フロム・ザ・ニューワールド(後編)

「元の、世界。私を?」


 自分がその言葉を一語一語噛みしめるように言った事に驚き、表情を硬くした。

 まるで何かをごまかすように。


「そっ。あなたを元の世界へ返してあげる」


 ライムの表情を見直してみたけど、その羽毛のような軽い微笑みからは何も読み取ることは出来なかった。


「何のつもり? 何もなくそんな事言うわけ無い」


「あ、ショック! そんなに嫌われちゃってたんだね。泣いちゃいそう。でもね、嘘じゃ無いんだなこれが。何でかというとね……リム、座って。話を聞くまではあなたを降ろせないんだけど」


 思わず立ち上がった私は、ライムの口から出た言葉に思わずソファに腰を降ろした。

 そうだった、ここ空の上なんだ。

 ライムは先ほどまでの笑顔を消して、右手で口元を覆いながらしゃべりだした。


「あなたにこんな提案をした理由は1つ。あなたは昨夜、ラウタロ国にみんなで行くという決断をしたわね? だとするなら今が引き返す最後の機会。ラウタロ国に足を踏み入れたら最後、もう私も手加減できない。あなたは最後の時まで進んでいく人間だと判断するので。あなたの成長曲線がもし私たちにとって障害と見なす形であれば容赦なく排除する。だから本音を言うとここで引き返して欲しい」


「そんな……事」


「あなたの覚醒はまだギリギリ未知数。アリサと違い、引き返すことが出来る。『帰りたい』この一言を言ってくれれば、石の力でこの場で扉を開く。そしてこの世界でのあなたの記憶を全て消し、若干の操作を加えた後、あの図書館の第2資料室へ戻してあげる」


 私はライムの首にかかっているペンダントを見た。

 ずっと着けていたけど、今は彼女の物。

 そしてそれは私の理解できない事を目の前に次々と出してくる。

 

 それと共に、私の意識の奥深くに沈んでいた、あの図書館と第2資料室の姿が一気に鮮やかに浮かんできた。

 おじいちゃんと一緒に沢山の本を読んだあの場所。学校を休んだ日にお手伝いをしていたちょっと埃やカビの匂いがするけど、とっても大好きだったあの場所……


「図書館に戻ったあなたが覚えているのは『第2資料室の中にユーリを心配して見に来たけど中は無人だった』その事実のみ。その後『ユーリは急用で出かけた』事をあなたは思いだし、そのままお家に帰る。何の力も無いレプリカのペンダントを着けて。もちろん2度とあなたがこの世界への扉を開けることは無い。私もリーゼも時々アッチの世界には行くけど、あなたへの接触は一切行わない。あ、学校やアルバイトに行けて友達も作れる程度の勇気は操作しておいてあげる。あなたを巻き込んだお詫びの印として」


 ライムはそう言うと、薄く微笑んで私の目をじっと見た。

 それは射貫くように鋭い物で、つい目を逸らしたくなってしまう。


「『大事な決断になるからゆっくり考えて』って言いたいけど、ゴメンね。30秒で決めて欲しい」


 そう言うとライムは小さく左手を上げた。


「私……は……」


 大好きな図書館。

 暖かい家。

 何だかんだ言って優しくて、私の事を思っていてくれる大好きなパパとママ。

 そして……学校。

 あそこに通える。

 ずっと「普通の子」に憧れていた。

 普通に学校に通って、クラスの友達とショッピングやカフェへ行ったり、アルバイトしたり。


「私……帰り……」


 それまで大きく見開かれていたライムの目がキュッと細くなる。

 そして、急に背中に人の気配を感じる。


「帰り……た……」


「リーゼ、リムを眠らせて。処置を行う」


「ヤマモト様、目を閉じてください。身体から力を抜いて」


 リーゼさんの「ヤマモト様」って初めて聞いたな。

 そんな事を考えながら、私は言った。


「帰りたくない」


 ライムの目がまた大きく開かれた。

 空気がピリッと締まったみたいに感じる。


「私、帰らない。みんなと一緒にラウ……何とかに行く! だって、今はここが私の場所。で、あのみんなが私の友達。私はもう逃げない。自分からも、力からも……そして、あなたからも」


 そう言ってライムの目を真っ直ぐ見返した。

 ああ……綺麗な瞳だな。

 そして、そこにはほんの少しだけ……前のライムのような暖かさや優しさが浮かんでいたような気がした。

 でもすぐ消えちゃったけど。


「忘れないで。私の『友達』にはライム、あなたとブライエさんも入ってる」


「甘い。この旅の終わりに『みんなでお手てつないで』は無いのよ。石の力を甘く見ないで。欲望のぶつかり合いになる」


「じゃあ私の欲望は『みんなでお手てつないで』をやっちゃう事。私、欲張りだから絶対叶える。みんなの力を借りて」


「あらあ、リム・ヤマモト。お友達に私は入れてくれないのね。寂しいわ」


「それがあなたの最終回答でいい?」


「ライム……また、会えるよね」


「私は出来れば会いたくないけど……そうもいかないか」


 ライムはそう言うと私の背後に居るリーゼさんに向かって言った。


「リーゼ、にもう一杯ジュースを。合格祝いに1つ教えてあげる。ラウタロ国に着いたらまずスピリオと言う街に行き、そこにいる『クレアトーレ・エルジア』と言う人物に会いなさい」


「スピリオ……エルジアさん」


「最後に乾杯しましょう」


 ライムがそう言ってグラスを上げたので、私もつられるように慌ててグラスを上げた。

 って……あげちゃった!

 何で乾杯なんて!?

 ライムはどこか嬉しそうに、そして不適な笑みで私を見ると芝居がかった口調で言った。


「ようこそ、新しい世界へ」 

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