選ばれし者への対価
「リム……ちゃん」
私の耳にコルバーニさんの苦しそうな声が聞こえる。
「ごめん。また……力を……私とライムのせいで……」
いやだ。
なんで謝るの?
これはお掃除。
悪い奴を消し去って、こんな茶番を終わらせるんだ。
私の中で私も知らない私が出てくる様に感じる。
それは……案外悪くない感覚だった。
でも、突然耳に飛び込んできたライムの声で、少し我に返った。
「違う」
え? 何が違うの?
私はあなたを助けたいのに。
ライムを、コルバーニさんを、アンナさんを。
若干の苛立ちを感じる私を厳しい目で見据えながらライムは言った。
「アリサ。あなたはあの時から何も変わっていない。この力の発動はリムが起こした物。私でもアリサでも……リーゼでも無い。リム! あなたの歪んだ意思なの!」
ライムの聞いたことのない強い口調に心臓は大きく跳ねた。
心地よい感覚から……引き剥がされそうになる。
「リム! 聞きなさい! あなたを巻き込んだのは悪かったと思っている。でもね……『選ばれし者』と言うのは学芸会の主役なんかじゃ無いの。望む望まないに関わらず気がついたらなっている。させられている。そして取り巻く全てを無理矢理背負わされる。周囲が選ばれし者を見る目は『あなたは自分たちを救ってくれるの?』これだけ! それに答えられそうな人間とみたら、その対価として『愛情や崇拝』を与える」
「聞いてる? リム・ヤマモト。で、それに応えられなかったらどうなるか……それはあなたの愛しい導師様がよおく知ってるわ。でしょ? アリサ・コルバーニ。……いや、ユーリとライムの3人で旅してた当時はアリサ・タカギ。『選ばれし者』の先輩としてその辺教えてあげてね」
選ばれし者の……先輩?
コルバーニさんの方を思わず見たが、コルバーニさんは何も言わずただ……青白い泣きそうな表情でライムをジッと見ていた。
そのライムはコルバーニさんを、真っ直ぐ見つめながら言った。
「アリサ。これは私たちにとって最後のチャンス。あの時あなたは……いや、私たちは間違った。だから……」
「うるさい!」
コルバーニさんは突然叫ぶように言うと、ライムに向かって
だけど、ライムがコルバーニさんの周りを軽やかに飛ぶと、その途端コルバーニさんの動きが止まり、足から血を流すと膝から……崩れ落ちた。
「いい加減大人になりなさい、アリサ。で、ないと私には勝てない」
「わた……し……」
コルバーニさんは絞り出すようにそう言うと、
コルバーニさんが……泣いてる?
その事実に私は動揺していた。
「ふん。ムカつくわあ。ふぬけのアリサ見てるとマジでムカつく。私はあなたたちとは違う。力を背負い使用する覚悟がある。この世界を救うためなら人々に悪魔と言われる覚悟もある。選ばれたくせして綺麗事のお部屋の中に引きこもろうとするあなたたちとは……違うの!」
リーゼさんとライムの声を聞いていると、頭が痛くなる。
せっかくペンダントの赤い光が心地いいのに……
ああ……うるさい。
「もういい……あなたの話なんか聞きたくない! ワンちゃん! あの悪者をやっつけて」
そう叫んだ途端、赤いワンちゃんはリーゼさんに向かって前足を振り下ろした。
けど、リーゼさんは身体を少し右に飛ぶだけでアッサリとかわした。
うそ……何で。
呆然とする私を見ながら、リーゼさんはクスクスと……やがて我慢しきれないように大声で笑い始めた。
「悪者って……ああ、おっかしい! 語るに落ちたとはこの事ね、リム・ヤマモト! いいわ、そんなに悪者をやっつけたいなら……こうしてあげる」
そう言うと、リーゼさんは持っていた剣を投げ捨てて鎧も外すと私に向かって両手を横に広げた。
「これでどお? 今度は避けないからその……あなたの心と同じくらい
え……
リーゼさんの思いもしない行動に私は思わず周囲を見回した。
でも……誰もが私を見ているだけだった。
コルバーニさんもアンナさんも泣きそうな顔で。
