第2部:漆黒と純白と灰色
フロム・ザ・ニューワールド(前編)
耳に響くエンジン音。
微かに匂う天然ガスみたいな匂い。
そして、窓の外を見ると眼下には広大な森と先の方にはずっと広がる海。
フカフカの椅子の座面はビロードって言ってたな?
思ったよりも気持ちいい。
そして……目の前には黒いゴスロリの格好をした私と同じくらいの背丈をした金髪の美少女が、美味しそうにワインを飲んでいる。
「どう? 飛行船の乗り心地は。何せ3人乗りの小ささだし、速度は笑っちゃうくらいゆっくりだけど、これもまた風情があっていいでしょ?」
目の前のゴスロリ少女の言葉に私はぎこちなく
そう。私が乗っているのは飛行船。
そして目の前に居るのは……
「ライム、話したい事って……なに?」
ライムと飛行船の部屋の中で二人。
こんなヘンテコな事の起こりはたった1時間ほど前だった。
※
うう……なんで大人の人はお酒なんて好きなんだろう。
私は絶対に飲まない……
爽やかな酸味のある果実を絞った飲み物を飲みながら、宿屋のお部屋の窓からぼんやりと往来の人々を見ていた。
そう。前日、クロノさんからもらった飲み物……お酒だけど。を飲んで倒れた私は、翌朝になってもまだ復活できずにいたのだ。
「ヤマモトさん、もう一杯買ってきましょうか? ああ……なんとおいたわしい。代われるなら代わってあげたい」
「ううん。いいよアンナさん、ありがとう。大分楽になってきた」
「なら良いですが……全く、あのクロノ・ノワールは! 大丈夫です。出発までに奴の飲む酒瓶に密かに毒蛇をつけ込んでやりますから。ヤマモトさんの無念は必ずや」
「え、あの……絶対止めて」
「あ……所で……見たところ、起き上がるのにも頭痛にて一苦労のご様子。私、先生より頂いた書物で学んだのですが、自ら動けない人に……その……自分の口から相手の口へ直接飲み物を提供する技術があります……もしよろければ……」
「あ、すっごく元気になってきた! ありがとアンナさん、身体くらい楽に起こせるよ!」
「あ、それはざんね……じゃない、喜ばしい……」
コルバーニさんとクロノ院長はラウタロ国へ向かうための船の調達に向かっていて、オリビエも食料品の調達にとそれぞれ出払っていた。
本当は私とアンナさんもオリビエと共に向かうはずだったけど、この有様を見て宿で休んでいるように、と言ってくれた。
とほ……
「でも、もう一杯くらいは飲んでおいた方がいいですよ。買ってきますので、そこでゆっくりしてて下さい」
クロノさんはカーレの4賢人の一人で、納める区画の責任もある人だったし、本来孤児院を離れることは出来なかったけど、代わりにセシルさんが役目を果たしてくれることになった。
「お前は重すぎる荷物を背負って行かなくてはいけない。だが、子供はいつかそれに向き合わなくてはいけない。そういうときは、自分の弱さを受け入れ、周囲に助けを求めるんだ。昨日のように」
セシルさんが言うには、クロノさんも元々はカーレの孤児だったらしい。
でも、そこから人に言えないような事をしながら暗黒街でのし上がっていき、カーレの4賢人となり、万物の石の管理も行うようになったけど、その生活にむなしさを感じ孤児院を立ち上げてその運営に生涯を捧げるつもりらしい。
「万物の石の危険性はカーレの連中も理解した。奴らにとってはラウタロ国を敵に回してまでこの石に固執したくないようだ。なので、私が持って行くのは渡りに船なのだろう」
クロノさんはそう言ってたけど、セシルさん曰くあれは自分に気兼ねしないための彼なりの気遣いだったらしい。
ツンデレだ……
そんな事をぼんやりと思い返しながら、アンナさんが戻ってくるのを待っているとドアが開く音が聞こえた。
「あ、お帰り。アンナ……さ……」
声をかけようとした私はキョトンとした。
そこに居たのは、黒いゴスロリの格好をして長く美しい腰まで伸びた金髪をカールさせている、私と同い年くらいのまるでお姫様のような少女だった。
少女はニコニコと微笑みながらドアの所に立っている。
「あ、あの……あなたは。えっと……ここ、部屋が違うと……」
だけど、少女はお構いなしにスタスタと部屋に入ってくると、私の顔を見て言った。
「やっほ、リム。お久しぶり……でもないか」
「え?」
「え? って……おっきくなっただけで分からない物なの? 羽だして空飛ぼうか?」
それを聞いて、私は段々と目の前の少女を……理解した。
「ラ……イム」
「お、早いね。そして冷静。もっと怯えるかと思ったのに」
怯えるも何も、脳の処理が追いついていないだけ!
