楽園へ

「じゃあ気をつけて、3人とも」


「オリビエもクロノさんも気をつけてね」


「私たちは近くで待機してるだけだから問題ない。何かあっても助けにはいけんがな」


「いや、俺は行くからな。おっさん」


「勝手にしろ。私は知らん。ただ、リム……これは持って行け」


 そう言ってクロノさんは着けていた万物の石の指輪を私に渡した。


「中で何があるかわからん。お守りだ。私はお前を信じる。この指輪を一時的にでも預けることが出来る人間だと。私を失望させるな」


 クロノさん……

 正直自分が持っていいのか不安だったけど、クロノさんの真剣な眼差しに操られるように受け取り、指にはめた。


 彼女の紹介でエルジアさんのお屋敷に雇ってもらう事になったのはいいけど、採用枠? がどうもメイドの補充しか無かったようでこうなっちゃった。

 ただ、私たちを見てぜひ3人とも! と言ってくれたのは何となく嬉しかった。

 どうだウィトンさん! 中の中って言ったこと謝って! なんてね。


 ただ……彼女の言っていた「地獄」と言う言葉が不安を煽る。


「まあ、トラウマを抱えていたことを考えても、よく話してくれた方じゃ無い? エルジアの屋敷は病院と全寮制の学校を兼ねていて、そこでは結晶病の子供達の治療と教育を行っている。そこまで分かればオッケーだよ」


「そして、私たちはそこで子供達の相手や家事全般を行う……ですね」


「大丈夫かな。一応家では家事は一通りやってたけど、お家とは違うだろうし……」


「大丈夫だって、リムちゃん! ああいうのは感覚でバーッとやれば何とかなるんだから。ノリノリで行けるって」


 凄い自信だなコルバーニさん。

 そう言えば彼女は一人で住んでいるから、家事も全部出来るんだろうな……

 前に食べさせてくれたスープも美味しかったし。


 そんないくつかの不安を抱えながら私たちはエルジアさんのお屋敷に入った。


 ※


「あなたたちが今日から来てくださる『アリサ・コルバーニさん』『アンナ・ターニアさん』そしてアンナさんの姉の『リム・ターニアさん』ですね。よろしく。私はここのメイド長をしているシーナ・バーンズと言います」


 シーナさんは年齢は40歳後半くらいかな……美しい黒髪を後ろで引っ詰め三つ編みにした顔立ちの整った美人さんだ。

 そして、いかにも仕事の出来そうな雰囲気を漂わせていた。

 エルジアさんに会えるかも、と思ったけどどうやらエルジアさんは今、周辺の街を回っているらしく、帰ってくるのは2日後らしい。


「ではあなたたちをそれぞれ持ち場に案内しましょう。……で、最初の希望通りリムさんとアンナさんは同じ持ち場に、ですね」


「はい。……私、お姉様がいないと何も出来なくて怖くて……」


 アンナさんがうつむきながら言う。

 うう……本当は逆なのに。

 最初潜入するのはコルバーニさんとアンナさんだけの予定だったけど、いざ、面接? のような物を受ける段階で、メイド長さんがぜひ私も! と言い始めたのだ。

 で、翌日の二次面接を控えて、宿屋で話し合った結果ボディーガードもかねてどちらかが私の身内と言う設定に、となったのだ。

 そこでのアンナさんの動きたるや……


「前回の汚名返上の機会をぜひ。受け入れられなくば腹を切るのみ!」


 と、言い始めたので私が慌ててアンナさんの案に同意したのだ。

 コルバーニさんは「お前の腹はどれだけ軽いんだ」とからかうように言ってたけど……


「ああ……ヤマモトさんと偽りの姉妹……あの書物に書かれているのと同じ……」


 そのアンナさんはニンマリとしながらブツブツつぶやいている。

 ちょっと怖い……


「では、私はここで。二人ともまた後ほど、だな」


 そう言ってコルバーニさんは建物の奥に入っていった。


「コルバーニさん、大丈夫かな」


「問題ないでしょう。孤児院では遅れを取りましたが、あれはあの方の本来の姿ではありませんでした。さて、私たちは……こっちですね」


 ※


 私たちの持ち場は入っている子供達の相手がメインで、合間に選択や掃除と言う者だった。コルバーニさんは厨房での料理担当らしい。


「あ、来たわね! 新入りさん。よろしく! 私はヘンリエッタ・キルト。呼びにくいだろうからエッタって呼んで」


 私たちの教育係になるエッタさんはミディアムボブの赤毛と、キラキラした大きな瞳が印象的なエネルギー一杯の女性だった。

 なんかいかにも頼れるお姉さんキャラって感じでホッとした。


「よろしくお願いします。リム・ターニアです」


「私はアンナ・ターニアです。リムお姉ちゃんの妹です!」


「オッケー。じゃあ案内しようかな。まずは中に居る子供達の相手をしてもらっちゃおう」


 エッタさんはそう言うと彼女の背より大きな焦げ茶色の扉を開けた。

 ここが……地獄。


 背中に冷や汗を感じながら中を見た私の目に飛び込んできたのは……


 中で自由に走り回ったり、喧嘩したりしている子供達の楽しそうな姿だった。

 ……あれ?

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