カーレは変わる
セシルさんに施設の中を案内されていると、施設の中が思ったよりも明るくて広々としていることに驚いた。
何というか……カーレの他の建物と同じ白だけど、それらの殺風景で無機質なコンクリートっぽい白と違い、乳白色に近い温かみを感じる白。
うん、そう! 清らかな白なんだ。
そして何より驚いたのは、2階建ての建物の中が吹き抜けになっている事だった。
そのせいで、圧迫感どころか実際よりも広く感じられるほどだった。
「凄い……」
思わずそうつぶやくと、セシルさんは私を見てクスクス笑った。
「有り難う。そんな反応もらえるとこっちも嬉しくなっちゃう」
「あ、いえ……本当に。綺麗だし広々としてるし」
「嬉しいな。子供達の心を育てるには、明るさと開放感、そして正しい知識が必要。カーレの治安があれほど悪いのはいくつも理由があるけど、結局大人の醜さを子供がそのま信じてしまって、それを直す機会を与えられないから。だから、それを治すための学校のような場所にしたいと思ってる。正しい知識と心を学び、それを持つ楽しさ。それを知った子供達が増えたら、きっとカーレは変わると思う」
セシルさんの話を聞いていて、私は自分の居た日本のことを思い出した。
学校とか知識とか。
そんなものは、水や空気と同じように当たり前にそこにあった。
当たり前すぎて
どっちがどうじゃないんだろうけど……
「カーレは変わる」か。
こんな危険だらけの恐ろしい街が……変わる。
それはまさに絵空事のように感じられてしまったけど、それは胸にしまっておこう。
でも、この孤児院に来て初めて沢山の笑い声を聞いた気がした。
他の場所であんなに沢山の子供の楽しそうな声を聞いたっけ?
それから医務室で顔の治療を受けた後、セシルさんに建物の中を案内してもらったけど、教室や子供達の部屋はどこも広くて明るかった。
でも、先生達の部屋は狭くてみんな「子供に追いやられた」と話してたけど、その顔はみんなどこか楽しそうだった。
「じゃあ最後は我らが院長、クロノ・ノワールさんの部屋へ」
セシルさんはそう言って、突き当たりの部屋の前に立ち、ドアをノックした。
やがて「入れ」と短い声が聞こえると、セシルさんはドアを開けた。
中を見た私は驚いた。
何というか……ボロい。
院長室と言う位なので、てっきり学校の校長室みたいな作りを想像してたけど、そこは8畳程度の広さではあったけど机と本棚、ソファによってかなりゴミゴミしており、壁も薄汚れている。
まるで浪人生の部屋みたいだ。
……浪人生さん、ごめんなさい。
「どうした。何をキョロキョロしている。早く座れ。顔はやっと手当てしたみたいだな」
「は、はい。有り難うございます」
「私にお礼を言う必要は無い。セシルがやった。私は指示をしただけだ」
クロノさんはそう言うと、後は興味を失ったように机の上の書類に何かを書き始めた。
「もう! お客様なんだからちゃんと対応してよ!」
セシルさんが近くにあった、片手サイズのほうきの様な物でクロノさんの頭を掃く真似をした。
「貴様! いつか絶対にこの区画から追放してやるからな。とっとと出て行け!」
「はいはい。ぜひ追放してください。その代わり、子供達のお風呂とか食事の用意はクロノ院長になりますから……さて、じゃあ戻りましょうか!」
※
「ふむ、あのクロノとか言う奴、つかみ所が無いな。しかも隙が無い。あれでは万物の石を奪うのも一苦労だ」
「そうですね。どちらにせよ街の権力者ですから、力尽くでの奪還は現実的では無いですし」
その日の夜。
孤児院の食堂で夕食をご馳走になった後、コルバーニさんとアンナさんの3人で院内の中庭の隅にある花壇の影に座り込んで話していた。
この院は基本7時以降、建物の外に出ることは禁止となっていたけど、院内では子供達と相部屋のためこういった話が出来なかったんだ。
なので、アンナさんの提案でこういった形になったのだ。
で、二人の話を聞いていた私はコルバーニさんとアンナさんの話に、思わず言葉が出てしまった。
「ねえ……あのクロノと言う人そこまで悪い人じゃないのかもよ?」
「その一面も見られるけど、判断は早計だねリムちゃん。人を簡単に決めつけちゃ危ないよ」
「うん……それは……そうだけど」
その時、コルバーニさんは突然人差し指を唇に当てた。
え? えっ?
「向こうから話し声が聞こえる……見てくる。アンナはリムちゃんを」
ささやき声でそう言うと、コルバーニさんは建物の裏に入っていった。
それから少し待ったけど、コルバーニさんが一向に戻ってこない。
「アンナさん……大丈夫かな?」
「気になりますね……何かあっても遅れを取る人ではないのですが……」
そう言うとアンナさんは私を見て言った。
「ヤマモトさんはここで。ちょっと先生を見て……」
「私も行く」
間髪入れずに返事をした私を、アンナさんは苦笑いを浮かべて言った。
「ダメです、は聞かないんですよね」
私とアンナさんは足音を立てないように建物の裏に回った。
灯りが一切無いためにほぼ暗闇なので怖さがひとしおだ。
アンナさんが居なかったら泣いてるかも……
でも、段々目が慣れてきたので、折れそうな心を奮い立たせて少しずつ進むと、少し先に見慣れた背中……らしき姿が見えた。
「コルバーニさん!」
思わず声を出した私の方を、その背中みたいな影は弾かれたように振り向いた。
だけど次の瞬間、私が聞いた言葉は思いもしないものだった。
「リムちゃん……来ちゃダメ」
え?
「どうしたの? なんで?」
「来ちゃダメ! すぐに……戻って」
コルバーニさんの姿はボンヤリとしか見えない。
でも、何で? 何で来るなって……
アンナさんの方を見ようとすると、アンナさんが私の手を強く握って、来た方に引っ張ろうとしていた。
無言で。
だけど、次の瞬間「いいじゃない。キャストそろい踏みって感じで、ドラマティック」と言う声が聞こえたかと思うと、暗闇を暴力的な光が引き裂いた。
……ランタンの光!?
突然の光に思わず目を押さえようとしたけど、それが出来なかった……
一瞬見えた光景に眩しさも忘れて呆然としていたから。
そこに見えたのは……
ランタンを点けたのはカーレの最初の頃に出会った、お母さんに化けてたリーゼさんと言う悪い人。
そしてなぜか……クロノさん。
そして……
「……どうして」
私はそれだけ言うのがやっとだった。
そこに居たもう一人は……ライムだった。
でも、ライムはコルバーニさんに剣を突きつけられていて……そして、その切っ先を見るライムの顔は、まるで氷の様に無表情だった。
混乱する私の耳にリーゼさんの言葉が楽しそうに響いた。
「ねえ、アリサ。いい加減ライムちゃんからその剣を離してあげてくれない? 私の大切な仲間なんだから」
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