優しいお母さん

「はい! みんな遊びは一旦やめなさい! こっちに来て」

 

 エッタさんが手を叩いてそう言うと、子供達は渋々ながらもこっちに目を向けた。

 よく見ると、確かに何人かの子供の腕には青い結晶らしき物が生えている。

 他の子も見えない部分にあったりするのかな……


「みんなに大ニュース! なんと……今日から新しいお姉ちゃん達が来てくれました! こちらが『アンナ・ターニアお姉ちゃん』隣が『リム・ターニア』お姉ちゃん」


 エッタさんがそう言った途端、子供達はまさに弾けるように笑顔になり、歓声を上げた。


「お姉ちゃん! 遊ぼ!」


「ずるい! 私と一緒にお人形遊びするの!」


「ねえ! かけっこしよう」


 みんな凄く楽しそうに私とアンナさんに群がるように近づいては、明るい声で話しかけてくる。

 他の子供達はエッタさんを取り巻きながら、遊びに誘う。

 それから、私とアンナさんは子供達の相手を時間を忘れて行った。


 子供達は今まで見た事が無いくらいにいい子たちだった。

 遊びの時間は弾けるような笑顔で、勉強の時間はみんな私語も無く静かに取り組む。

 エッタさんを初めとして、どの先生も笑顔で子供達に全力で関わり、それを楽しんでいる。

 室内は食堂を含むどこの部屋も日の光が沢山入ってきて、子供達の居場所はどこも優しく暖かい。


「ねえ、お姉ちゃん」


 その後、食堂でお昼ご飯を待っていると、隣に座っていた7歳くらいの女の子が話しかけてきた。


「ん? どうしたの?」


 私がその子に返事すると、女の子は恥ずかしそうにはにかみ笑いを浮かべた。

 腰まで伸びた長い髪をポニーテールにした、愛嬌のある顔立ちの子だった。


「ねえ? リムお姉ちゃんどこから来たの」


「私は……えっと、海の向こうの街からかな」


「そうなんだ! 海の向こう……いいな」


 その子は夢見るように私の顔を見ると言った。


「私、エリス・コールズって言うの。私、大人になったら優しいお母さんになりたいの。知ってる? 私のママもすっごく優しい人なんだよ! パパも身体がおっきくてとっても強いの!」


「へえ! すごいな。うん! エリスちゃん、優しそうだから絶対いいお母さんになるよ」


「ほんと? なれると思う? わたし、大人になったらいいお母さんになれるかな?」


「うん! 絶対……」


 そう言った途端。

 少し離れた席に座っていたエッタさんのテーブルからガチャンと、大きな音がした。

 驚いて見ると、エッタさんがテーブルを……手で殴りつけたように見えた。

 そして、私とエリスちゃんを引きつった表情で見ていた。


「……エッタ……さん?」


 私は呆然としながら言ったが、エッタさんは何か言いたげに口を動かすと大きく首を横に何度か振り、いつもの笑顔になった。


「ごめ~ん! エッタ姉ちゃん、またやっちゃった。変な虫がいたように見えたから。ウッカリさんだね!」


「エッタ、ドジすぎ~」


 子供達は口々にそう言うと、揃って笑い出した。

 それからは先ほどの事は無かったみたいに、エッタさんも交えてみんなが笑いながら席に着いた。

 だけど、私は笑う気になれず周囲を見回していた。

 今の……


 その時、少し離れたテーブルに座っていたエッタさんが私に向かって小さく手招きをしたので、そちらに向かうと彼女に続いて食堂を出た。


「あの……エッタさん、さっきは……」


 私がそう言いかけると、エッタさんは私の方を振り向いてペコリと頭を下げた。


「さっきは驚かせてごめんなさい」


「あ、いえ! 私こそ何か変なことを言っちゃって」


「そんな事は……ただ、シーナさんから何も聞いてなかった?」


「え? いや……何も」


「何で……新人には絶対言わなくちゃ行けないことなのに。あの人らしくも無い」


「あ、あの、それって何のことですか」


「リムさん、ここで働くなら絶対守って欲しいことがあるの。それは……あの子たちに『未来』を見せないでやって」

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