【幕間1】
アンナさんのお勉強
「ヤマモトさん、短い間でしたがお世話になりました。今度生まれ変わったら、あなたのペットの小動物になりお守りします。昼も夜もベッドの中も……お風呂も……ああ! また邪念が!」
「ねえ、本当に止めて! 気にしてないって言ってるのに……コルバーニさんもオリビエも止めてよ!」
宿屋の部屋の中でアンナさんが座り込んで、短剣をお腹に当てている。
これって……切腹、って奴だ!
「先生に以前伺った『ハラキリ』の作法。まさかこんなに早く活用するとは……無念」
「それはいいが、切腹は後の掃除が面倒だ。だから止めて欲しいのだがな。あ、オリビエにやらせればいいか」
「先生。旅立たんとする可愛い弟子に何と言う言葉……生まれ変わっても覚えておきます。小動物にはご注意を」
あの飛行船でのライムとリーゼさんとの話の後。
飛行船から降りて、リーゼさんに連れられて宿の近くまで戻った私は、宿の中から聞こえる悲鳴にも似た泣き声に慌てて戻ったけど時すでに遅し。
中ではアンナさんが、床に座り込んで切腹しようとしていたのだ。
ライムのお馬鹿。
間に合わなかったじゃん。
「ねえ、本当に何も無かったんだって。散歩してただけだから」
「何というお慈悲……でも、それはさすがに信じられません」
「あれは……ゴメンね。嘘ついて。実はリーゼさんとライムに飛行船を見せられて『こんな凄い物を持ってるから、旅を諦めろ』って言われて脅されてただけ」
咄嗟にスルスルとでまかせが出たことに驚きながらもホッとした。
「リムちゃんの言葉の真偽はともかく……アンナ。ライムの言ってた『本当の愛情は嘲笑されてもその人のために生き抜くこと』は一理あると思うがな」
その途端、アンナさんの手がピクリと止まった。
「このままお前が腹を切ったとする。どうなる? 山本りむはショックだろうな。お前は知らんだろうが、昨夜私に言ってたぞ『アンナちゃんって本当に可愛いよね。いい匂いもするし。いつか二人だけでお風呂とか入れたらな』って」
「え! ちょっと! 私、そんな事……」
でも、コルバーニさんに目配せされて黙ってしまった。
何よりアンナさんの茹でたタコさんみたいに真っ赤な顔と「うるうる」と言う擬音が合いそうな目で見つめられて、言葉が出ない。
恨んでやる……
「ヤ、ヤマモトさん……それは……本当ですか」
いや、嘘だけど。とは言えず、思わず
「わ……わたし……先生より授かった書物で学んだのですが、二人っきりになって……その……『いい感じ』とやらになったカップルが最初に行う手順があるようです」
へ? 手順?
「わたし……昨夜、徹夜でその技術を何度も読み返し、完璧に習得しました。よろしければ……」
「あの! 何か分からないけどマズい気がする! この話は別の時にね! じゃあもうお腹は切らないんだよね?」
「へ? あ……そうですね。で、でも! けじめはつけたいです。お守りするはずがこのような。なので……」
アンナさんはそう言うと、立ち上がり私の近くにズイッと近づいた。
「私を叩いてください! そして激しく叱ってください! このまま許されるのは違います!」
「また言ってる……そんな事はしないって!」
「いえ! 不詳アンナ・ターニア。このままでは引き下がれません。今度こそはお叱りを受けるまでは一歩も!」
アンナさんは真剣な顔で私を見つめる。
どうしよう……うう……仕方ない。
「じゃあ……分かった。私も覚悟を決めるね」
「はい!」
アンナさんの顔を見ると、私は大きく深呼吸した。
そして……
「もうこんな事しちゃダメ!」
そう言って、おでこをぺちっと軽〜く叩いた。
アンナさんは、身体を小さく震わせながら
や……やりすぎたかな……
心配になって、顔をのぞき込もうとすると、アンナさんはゆっくり顔を上げた。
へ……なんか、嬉しそう。
「あり……がとうございます。じゃない。申し訳ありません。ヤマモトさんからのお叱り。この身に確かに痛みと共に……刻まれました。ああ……ヤマモトさんに叩かれ……えへ」
アンナさん……何でとろけるような笑顔……
「おい、リムちゃん。俺は何を見せられてるんだ?」
オリビエのあきれたような声に私は知らんぷりして言った。
「はい! これでこの件はお終い」
「かしこまりました。私も今後も変わらずヤマモトさんをお守りします」
そう言いながらアンナさんは私が、ペちっとしたおでこの所を何度もペチペチ叩いている。
「こんな感じだったかな……違う違う」
とか呟きながら。
アンナさん……
「さて、やっと寸劇は終わったかな。クロノ。私たちの乗る船だが、みんなに見せたい。行くぞ」
「言われなくとも連れていく。と、言うかコルバーニとやら。お前孤児院の時とエラく態度が変わったな」
「おっさん。この人はコッチが素なんだよ」
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