奴隷船の兄妹

 私の声に女の子ははにかみながら小さくこくりと頷いた。


「あの時……ありがと……」


 女の子の声が酷くか細いのと、周囲の喧噪けんそうで耳を近づけないと聞こえない。

 それでも、彼女が頑張ってしゃべっているのは伝わってくる。


「ううん、どういたしまして。って言うか私は何もしてないよ。ここに居る私の友達たちのお陰」


「うん……でも、わたしに言ってくれた……嬉しい」


「ごめんな。こいつ、ほとんど学校に通えてなかったから、言葉をあんま知らないんだよ」


 女の子の後ろに立っているのは同じく奴隷船に居た男の子だ。


「コイツはサリア。俺はリード。あの時はありがとな。コイツ、すげえ心細かっただろうから助かったよ」


「そんな恩人に名乗るなら下の名前も名乗るのが筋なのでは?」


 アンナさんが固い声色で話す。

 見ると、剣の柄に手を添えている。

 こんな子供相手でも警戒してるんだ……


「大丈夫だよ、アンナさん。この子達まだ子供なんだから」


「ヤマモトさん、その純粋さは本当に素晴らしいと思います。でも、時としてそれは身を滅ぼします。人の見た目というのは骨格を覆う筋肉と皮膚の塊に過ぎません。どうとでもコントロール出来ます。事実、子供の殺し屋の需要は今も昔も高いです」


「俺たちはそんなんじゃない! 俺だって、最初はあんた達に関わる気は無かった。腕っ節が強すぎて逆に物騒だしな。でも……コイツがどうしてもお礼を言いたいって……後、下の名前はゴメン。でも、本当に無いんだ。俺たち、親が居なかったから……」


 リードと名乗る男の子は私とアンナさんの目をじっと見ながら続けた。


「気がついたら俺とサリアだけだった。それからしばらくは二人で何でもやって生き延びた。その後は親父のところで厄介になったけど、あそこもガキが多くて食い物が足りないから……今は別の親父の所に世話になってる」


「凄く……優しい……いつも……ありがと言う」


 そっか……この子達も苦労してるんだ。


「その、別の親父とか最初の親父って誰なの?」


 アンナさんの問いにリード君は言う。


「最初の親父は、孤児院の院長だよ。すげえ陰気くさくて悪巧みしてそうな奴さ。悪の親玉みたいな。今の親父は俺たちに仕事を仕込んでくれてるいい奴だよ。すげえニコニコしてて」


「サリア……大好き」


「だから、お礼にあんた達をもてなしたい、って親父が言ってるんだ。だから探してた。来てくれよ。親父、すげえ顔も広いし腕も立つ職人だから、あんた達の旅に役立つ物とか情報も渡せると思うぜ」


 え! それって凄く有り難くない?

 コルバーニさんやオリビエ達も喜ぶよね。


「そうなんだ! じゃあぜひ。アンナさん、ライム。いいよね! 行こう」


 アンナさんとライムは何か言いたげだったけど、そのまま着いてきてくれた。

 こんな子供が嘘つくはずがない。

 それに、何かあってもアンナさんがいるんだし。ライムもいる。


 やがて、私たちは通りを外れて広場の裏通りに入ると、裏通りの突き当たりにある小さな家に着いた。

 クリーム色の壁に暖かい茶色の屋根。

 他の無機質な家に比べて人間味のあるそのデザインに、私は人心地つく思いだった。


 リードとサリアは、家の前に来るとぺこりと頭を下げて言った。


「さあどうぞ。中に入って。親父が待ってる」


「うん、有り難う。じゃあ……」


 そう言ってドアに手をかけようとする私の手を突然アンナさんが掴んだ。


「えっ! どうしたの?」


 驚く私に構わず、アンナさんは二人に向かって言った。


なのですか?」


 突然も言葉に私はキョトンとした。

 サリアちゃんとリード君も同じくキョトンとしているけど、アンナさんは構わず固い口調で続けた。


「普通、家に入るなら家人が先にドアを開けるはず。お客様を招く場合であっても。お客を先に入れさせようとする家など見たことがありません」


 サリアちゃんとリード君はすでに先ほどまでの雰囲気が消え、硬い表情を浮かべている。


「私たちは大切な客人なのでしょう? でしたらぜひ先に開けて迎え入れて下さい。……それとも、出来ない理由でも?」


 そう言った途端ドアが乱暴に開き、中から大柄な男性が斧を振り下ろしてきたが、アンナさんは閃光のような早さで振り上げていた男の両腕を切りつけた。


 男性は大きな悲鳴を上げると倒れ込み、サリアちゃんとリード君は慌てて逃げようとした……けど、その前にアンナさんが二人の前に剣を振り下ろす格好で立ち塞がった。


「誘い込まれた人を殺めて、その財産を奪い取る。古典的な手口ですね。特に驚きはしません。ここはカーレ。このような事は織り込み済み。あなたたちの事情は知らないし、特に興味もありません。ただ……許せないのは、ヤマモトさんの善意を利用しようとしたこと」


 そう言うとアンナさんは、剣を構え直した。

 す、凄い……さすがアンナさん。

 相変わらず見事な動きに惚れ惚れしながら見とれていると、突然ライムの声が聞こえた。


「リム! 後ろ!」


 え……

 驚いて後ろを見ようとした私の顔にいきなり何か霧の様な物が吹き付けられた。

 それは気分が悪くなるくらい甘ったるい匂いだったけど、それ以上に……頭が……ボーッと……


 私が覚えているのはそこまでだった。

 そして、次に目が覚めたときは薄暗くてジメジメした、狭い石の部屋で……そこには誰も居なかった。


 そう……アンナさんも、ライムも。

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