なんでここに?
なんで大きくなってるの?
「この姿は、万物の石の力を借りたの。アリサやユーリと旅してたときはこの格好だったから、やっぱシックリ来るよね。実はリムの知ってる格好の方が仮の姿だったんだよ。後、なぜここに来たのか? それはリムとお話ししたかったから」
私は忙しなくライムとドアへ視線を泳がせた。
アンナさんと出会ったら、今度こそ……
「あ、ちなみにアンナ・ターニヤやアリサ達は気にしなくていいよ。今からあなたには私に付き合ってもらうから。邪魔の入らないところに」
え?
邪魔の……入らない?
「正確に言うとね……ま、いいか。目が覚めてからのお楽しみ」
「目が覚め……て……って。何……を」
あ、あれ?
昨夜の続き? また……目が回る。
でも、お酒の時のは違う。
今度はもっと強引な……
「ゴメンね。アンナ・ターニアの持ってきたジュース、あれ変装したリーゼが渡した奴。一服盛っちゃった。あ、アンナ・ターニアには黙っといてあげてね。あの子、切腹しかねないから」
ライムの声を聞きながら、私は暗闇に引き込まれるように意識を失い……次に目覚めたときには、飛行船の中に居た。
※
「どしたの、リム。落ち着かない様子で。あなたのために作った……訳じゃ無いけどいい感じじゃ無い? アッチの世界に居るとき色々勉強した甲斐があったわ」
「いつの間に……って、そんな事してたんだ」
「当然。万物の石は万物を生み出すのに、そのものの詳細なイメージを求める。逆に言うと詳細な仕組みを知り尽くしてれば何でも作れる。この飛行船みたいに。ユーリの図書館はホントに凄いね。どんな書物もある。」
「へえ……確かに凄……って、それはどうでもいい! 私を降ろして! アンナさんも心配してる」
「多分大丈夫。私の部下……ウィザードの諜報員が彼女を足止めしてるから。平和的な手段でね。リーゼ、もう一杯ワインを……ありがと。リムも良かったら飲んで。あなたにはリップルの実のジュース。美味しいから」
ライムの言われるままに口をつけて飲んでみた。
すると、それはスイカの果汁のような甘さでそれでいてくどくなく、喉の渇いていた私はあっという間に飲んでしまった。
ライムはそんな私を不適な笑みで見ながら足を組んでいる。
まさに女王と言う感じの風格だ。
そんなライムの横に立ち、メイドさんのようなにこやかな表情を向けてくるリーゼさんも、今まで見たような戦闘的な姿ではなく、白と藍色の混ざった清楚なワンピースだった。
やっぱり綺麗だ……ってかこの二人のビジュアルの破壊力は強烈だ。
うう……私、二日酔いで顔も腫れぼったいし寝癖も直してないのに。
お風呂くらい入ってれば良かった……
「あらあら、気に入ってくれたみたいで何より。……ただね、リム。これからはもっと警戒した方がいいよ。あんな目に遭わせた連中の出す物を軽々しく口に入れちゃダメ。もし毒でも入ってたらどうする?」
毒!?
私は最後の一口を飲もうとした手を止めて慌てて、グラスの中の赤い液体を見た。
そんな私を見て、ライムは大きな声で弾けるように笑い出した。
「おバカ! そんな見え見えの事するわけないじゃん。第一、あなたを殺そうと思ったら、こんな面倒な事しなくても宿屋でとっくに出来てるって」
……確かに。
い、いやいや! そんな話をしたいわけじゃない!
「あの、ライム。私に話って何? 私、あれから色々考えたんだ。考えて……」
「リム、ストップ」
それはとろけるような甘い笑顔で、しかし有無を言わせぬ口調だったため、思わず開いてた口が止まった。
う……さっきからライムに押されっぱなしだ。
でも……私だって「チーム半分こ」のリーダーなんだ。
負けっぱなしじゃダメなんだ。
「時間かけすぎると、アンナ・ターニアの足止めが難しくなる。だから私から言わせて。後、リーゼ。あなたは外しなさい」
そう言うと、ライムはワインを一口含み、深く座り直すと私の目をじっと見ていった。
「リム。あなたを元の世界に返してあげる。今から」
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