クロノさんは呆然と。
リーゼさんはニヤニヤと。
そして……ライムはいつの間にか私の顔の前に来ていた。
でも、前みたいに肩や頭に乗ってはくれない。
その代わり、私をまるで宿題を忘れた生徒を見る先生のような表情で言った。
「もしリーゼを手にかける事があれば……私はあなたを見捨てる」
ライム……みんな。
私……私は……
その時。
混乱する私の耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「リムちゃん!」
驚いて声の方を見ると、そこにはオリビエとブライエさんがいた。
なんで……ここに。
ううん、そんなことどうでもいい。
また……味方が来てくれた。
「オリビエ! ブライエさん!」
私は自分でも驚くくらいの大きな声で二人の名前を呼んだ。
どうしよう……ビックリしちゃうくらい……嬉しいよ。
「ブライエに言われて来てみたら……何なんだ、これは。先生……これは一体」
オリビエは呆然とした感じで見回している。
「それは後でいいだろう、オリビエ。私はやるべき事をする」
ブライエさんはそう言うと、私に近づいてきた。
「リム様」
「ブライエさん……助けて。私……どうしたらいいの? あそこの人をやっつけて」
半分泣きながら、絞り出すように言った私の耳にコルバーニさんの氷のような冷たい声が聞こえた。
「ブライエ。なぜここにいる?」
え?
何……
「私はアンナに極秘の任務を与えた。それは万が一の漏洩を避けるため、最小単位にしか話していない。つまりお前達が別の任務を行っているとき、当事者のアンナのみに、だ。なのになぜ我らがここにいることを知っている?」
「おい……ブライエ! どういうことだ? 先生から聞いたと言ってなかったか?」
コルバーニさんとオリビエの声がまるで聞こえていないかのように、ブライエさんは私に手を伸ばして……ペンダントを掴んだ。
「ブライエ……さん?」
「申し訳ありません。リム様」
そう言うと、ブライエさんはペンダントの鎖をちぎって、ライムに向かって投げた。
「有り難う、ブライエ。これで……後1つ」
ライムはペンダントを掴んでそう言うと、クロノ先生の方をじっと見た。
「クロノ・ノワール。その石を渡しなさい。そうすれば、当初の取引を有効にします。断れば……無効とする」
「結論は出た……取引は無効だ。私はお前らには協力できない」
「あ、そう。じゃあそれで」
ライムの声に合わせるように、ブライエさんが剣を抜く。
その時、ブライエさんの前にオリビエが同じく剣を抜いて立ち塞がった。
「ブライエ……なぜだ」
「オリビエ、リム様。これは世界のためです。正義のため」
「俺にはお前やライムちゃん、そしてここまでの事情は分からん。だが……リムちゃんや先生、アンナ先輩を見てみろ。これが……お前達の正義か? だとしたら笑わせるな。俺からすれば、お前やライムちゃん、そしてそこの女。あんたらこそが間違ってると思うがな」
オリビエの言葉にライムはクスクスと笑いながら言った。
「オリビエ・デュラム。世界に『黒』や『白』なんて存在しない。あるのは『灰色』だけ。その濃さが違うだけ。何で争いが無くならないと思う? みんな『自分こそが正義』『自分たちが光の側』と思ってるからでしょ? そもそもそんなもの存在しないのに」
「そうか。だとしたら、悲しいが今のライムちゃんとブライエは真っ黒に近い灰色と言うことか」
「かもね。でも、そんな事どうでもいい。私はいつでも正しい者の味方。リーゼ、クロノ・ノワールを。いつまでもそんな茶番してないで剣を取って。」
「全てはライム様の仰せのままに。……やっと学芸会も終わり、っと」
リーゼさんは剣を取ると、ブライエさんと共にクロノさんの所に歩き出した。
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