気づいちゃったこと

 周囲を見回しながら、私は胃の奥がギュッと締め上げられるような、不快さを感じていた。

 石の部屋の壁は無機質な白い石を積み上げられた物で、あちこち苔むしている。

そして、目の前には床から天井まで鉄の柵があった。

それはテレビやマンガでよく見る牢屋そのものだった。


 ああ……この気持ち、知ってる。

日曜日の夜中、あと数時間で学校に行かないと……と思いながら布団に潜っている時の気持ち。

どうしようも無い不安……いや、恐怖だ。


 呆然としてたらダメだ。

そう思うけど、脳の奥が固まってしまったように動かない。

この時、私は初めて気付いた。


 今まで自分はずっと守られてたんだ。


 考えてみれば、この世界に来てから……いや、元の世界に居た頃から私には誰かがいた。

元の世界では、おじいちゃん。

そして、何だかんだ言ってお父さんやお母さん。

あれこれ言ってきて嫌だな、と思ったけど学校の先生。

こっちに来てからはライムやオリビエ、ブライエさん、そしてコルバーニさんやアンナさん。みんな、いつでもそばに居て助けてくれた。


 自分で乗り越えていたつもりだった時も、誰かが助けてくれてたんだ。

あっちでもこっちでも。

カーレも、怖い街だと聞いてて実際怖いこといくつもはあったけど、実のところ余裕があった。

それは私が成長したからかな、と思ってたけど実際はみんなが居てくれてたからだったんだ。何かあっても必ず助けてくれる。

そんな絶対的庇護の存在が私も強くなった、と錯覚させていたんだ。


 でも……今は一人だ。

どんなに見回しても誰も居ない。

どうして?

アンナさんが簡単にやられちゃうわけが無い。

ライムは?

あの子は存在を消すことも出来るって言ってたのに……

なのに、なんで私一人なんだろう?


 自分一人で、こんな暗くてジメジメした所に居る。

その事実は私の思考を完全に奪った。

そして……身体が冷水に浸かったのか? と思うくらいに震えてきた。

歯がうるさいくらい音を立てる。

目の前が滲んでぼやける。

ああ……私、泣いてる。


 暗いよ。

 寒いよ。

 怖い……

 私、どうなるの?


 無意識に庇護を求めるように、部屋の隅に這いずりながら移ると、両膝を抱えて体育座りの格好になって顔を埋めた。

まるで、そうすると怖いことの全てから自分を守れると思っているかのように。


「みんな……」


 そうつぶやくともうダメだった。

みんなの顔が……暖かい空気が思い出されて、涙が止まらない。

そのまま身体を震わせて泣いた。

もうこの状況に立ち向かうどころじゃ無かった。


 泣きすぎて目が酷く痛い。

泣いては目をこすり、を繰り返してたからかな?

まぶたが腫れ上がっているのが鏡を見なくても分かる。

その痛みにますます不安感が湧き上がってきた頃、ずっと向こうの方から檻を開けるような鉄がぶつかる高い音が聞こえた。


 その無慈悲にも聞こえた音に、私は思わず肩をビクッと大きく震わせた。

そんな私に構わず足音が聞こえてくると、牢屋の前に二人の男性が立ち止まった。

二人ともかなり痩せていて、無精ひげを生やしているようだったけど、怖くてそれ以上は見れなかった。


「こいつ、どうする?」


 右側の男性がめんどくさそうに言うと、左側の男性が同じく退屈そうに返す。


「何も金目の物持ってなかったんだろ? このまま飼ってても意味ないんじゃね?」


「だな。まあ、もうちょっと考えるか。と、言っても売り飛ばすくらいしかなさそうだけどな」


 その言葉に私は身をすくめて両手で耳を覆った。

聞いているだけでも恐怖で心臓が潰れそうだ。

でも……これだけは……聞きたい。

私はありったけの勇気でやっと言った。


「あの……二人は……女の子二人……」


「ああ? 女? 知らねえよ。アイツ、お前だけを連れてきてたからな」


「だ、誰が……」


「それ、言う必要ある? お前明日の今頃は、どっかのおっさんの屋敷に売られるのに」


 その言葉を聞いた途端、我慢できなくなってまた涙が出てきて、声を上げて泣き出してしまった。


「結構いい声で泣くじゃん。拾った甲斐あったな」


 男性はそう言うと笑いながら歩いて行き、やがて入ってきたときと同じく、鉄の高い音を立ててドアを開けて出て行った。


 私はそのまま泣き続けた。

やがて泣き疲れてしまったけど、とても寝る気にならない。

明日の朝になったら……もうみんなに会えない。

そんなのやだ。

嫌だよ……


 そんな現実から自分を守るように体育座りのまま顔を埋めて、現実から身を守ろうとした。そんな時、いつの間に入ってきたのか、檻の外に人の気配がした。

驚いて弾かれたように顔を上げると、そこには……奴隷船で、そして通りで出会った小さな兄妹……その女の子の方、そうだ確かサリアって言ってた……が立っていた。


「あなた……無事だったんだ」


 そう呆けたようにつぶやいた私に、サリアちゃんは泣きそうな顔で見つめて言った。


「ゴメン……ゴメン……ね。なにも土産無い……おにい……叩かれる」


「ううん……いいの。でも、あなたも巻き込まれちゃうから……逃げて」


「ウィトン」


 突然サリアがつぶやいたその言葉に私は驚いてサリアの顔を見た。


「サリア……聞いてた……ウィトン、呼べ、言ってた。困ったとき……」


 そこまで言うと、再び鉄の扉が開いて先ほどの男性達が足音荒く入ってきた。


「サリア! てめえ何勝手な事してんだ。兄貴みたいな目に遭いたいか」


 そう言いながらサリアちゃんの髪の毛を荒っぽく掴んだ。

サリアちゃんが痛みに小さく悲鳴を上げたのを聞いたとき。

私は反射的に声を出していた。


「ウィトン!」


 その言葉を言った途端、二人の男性は弾かれたように私の方を見た。


「今……なんつった」


「ウィトン! 私は……リム・ヤマモト」

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