地獄と楽園

……未来を。

私の表情から察したのだろう。

エッタさんは苦虫をかみつぶしたような表情になると言った。


「そう。あの子達に未来はいらない。必要なのは今ここにある楽園だけ。私たちはこの楽園を演出するスタッフ」


「未来がいらないって……でも、あの子達はまだ子供です。未来……」


 そこまで言って私はハッとした。

そうだ、あの子達……


「気付いたようね。そう。あの子達はみんな結晶病の感染者。あなたたち余所の国から来たんですよね? なら知らないと思うけど、この国では結晶病患者、特に感染を振りまく子供は、見つかり次第その場で殺されるか、貧民街に捨てられる。……両親にね」


 両親!


「親が子を……殺す」


「そう。そうしないと、自分たちや他の兄妹が殺される。この国は結晶病に対してもはやヒステリーになってるから。だから、ここの子供達はみんな親に見捨てられたの」


 私の脳裏にエリスちゃんの笑顔が浮かんだ。


(大人になったら優しいお母さんになりたいの)


 その言葉。そして彼女の話した両親への言葉が、さっきとは全く違う意味を持って聞こえたような気がして、胃の奥からギュッと苦い物が溢れてくるような気がした。


「そして、結晶病になった子達は……」


 そうエッタさんが言ったとき、突然食堂の方から大きな音が聞こえた。

何かが倒れる音だった。


「リムさん! 今から私たちのやることをよく見てて」


 そう言うと、エッタさんは食堂に向かって走って行った。

慌てて後を追って食堂に入った私が見たのはテーブルを倒して転げ回っている男の子だった。その身体を見た私はギョッとした。

顔も含む体中が青い結晶に覆われていて、それはさながら宝石細工の人形のようだった。

男の子の鳴き声混じりのうめき声と、床を転がる音。

それと青い結晶に覆われた身体の美しさが不気味なコントラストを見せ、私は頭が真っ白になっていた。


 ふと、近くを見るとアンナさんとコルバーニさんが立っていた。

特に、コルバーニさんは顔面が蒼白になって細かく震えている。

だが、私は次の瞬間。

食堂に居た先生達の行動に目を見開いた。


 先生達の中の二人がその子を素早く抱え上げると、食堂の外に連れ出した。

そして、エッタさんともう一人の先生が子供達に向かってこう言ったのだ。


「はい! みんな、ビックリした! 大成功だね~。さっきのは私たちの仕掛けたイベント。あの子、実はパパとママが今日迎えに来ることになってたんだ。でもみんなと普通にお別れするのが寂しい! って言ってたから劇っぽくしちゃった」


 そう言って恥ずかしそうに笑うエッタさんを子供達は無言で見ていたが、すぐに弾けるように笑った。


「エッタ、全然面白くないよ!」


「今度はもっと面白いのにして! バーンズ先生の時のがもっと面白かった。誘拐みたいにして、ドキドキしたもん」


「え~、了解! じゃあ今度はもっと考えるよ。っていうか、その言い方! 覚えてろよ~」


 エッタさんはそうおどけるように言うと、私たちを振り向いて言った。


「後は新人メイドちゃん達にお任せ! エッタ先生は劇の『後片付け』してくるから」


 そして、食堂を出て行った。

後を追おうとする私をコルバーニさんが止めた。



「ヤマモトさん、ここは……長く居るべきではありません」


 アンナさんの言葉に私は無言で頷いた。

でも、何がどうマズいのか分からない。

ただ、目の前の中庭の夕日を浴びた鮮やかさと神々しさが今は重苦しい。


 その時、隣を歩いていたアンナさんが突然立ち止まった。


「何か……聞こえますね」


 その言葉に耳を澄ますと、確かに聞こえた。

それは少し前の通路を曲がった先から聞こえたような気がした。

静かに向かってみると、そこはゴミ捨て場になっていてエッタさんが背中を向けて座り込んでいた。

そして……彼女は泣いていた。

背中を震わせて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る