月光と隠し事

 私の言葉を聞き、コルバーニさんは軽く目を閉じて私の頭をそっと撫でた。


「それが結晶病だよ、リムちゃん。あの孤児院での事覚えてる? リムちゃんの腕に鱗みたいな結晶が出たこと。万物の石の残渣……石から出るエネルギーみたいな物だけど、覚醒したその力を身近で受けていると、身体がその影響を受けてしまう。ライムが言っていた『全てを0と1に変えて、石の都合の良い形に書き換える』って奴。それの形を変えた物で、それは全身を徐々に万物の石の結晶に変えて、その人物の感情を奪い戦いに特化した性格になる。次に皮膚を奪う。最後に命を」


 命……私がそんな病気に?


「リムちゃんはそれこそ何度も石を使って、ダイレクトに力を浴びていたから。ただ、ライムの言葉通りならリムちゃんは大丈夫なはず。残渣をコントロールしているので、そんな強力な宿主を殺すことはできないだろうから。なので、10台後半までの子供が非常に感染率が高いと言えど、まあ大丈夫だと思う。ただ、何故か私がアンナにたたかわせなかったかというと、結晶病の特徴として、感染者の体液からの感染が1番多い事なんだ。だから細心の注意を払う必要があった、それ故に感染者は……」


 コルバーニさんはそこまで言うと顔を伏せた。

 何かから逃げようとするように。


「先生……それは信じていいんですよね?」


 コルバーニさんは目を閉じて顔を上げた。


「そうだな。とにかく私たちはユーリに会わねばならん。ユーリは間違いなくラウタロ国にいるからな」


「何で分かるの? おじいちゃんは一言もそんな事言ってなかった」


「……それは……ユーリも石の影響を食い止めたいと思っているはずだと思ってね」


「何はともあれ良かった……ヤマモトさん。とはいえ、ヤマモトさんの天使のような清らかな心が曇るなんて……早く、ユーリさんに会いましょう! 会って治してもらわねば!」


「今のところ、お前が一番ユーリにこだわってるな」


 コルバーニさんは苦笑いしながら言うと、表情を引き締めた。


「ユーリもだが、ライムの言っていた『クレアトーレ・エルジア』と言う人物が気になるな。何の意図があってその人物に会えと言ったのか……言いなりもしゃくだが、我らの選択肢は多くない。まずはライムの言葉に乗ってやろう」


 ※


 その後、クロノさんがコルバーニさんのオールの使い方を見て、やり方を盗んだとの事で非常に器用に扱ってたので、クロノさんの提案でみんなはゴンドラ上で寝ることになった。

 コルバーニさんと交代で漕ぐらしい。

 私もリーダーなんだから、こういうときに役立ちたかったな……とほ。


 みんなすぐに寝てしまったけど、私はどうにも目が冴えてしまってゴンドラの端にもたれて月光に照らされる水面をぼんやりと見ていた。


「眠れないのか?」


 クロノさんの声が聞こえた。


「あ、はい。さっきの話がまだ残っていて。ビックリしちゃって……ダメですね私」


「そんな事は無い。ここまでの事は……お前くらいの歳のガキには荷が重いものだ」


「……有り難うございます」


 それから少しの間沈黙が降り、ただオールが水に沈む音が響くだけだった。

 その心地よい静寂に突然クロノさんの深い低音の声が響いた。


「彼女は隠してるな」


 その言葉に私は誰のことを言っているのかすぐに分かったけど、そのまま黙っていた。


「結晶病は事実だろう。だが……戦闘に特化した性格とは何だ? そんな物が自然発生的に産まれるわけが無い」


 確かにクロノさんの言う通りだ。

 今までの石に対する話と食い違う部分というか、それじゃまるで石そのものが……

 その時私の中にふと、石に対する小さな引っ掛かりが産まれたのを確かに感じた。


 持ち主のイメージを具体化し、思考を支配。

 結晶病。

 宿主。

 好戦的性格。

 覚醒した力「残渣」を受けての感染。

 10代などの若い子供。


 何だろう、これって……

 私、どこかでこれと近い「何か」を知ってる……

 なんだろう……

 そんな私のモヤモヤはクロノさんの言葉で破られた。


「お前の『ワクワクしている』と言う言葉からして、戦闘特化と言うのは事実だろう。だが、それは恐らく……人為的に作られた物かもしれんな」


 その言葉は胃の奥にヒンヤリとした不快な感触をもたらした。


「石の力は誰かに作られたって事ですか?」


 人為的……

 クロノさんの言葉は私の中に落ちた。

 でも、足りない。

 全てじゃない。

 そう、クロノさんの言葉はパズルのピースの1つでしかない。

 ああ……このモヤモヤが晴れてほしい。

 好戦的……残渣……子供……

 もうちょっと……


「石の力か……またはその病気か。そして、コルバーニの言葉を考えると……」


「しゃべりすぎるおっさんは嫌われるよ」


 突然聞こえたコルバーニさんの声に、驚いて目を向けるとコルバーニさんがゴンドラにもたれてニンマリとクロノさんを見ていた。


「……起きてたのか」


「私の悪口でも言ってるかな~と思って。ほら、陰口って傷つくじゃん? リムちゃんは絶対言わないだろうけど、クロノのおじさんは言いそうだもんね~」


「陰口では無い。お前が起きてるのを知っててしゃべっていた」


「それはそれで厄介だね。で、さっきの件。誤解無いように言うと、隠してるわけじゃない。タイミングを見ている。事情を知らんクロノにそこへ立ち入って欲しくは無いんだけど」


「でも……私も知りたい。コルバーニさん」


「ごめんね、リムちゃん。今はどうしても言えない。私を仲間と思ってくれるのであれば信じて欲しい。いつか絶対に話すから」


 コルバーニさんの表情は凄く……悲しそうだった。

 まるで何かを一生懸命我慢しているような。

 そうであれば……信じたい。


「うん、分かった。もうこの話はしない。でも……いつか絶対教えて。知っている全てを」


 コルバーニさんは無言で頷いた。

 そして、私に近づくと突然強く抱きしめて、私の首元に顔を埋めた。


「……やっぱ家族だね。ユーリみたいな匂いがする……優しい匂いが。もうちょっとこのままでいて」


 私はコルバーニさんを抱きしめながら、彼女の激しい心臓の鼓動と、火照った体温を感じていた。

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