第2部 本編

水と氷の国

 カーレの港に着いた私は、目の前にある船の姿に思わずため息をついた。

 木造の船ってこんなに凄かったんだ。

 家族でネズミさんの国へ遊びに行った時に見た船とは全然違う。

 まさに「実用的な船」だ。


「明日、この船でここを出る。ラウタロ国までは5日ほどだ」


「まあさすがのあの二人も船の上に来てどうこうしないだろうから、のんびりしよう。もちろんラウタロ国の事は分かる範囲で話すが」


「ラウタロ国ってどんな所なの?」


「あの国は一言で言うと『水と氷の国』だね」


「水と氷の国?」


「うん。あそこは地形の関係で国の3分の1に海の水が流入している。そのせいで農業も酪農も圧倒的に弱いので国民はいつでも飢えている。そして貧富の格差が大きいので、暴動も多い。国は自分たちで生み出せない産業を他国への侵略で補っている。そんな国だね。後……病が広がっている」


「病?」


「うん、万物の石の影響でね」


「あの石って病気にもなるの?」


 だが、その問いにコルバーニさんはなぜか言葉を濁した。


「そう……だね」


 なんか……すごい国だな……


「それに、あそこの国は地政学的な関係と先に話した、他国への侵略の関係で絶えず他国から狙われ続けてきたし、差別も受けてきた。あの国で『ウィザード』のような大規模な諜報組織が出来たのは偶然じゃ無いよ」

 

 ※


 空から降り注ぐ強い日差しと潮の香りを感じていると、自分が空に溶け込んで行くみたいな心地よさを感じる。


 翌日の朝、カーレを出発した私たちは船に乗って一路ラウタロ国を目指していた。

 コルバーニさんの言葉を借りると5日ほど。

 そして、着いたらまずは「スピリオ」という街へ行き「クレアトーレ・エルジア」と言う人に会うことだ。

 それをみんなに話すと、予想以上にあっさりその事に同意してくれたので、私の方がビックリした。


「どちらにせよ、私たちの目的はライムとリーゼに会い、アイツらが何をしようとしているのか知ること。漠然としているのは事実だから、何かの行動を起こす必要はある」


 コルバーニさんの言葉に私たちは頷くのみだった。

 でも確かにそうだ。

 私たちはこんな旅に出たけど、先の道筋がハッキリしてるわけじゃ無い。

 それには不安を感じないと言えば嘘になるな……


「そういうものだよ。旅なんて、英雄譚みたいにクライマックスまでハッキリしたレールがあるわけじゃない。だからこそ巻き込んで申し訳ないと思ってる」


「謝らないで。元々そんな簡単な物じゃないって分かってるじゃ無い。って言うか、それもみんなで背負っちゃえばいいよ。一緒に悩んで一緒に行けばいいと思う」


 元気づけようとした私の言葉にコルバーニさんは苦笑いを浮かべていった。


「負うた子に教えられ、か……」


 それから2日後。

 船員さんの呼び声に、私たちは甲板に出て指さす方を見た。

 遠くに微かに陸地が見える。


「あそこがラウタロ国。……リムちゃん。覚悟はいいかな? 今度あの国を出るときは、私かあなた。それか二人とも、それまでの自分じゃ無くなってるかも知れない」


 今までの……自分たち。


「だったらそんな自分をお互いで受け入れればいいと思う。私は全部飲み込んでやる。そしてまたみんなで旅するんだ」


 ※


 船がラウタロ国に近づいてまず感じたのは、その圧倒的美しさだった。

 海岸に立ち並ぶ小さい建物は、その純白の壁と海のように深い青色の窓枠と同じく深海のように深い青色の急須きゅうすの蓋のような形をした屋根。

 それが、夕焼けに照らされてまるで工芸品のように見えた。


 思わずポカンとして見とれてしまった。

 そして、街に近づくとそこには水路が通っていて、建物と同じ白と深い青色のゴンドラが何艘なんそうか、長いオールのような物を使って器用に進んでいる人たちによってまるで生き物のように自在に進んでいた。


 うわあ……壮観だ。


 ポカンとする私たちを尻目に、コルバーニさんはいつの間にか船員に指示を出して降ろした大きなゴンドラの端に軽やかに立った。


「よし、準備はオッケーだ。みんな乗って。この港から最初の目的地のスピリオは水の都と言われている。このままゴンドラで向かう」


 私たちが全員乗ったのを確認すると、コルバーニさんは長いオールを身体の上で一回しするとその勢いで水に沈めて漕ぎ出した。

 すると滑らかに、まるで水面を滑るようにゴンドラが進み出した。

 鮮やかな夕日が、ゴンドラを漕ぐコルバーニさんの姿をまるで一枚の絵画のように見せていて、その美しい動きも相まって思わず見とれてしまった。


「先生、こんな事も出来るんですね」


 驚いたように言うオリビエに、コルバーニさんは笑いながら言った。


「当時、ゴンドラ漕ぎは私の役目だった。ユーリは体力的に難しかったし、ライムは下手っぴだったからな」


 おじいちゃん、ライム……


 夕日の澄んだ赤とコルバーニさんの姿。

 そして、水に浮かぶ芸術品のような町並み。

 それらは心を浮き立たせてもいいはずだったけど、私の心はなぜか逆に曇り空みたいだった。

 大丈夫だよね……旅の終わりになっても、私たちは変わらないよね? 

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