明日の勇気
正しい者の味方……
去り際にライムが言った言葉が、気を抜くと海辺のブイのように浮かび上がってくる。
そんな滅入りそうな心をかろうじて支えているのは、乳白色の壁と香料の甘い香り。
そして遠くから聞こえる子供達の声
今、私たちがいるのは孤児院の医務室。
あの後、クロノ院長がセシルさんを呼んできて、私たちの姿を見るやいなや何も言わずに医務室へ連れて行ってくれた。
そして治療をしてくれたけど、ここまで何も事情を聞いてこないのは有り難かった。
でも……このままで居るわけにも。
だって、孤児院の人たちに不安を与えるし……あの場には何故かクロノ院長もいた。
そこを確認したいけど、今の私にはそんな気力は無かった。
(私は正しい者の味方……)
ねえ、ライム?
私たちは間違っているの?
じゃあどうすればいいの?
「先生」
突然ポツリと聞こえたアンナさんの声でハッと我に返った。
アンナさんの傷は胸を初めとしてどこも深い傷では無かったらしく、セシルさんによる簡単な縫合と消毒で対応可能だったらしい。
それはコルバーニさんの両足の傷も同じだったようだ。
ライム、リーゼさん……手加減してた?
アンナさんの言葉にもコルバーニさんは両目を閉じて返事をしない。
眠っているというよりは、まるで何かを祈っているような静かな沈黙に見えた。
「これは一体どういうことなのですか? 私とヤマモトさん。オリビエに分かるよう説明頂けますか?」
「この一件は私とリムの祖父ユーリ。そして先ほどのライムでの3人の旅の終わり……そこで起こった過ちが全てだ。石を世界から消滅させるには石の半分を同化させているユーリを殺し、彼の存在とともに石を破壊しなければならなかった。でないと消滅を避けるため結局ユーリから新たに石は生まれる。それが出来るのが石に対してリムちゃんの世界で例えると無効化のコンピュータウイルス……を持つ私だけだった。それを私は拒否した。そして石は散った。すまない。今はここまでで勘弁して欲しい」
コルバーニさんは疲れ切ったようにため息をつくと、セシルさんがそっと置いた水を少し口に含んだ後、私たちを見ながら言った。
「私はあいつらを……ライムと万物の石を今度こそ止めねばならん。この命を捧げても。近日中にラウタロ国へ向かう。以前ライムはユーリと二人の仕事と言ったが、私のけじめでもある。だが、今回のような事は今後も起こるだろう。私の愚かさに巻き込むわけにはいかんし、ラウタロ国は奴らの懐。アンナ、オリビエ。お前たちは残れ。山本リムと共にあるべき人間だ」
「先生……今のお話、正直私などの村娘風情には理解しきれません。先生が大変な何かを背負っておられることも断片的には分かります。ただ、先生がそのお考えであるなら……私はヤマモトさんと共に」
「先生。俺はクロノ・ノワールの近くに。ライムとブライエは次に必ず彼を狙うはず。彼を守ることでリムちゃんを守ることにも繋がるはず。お供できず申し訳ありません」
「気にするな。お前らはなすべき事をしろ。私も同じくなすべき事をする。長らく世話になったな」
3人の言葉を聞きながら、私はライムの言葉の数々が浮かんでいた。
そして、コルバーニさんの言ってくれた言葉。
アンナさんの言葉。
ねえ、ライム。
私馬鹿だし、勇気も無いからあなたの言ってることがまだ分かんない。
「正しい」って言葉どころか、自分の事も分かんないよ。
だからきっと呆れられちゃったんだよね。
でもね……私、何をするべきかは分からないけど、何が嫌なのかは分かるの。
これ以上……誰かとお別れしたくないの。
私はみんなを見ながら呟くように話し始めた。
みんなの視線が私に集まるのを感じる。
「私……今もだけど怖い。私の信じてた物がポロポロとこぼれ落ちていくみたいで……。選ばれし者なんて言われても、誰かを切り捨てる、って言われても。突然そんな覚悟なんて出来ないよ。でも……」
改めてみんなの顔を見る。
心臓の音が大きすぎて体全体に響いているみたい。
「でも……私、思い出すの……。子供の頃、捨てられてた子犬をこっそり世話してたけど、大雨の日に……その子を死なせちゃった。その事を。……その子がいたのは川の近くで、足を怪我してて歩けなかった。助けに行かなきゃ死んじゃう子だった……」
話しながら、身体が震えてきた。
胸が苦しくて目が熱くなってくる。
でも……話さなきゃ。
「助けに行きたかった……でも、お父さんとお母さんに起こられるのが怖くて、逃げちゃった。その時私が思ったのが……『明日こそは勇気を出そう。出してあの子を助けよう』だった。……でも……明日なんて来なかった。あの子は……」
自分の頬を涙が伝っているのを感じる、呼吸が苦しい。
「……来なかった。明日なんて。明日じゃない。私はあの時、勇気を出さないと行けなかった。……だから……」
声が詰まって上手く出ない。
お願い、もうちょっとだけ頑張って。
「私は……逃げたくない。もう……大好きな人達を無くしたくない。私の明日って今なんだ!」
泣き声まじりに叫ぶように言うと、その勢いでみんなに頭を下げた。
涙で顔がビショビショだけど、もういい!
「私とチームになってください! 私に勇気を下さい! 間違っているときはビシッと言ってください。だって私……弱いから! それに嫌な子だし! でも、自分が弱いんだ、醜いんだって認めないと……きっとこれからと向き合えない気がする。だから……みんなでラウ……何とかって国に行きたいです!」
「リムちゃん……」
コルバーニさんの小さな声が聞こえた。
「私の弱さを分けっ子して下さい! いつか、必ず強くなる! 明日じゃなく今日勇気を出せるようになるから! だからもうちょっとだけ助けて下さい。もう……逃げたくない。見捨てたくない……怒られることよりも、笑われるよりも、そんな自分が1番怖い事なんだって分かったから」
コルバーニさんは無言で私に近付くと、ギュッと抱き締めてくれた。
「リムちゃん……私にも……くれるかな。リムちゃんの勇気。私も凄く……怖いんだ。自分に向き合うのが怖い。逃げたいよ……でも、私にとっても『明日』って今なんだよね?」
私は無言で頷いてコルバーニさんを抱きしめ返した。
それから何度も何度も頷いた。
一緒だったんだ……私達。
「ヤマモトさん……私はヤマモトさんと一心同体です。二人で一人です。だから私も分け合います。ヤマモトさんがラウタロ国に行くのであれば、地の果てまでお供します。そして……ヤマモトさんも先生も……とても勇気のある方です。自分の弱さと向き合えるお二人が私は……大好きです」
「リムちゃん、何か……変わったな。いい感じだよ。俺はクロノさんの事もあるので何ともだが……」
「私もいこう」
「……クロノ・ノワール。なぜ」
「コルバーニとやら。忘れるな。万物の石は私にも深く関わりがある。石を巡る事態であれば、むしろ私もこの身をかけて対処する必要があるんだ。……何より、何も出来ないガキ共をそのままにするのは、後々うっとおしいからな。監視だ」
「アンタ、口は悪いがいい奴だな。じゃあ決まりだ。リムちゃん、よろしくな。俺たちを引っ張ってってくれよ。リーダー」
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