エルジアからのお人形
結局その後は盗賊さんたちも出てくることはなく、朝を迎えた。
朝日に照らされる白と青の建物は夜と違って、生命力を感じさせるような輝きに満ちていた。
それから私たちはコルバーニさんの提案で、クレアトーレ・エルジアさんの情報を得るため、酒場に行くことにした。
「あの……こんな朝早くから酒場って。それに情報集めるんだよね?」
おずおずと言う私にコルバーニさんはニンマリと笑うと言った。
「酒場って言うのはお酒を飲むだけじゃ無い。もう一つの役目は、情報の掲示板。そこに集まる様々な情報を求めて冒険者や旅人が集まる場所でもあるんだよ」
そう言うとコルバーニさんは酒場に入るやいなや、カウンターに立っているおじさんに向かって「おじさん、ビール一杯!」と大きな声で言った。
「え! コルバーニさん、まだ子供でしょ!」
「おっと、リムちゃん。わたし50歳過ぎだよ」
あ、そうだった……
「先生! 朝っぱらから何という不謹慎な!」
「酒は気付け薬になる。問題ない」
そう言うと、カウンターに向かいコルバーニさんには高すぎる椅子に軽やかに飛び乗って、おじさんの出した土器のようなジョッキにニコニコとしながら口をつけた。
しかし……
カウンター比較のテーブルに座って周囲を見回すと、朝っぱらなのに大柄で筋骨隆々な何というか……まるで工事現場みたいな「ザ・男!」と言う空気で満ち満ちていた。
みんな鉄や皮の鎧を着けていて、いかにもファンタジーもののアニメで見たような姿そのまんまだった。
ただ、鎧じゃ無くて聖職者のような服を着ている人たちまでかなりゴツいのはビックリだな……
「リムちゃん、珍しいかい?」
隣に座って話しかけてくるオリビエに私は小さく頷いた。
「僧侶さんかな? てっきりもっと華奢だと思ってた」
「そりゃ、長旅だし。道中、人やモンスターと戦わないと行けないからね。旅の間は深い谷や険しい山も越えなきゃならない。華奢ではやってけない。アンナ先輩や先生みたいな人が異例なんだよ」
そっか、確かに。
「……リムちゃん、辛くないかい?」
オリビエは優しげな笑顔で言った。
「ありがと、気遣ってくれて。今は大丈夫。みんなが居てくれるから。それに、落ち込んでばっかだとライムもブライエさんも取り戻せない気がする。それに、みんなにも迷惑かけちゃうし」
「いいんだよ、迷惑かけて。君は普通の女の子だった。それがあまりに色んな思惑に巻き込まれすぎている。人はそんなに強くない」
「そう……だね。でも、私は強くなりたい。戦いは出来ないから、せめて心だけでも強くなりたい……目の前の真実を見れるくらいには」
「リムちゃん、変わったな」
「そうかな」
「変わったよ。今の君は運命を動かそうとしている。会ったころの君は運命に流されないようにと踏ん張っていた。もちろんそれは悪くない。ただ、今は流れに向かって進んで行っている。力強さが出てきたな」
そうなのかな。
でも、カーレで確かに沢山辛いこともあった。
色んな物を見た。
それなのかな……
そんな事を考えたとき。
突然、酒場のドアが勢いよく開き、フラフラとした足取りの女性が入ってきた。
私はその人の姿を見たとき、思わず目を見開いた。
その女性は両手に沢山のぬいぐるみを抱えていたのだ。
両手一杯のぬいぐるみと、その足取り。
そして酒場という違和感たっぷりの光景は嫌でも人目を引く。
だが、次の瞬間カウンターのおじさんが言った言葉に、さらに驚いた。
「またエルジアの所からか! 辛気くさい雰囲気ばらまくんじゃねえよ!」
エルジア……
私たちはみんなで思わず彼女の方を見たが、彼女はそんな事お構いなしと言った感じで、楽しそうに笑って言った。
「大丈夫! わたし、もうエルジアの所の人じゃないから。昨日逃げてきたんだ」
「お! 無事に逃げて来れたのか」
マスターの言葉に人形を抱いた彼女はひとしきり可笑しそうに笑うと、吐き捨てるように言った。
「もう地獄はおしまい! ざまあみろ!」
そう言うと、彼女は笑いながらカウンターに座り、顔を伏せるとそのまま肩をふるわせて泣き出した。
地獄……エルジア……
彼女の背中を呆然と見ていると、コルバーニさんが手を上げて言った。
「マスター。地獄から解放されたお祝いに彼女にビールを……ねえ、お姉ちゃん。エルジアの事で聞きたいことがあるんだけどちょっとだけいいかな?」
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