英雄なんかじゃない
そう言うと、二人は明らかに顔色が変わった。
さっきまでの赤ら顔が、驚くほどの土気色に変わりお互いの顔を見合わせた。
「お前……確認してこい」
右の男性がそう言うと、もう一人の男性が外に駈けだしていった。
そして、しばらく後でその人はもう一人ゴリラみたいな大男さんを連れてきた。
そして、大男さんに向かって言った。
「ヤバい! マジでこいつ……この人、ウィトン様の身内みたいです。リストに入ってました」
大男さんは2メートルは超えているような……そして、ウィトンさんとは全然違う、ボディビルダーみたいに筋肉の塊。
その大男さんが、ため息をつきながら言った。
「はあ? 嘘だろ……。あのクソがきどもやりやがったな」
「おい! お前……あ、いや! リム・ヤマモトさん、すぐに出て下さい」
そういうと男の人は手を震わせながら、何度も失敗しながら檻の鍵を開けて私を外に出してくれた。
出られた……
ホッとしている私の前で男の人たちは、険しい表情でボソボソと話していたけど、やがて足音も荒く外に出ると、サリアちゃんとお兄ちゃん……リード君だっけ、を文字通り引きずってきた。
そして、泣いている二人を棒のような物で打ち据えだした。
「ふざけんじゃねえよ! こんなヤバい奴連れてきやがって。俺たちを殺す気か!」
「俺たちだって知らなかった……ウィトンがそんなヤバい人なんて……それにあの業者の人に命令されただけだ……」
「なんでそんな事、お前らに教えないと行けないんだよ!」
男の人の片割れは完全にヒステリーみたいになっている。
そんな片割れさんに、大男さんは言った。
「いや、もういい。今、いいこと考えた。コイツらが独断でリム・ヤマモトを閉じ込めた、って事にしようぜ」
え?
私がそう思ったとき。
大男さんはサリアちゃんに向かって斧を振り上げた。
「お……にい……」
サリアちゃんの呆然としている声が聞こえる。
「せめて死んで役に立て。出来損ない」
そう言って大男が斧を振りあげた。
気がつくと私は大声を上げて、サリアちゃんに覆い被さっていた。
「やめて!」
斧は……振り下ろされなかった。
でも、心臓の音がうるさいくらいに響く。
冷や汗と涙で顔がグチャグチャだ。
怖いよ……
でも、私の身体の下でサリアちゃんは大声で泣きながら身体を震わせている。
(泣きながらでも……時には逃げながらでもまた足を一歩前へ……)
脳裏にコルバーニさんがずっと前に言ってくれた言葉が浮かんできた。
そうだ。この子は牢屋の前に来て私に謝ってくれた。
ウィトンさんの事を教えてくれた。
自分たちの失敗がバレるかも知れないのに。
それでも……来てくれた。
この子達は勇気を振り絞ってくれたんだ。
この子達を死なせちゃ行けない。
でも……どうすればいいのか分からない。
なんで、怖くて頭が真っ白になるんだろう。
もっと……勇気が欲しい。
「今、考えたけどさ。リム・ヤマモトがここに居るのを知ってるのって、俺らだけじゃね?」
大男さんの静かな言葉に私は背筋が凍り付くのを感じた。
背中を向けているので男の人たちの表情は分からないけど、空気が動いたのを感じた。
「……決まりだな。コイツら全員居なかった事にする」
もう……ダメだ。
身を縮こまらせた私の耳に、サリアちゃんの声が聞こえた。
「おかあ……ちゃん」
そう言って彼女は私の腕を強く握った。
私はその手が……実際よりずっとずっと強く握られてるように感じた。
この子達……私しかいないんだ。
お願い。
ほんのちょっとでいいから。
世界なんて救えなくていい。
英雄になんてならなくていい。
今だけ。
今、一歩動く力だけ……お願い!
どこからこんな声が、と驚くほどの大声を上げると私は大男さんにぶつかっていった。
完全に不意を突かれたんだろう。
私の動きを予想してなかった大男さんは、僅かによろめいた。
やった……
でも、次の瞬間顔に信じられないくらいの痛みを感じた。
大男さんが私を思いっきり殴りつけたのだ。
床に倒れ込んだ私は、あまりの痛みと鼻や口から出てくる血の不快感で、気を失いそうだった。
だめ……二人を……助けな……きゃ
「もうウィトンとかどうでもいい。この女を切り刻んでいいよな」
そう言うと大男さんは斧を振り上げた。
ごめんなさい。
私はみんなの顔を思い浮かべた。
会いたい……帰りたかったな……
コルバーニさん……ごめんね。
勇気……教えてくれたのに……
そうボンヤリと思っていると、男の人たちの背後に見慣れた姿が見えた気がした。
あれ?
あのおっきなリボンと赤いワンピースって……幻?
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