孤児院のクロ先生

 それからコルバーニさんが話した内容はにわかに信じがたい物だった。


「ここに……万物の石がある?」


「そう。世界からほぼ姿を消していたはずなんだけど、僅かに残った石がこのカーレにあるんだよ。そして、その石は海上交通権を発行できる権力者集団『カーレの4賢人』……今は3人だけど。の元で管理されていて、現在は3賢人の1人でこの孤児院を経営してる『クロノ・ノワール』が持っている」


「じゃあ、コルバーニさんの言ってた『用事』って言うのは」


「そっ、この事実の裏を取っていた。カーレに入って以後この街のことを色々調べていたら、万物の石の事が耳に入ってね。より調査の必要があると思ったのさ。何しろ、人の命がパンの包み紙くらいの価値しかない、こんな街の権力者なんかがが持ってたら、物騒この上ないからね。下手したらこの国の火薬庫になりかねない。で、奪還のためアンナを『新入り』としてこの孤児院に送り込んだ。アンナ、調査は進んだか?」


「はい。やはり先生の見立て通り、クロノ・ノワールが万物の石を持っています。ただ、指輪として常時肌身離さず持っており、手中にするのは用意ではありません」


「そうか。アンナ……クロノはロリコンか?」


「は?」


「意味が分からないのか。そいつは小さな女の子に興味がある奴かと聞いている。それなら私かお前でチャンスも作れるだろう? お互い美少女だからな」


「分かりません。……と、言うかそれは下の下策です!」


「ふん、最終的に成功すればどんなやり方でも単なる経過だ。早急に奴の性的指向も調査しておけ。奴へのアプローチだが、お前が嫌なら私がやる。こんな孤児院を立ち上げるくらいだ。可能性はあるだろう」


 コルバーニさん……ドライすぎ。

 って言うか、あ……またアンナさん口がへの字になってる。怒ってるよ……


「先生、早速その機会が巡ってきたようですよ」


 アンナさんの言葉と共に、離れたところで鬼ごっこをしていた子供達が「あ! クロノだ」「クロ先生!」と口々に歓声を上げて入り口に走り出した。

 リード君とサリアちゃんも後を追って走り出したので、私たちも後を追った。


 すると、そこには黒いローブのような服を着た、30台後半くらいかな……彫りの深い顔をして眉間に深い皺の入った、頬のこけた切れ長の目と薄い唇の男性が立っていた。

 何というか……ちょっと怖そう。


「クロ先生! お帰り」


「クロノ、遅いぞ! 剣の相手、早くしてよ」


「ダメよ! 王子様とお姫様のお話をしてもらうの!」


 クロ先生と呼ばれている、クロノ・ノワールさんの周りを取り巻く子供達が我先にと大声を上げている中、クロノさんは感情の無い目で子供達を見回すと、抑揚の無い口調で言った。


「静かにしろ。私は疲れている。お前達の相手をするほど暇では無い」


 そう言い放つと、子供達の方を見もせずに歩き出した。

 え……その態度って無いんじゃない?


 だが、子供達はそんな事など気にもしない感じで「じゃあ、後で遊んでよ!」と言って、また自分たちの遊びに戻っていった。


「……何なの、あのクロノって人」


 思わず不満が声に出てしまったが、それが耳に入ったのか、クロノさんが私の方に鋭い目を向けた。

 しまった! 聞かれちゃった。


 クロノさんは私を鋭いが感情の無い目で見ながら、私の方に歩いてきた。

 そして、身を縮こまらせている私の前に立つと、手を伸ばしてきて私の顎をつまむとクイッと上に上げた。


 ……え?

 な……何を……されるの?


 私は不安で身体をこわばらせたけど、次に聞こえた言葉は思いもしない物だった。


「その傷はなんだ? ちゃんと治療したのか? 女にとって顔は特別だ。手を抜かず治せ。お前のように意識のない女が後々傷が残り後悔するんだ。新しく入った……アンナと言ったな? 彼女の顔を治療してやれ」


「うん、分かった!」


 アンナさんは屈託の無い笑顔でそう言うと、私の方を向いて言った。


「お姉ちゃん、私が治してあげるね。早速医務室に行こ」


「あと、隣の大きなリボンのガキはなんだ?」


 クロノさんの言葉にアンナさんは、ニコニコと言った。


「この子は外の路上で物乞いをしてたの。で、大げんかしてたから仕方なく連れてきたんだよ。そうでしょ? ホントに手が掛かるんだから。この子。 ね? この子もここに住んでもいい? 外に出たら絶対野垂れ死にだよ。こんな子」


 ア、アンナさん……

 ブレスレット悪く言われたこと、まだ根に持ってるんだ……

  

「うん、このお姉ちゃんの言うとおりなの。私、ずっとお恵みもらってやってきたんだけど、急に見たこと無いお兄ちゃんから叩かれそうになって、怖くて……ね? 私もここに住んでもいい? このお姉ちゃんは嫌なことばっかり言って怖いけど、他のお兄ちゃんやお姉ちゃんは優しいから、大好き」


 コルバーニさんも負けずに言い返している。

 えっと……大丈夫? この二人。


「ふん、勝手にしろ。だが、私に必要以上に関わるな。私は子供は嫌いだ。生活のことは建物の中に居るセシルと言う女に聞け……ああ、後リードとサリア。なぜ勝手にここを出た! お前達を解放してやるなどと言った覚えはない。馬鹿どもは身の程を弁えろ。お陰で無駄な労力を使った。もう二度とここを出る事は許さん! 以上だ」


 そう言うと、クロノさんは私たちを見向きもせずに建物に入っていった。

 何というか……大丈夫かな? あの人。

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