ。


「リム・ヤマモト。ライム様に歯向かう気も起こらないくらいにしてあげる。……目障りなのよ」


 そう言うと私の腕を信じられない力でねじりあげた。

 腕が……痛い!


 思わず悲鳴を上げたのとほぼ同じタイミングで、コルバーニさんの剣がリーゼさんに向かった。


 リーゼさんはギリギリで飛び退くと、舌打ちをした。


「邪魔しないでよ、腰抜け」


「リムちゃんをこれ以上傷付けるな。……私が守る」


「あら、お熱いわね。ごちそうさま」


 それに返事をせず、コルバーニさんは立て続けに斬り付け、リーゼさんは壁際に追い詰められた。


「ふん、前回とは違って切れがあるわね。退屈しなくてホッとしたわ」


 無言で剣を上げたコルバーニさんに向かって、リーゼさんは言った。


「あなたも知りたくないの? なぜ私とライム様が共闘したのか。見捨てられた側としては気になるでしょ?」


 コルバーニさんは氷の様に無表情だったけど、やがて剣を下ろした。


「続けろ。その後で切る」


「ライム様は言った。私が石を支配すると。支配してこの世界に石によって生んだ新しい技術で満たし、一人の指導者の下選ばれた人間のみで構成された世界にあって、その技術を高めた後……石とこの病を消し去ると。そう。あの方はハッキリと言った『選ばれた人間のみ』と。そうだ。なんでそんな事に気付かなかったんだろう。リタもママも優れた人間だった。でも、クズ共によって殺された。国王もクズだった。優れた者だけが生き残ればいい……そう、優れた者だけが」


「選ばれた……人間」


「あきれた考えだな。そんな考え、これまでの人類の歴史で上手くいったためしがない」


「そう。『普通の人間なら』ね。でも、ライム様は違う。そしてアリサ。あなたは見限られたの、ライム様に。この現実を見なさい。あなたがあの時、石の破壊をためらった。そのせいで結晶病はますます国中に広がり、こんな施設まで生まれた。そして、ライム様はあなたの言う『あきれた考え』に至った。ライム様はこういうでしょうね。『アリサ、あなたが言う資格はない』って」


 コルバーニさんの表情が強ばっているのが分かった。


「コルバーニさん……」


 私は、リーゼさんに向かって言った。


「私はまだ分からない。いろんな事が。何が正しいのかも。でも……私はやっぱり信じる」


「信じ……る」


 リーゼさんはポツリと言うと、窓に近づき右手を振り上げると、そのまま窓ガラスを手で叩き割った。


 激しい音を立ててガラスは割れ、リーゼさんの手や腕から沢山の血が流れ、それは床を赤く染め始めた。

 でも、リーゼさんはそれに構わず私に向かって歩くと、その血に染まった右腕を見せた。


「リム・ヤマモト。それなら私に見せてちょうだい。あなたの言う『信じる』って奴を。でもね。その道はこんな風に血で染まっているのかもよ?」


 そう言うと、リーゼさんは血で濡れた人差し指で、呆然と見ている私の唇にリップを塗るように自分の血を塗った。


「私はいつでもあなたを見ている。覚えときなさい」


 私は口の中に血の味を感じながらもリーゼさんから目を離すことが出来なかった。

 そして、次の日の昼前。

 小型の船のような物に乗って、クレアトーレ・エルジアさんが帰ってきた。


 私は船から下りてきたエルジアさんを見てビックリした。

 最初の「地獄」と言うイメージから、そこを統べる人に対して魔女のようなイメージを持ってたけど、見てみるとえっと……「美魔女」とでも言う感じの背筋の伸びたスタイル抜群の美しい老女だった。

 そんな彼女は私たちを見ると、ニッコリと笑って言った。


「あらあら、こんな可愛いメイドが入ってきてくれたのね。子供達もさぞ大喜びでしょうね」


「はい、エルジア様。子供達は早速懐いているようで安心しています。特にリム・ターニアは数名非常に仲の良い子供もいるくらいで」


 エッタさんが優雅な物腰でお辞儀をしながら言った。

 昨日の絶望に満ちた影は欠片も見えない。


「凄い! なら私の仕事も手伝ってもらえちゃうかな!」


「はい。彼女なら必ずや」


「じゃあ、次の機会があったら呼んであげて。人手はいくらでも欲しいものね」


 私は二人の会話の意味が分からずにキョトンとしていたが、エッタさんはエルジアさんが屋敷の中に入ると、泣きそうな顔で私を見た。


「あの……仕事って……他にもあるんですか?」


 おずおずと聞く私に向かってエッタさんは泣きそうな顔で言った。


「ゴメンね。でも……私ももうどうしたらいいか分からないの」


 そう言ってエッタさんは私に小さなナイフを手渡した。


「もし、私が憎いと思ったら二人だけの時にこれで……刺して。絶対バレない所に案内するから」


 慌てて首を振った私はエッタさんにナイフを返そうとしたけど、エッタさんはそのまま屋敷に向かって走って行った。


「ヤマモトさん。今後は私が必ず着いて行動します。ここは異常としか言い様がありません……あのエッタと言う女の表情見ましたか? 明らかに嬉しそうな表情でしたよ」

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